退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「素質や環境を問わない生きにくさ」について

2017-06-20 02:22:31 | Weblog
晴れ。今日からクールビズで上着もネクタイもなし。

森口奈緒美「平行線」を読む。

「転校生」が「変光星」になりさらにはアナグラムによって「平行線」に。
「死ね」を「shine=輝け」という言い換えも。

不確定のままの病気に苦しみつつ周囲との軋轢は絶えず。
悪辣な医者に必要量の3倍もの薬を処方され。

よくぞ生き抜いてくれたと思うよりなく。
「神」でなく「ロゴス」を手に入れたのがせめてもの「幸い」かなどと。

この「壮絶さ」はいわゆる「一般人」こそ知るべきか。
「社会の抱える障害」についてあらためて考えたいもの。

ある「素質」を持った者が「普通の暮らし」を維持する大変さよ。
それでもわれわれは彼ら彼女らに「普通」を押し付けるのか。

深夜NHK「目撃にっぽん」で「走る 川口春菜」の再放送を観る。

「知的障害」を持つ一方で走ることによって「世界」が広がった若い女子。
ただしそこに「世界選手権」が絡み「銀メダル」まで取るとなると。

「肉体的素質」は相当なもので「珍しい人」を敢えて採り上げる意味は。
「まれな例」は「可能性」を見せるのだとして誰にでもあるものではないだろう。

「障害の有無」を問わずもっと「普通の人の生活」を採り上げないとどうにも。
実はこうした「傾向」こそが「社会の抱える障害」ではないのか。

何か「根本的な勘違い」があるような。
もちろん彼女が「生き生きと生活している」のはいいことではあるけれど。

「特別な何か」を持っていなくても「楽しく暮らせること」。
そのことが「保障」されない限り「生存権」が確立されているとは言えず。

さて。

栃木の行方不明だった中2の女子は「成績もよく真面目」だという評価を受けていたのだが。
おそらく彼女は「優等生」を演じていて「もうイヤだ」と思ったのではないか。

この種の「圧力」は各地にはびこって久しい。
「普通に暮らすこと」がかくも「難しい」事実を知っておこう。

「大人の身勝手な期待」などに沿って生きるな。
とりあえず若者たちにはそう言っておく。
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