退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「自らの怠惰と中立的なAIあるいは世界を『学校』にしないこと」について

2017-09-02 02:08:50 | Weblog
晴れのちくもり。今日も夜は涼しい。

仲正昌樹「ハンナ・アーレント『人間の条件』入門講義」を半分ほど再読。

今回もあらためて「ここまで読むのか」という著者の力にふむふむ。
とりあえず橋本治と「双璧」だと位置づけておく。

オリジナルを読んで是非とも内容を確かめなければと思いつつ
生来の怠惰でまだ実現しないまま。

そろそろ某中央図書館の開架に新鮮味を感じなくなってきたので
事前にもっと「ネタを絞り込む作業」が必要な模様。

「濫読」ばかり続けてきたがそろそろ「限界」か。
「幸福な時間」を手に入れるためにはそれなりの「準備」もしないと。

「一日に7冊しか読めなくなった」と嘆いた故米原万里ほどの「処理能力」がない以上
なにがしかの「工夫」をしなければならないらしい。

「7分の1なり」にどうにかしようとは思うものの
こればっかりは何とも頼りない話になりそうで。

NHKスペシャル「AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン」の前半の再放送を観る。

人間には思いもつかないAIの「提言」をどう読み解くのかがポイント。
マツコ・デラックスの「的確な分析と反応」がなかなか。

ただあくまで過去三十年のデータを元にしているので
それをそのまま未来につなげるのは微妙なことも忘れずに。

マツコの発言で良かったのは「『思い入れのない中立的な立場』=AIの提言」であるという指摘。
さらに「第一次産業の大切さ」については大いに同意するのみ。

「提言」でわかりやすいのは「病院数(病床数)を減らした方が人々は健康になる」こと。
「簡単に入院できない」という「緊張感のなせる業」である種の「病は気から」。

もちろん常に緊張してばかりいては身体がもたないのは事実である一方
どこにも「緊張感」がなければ人は「弛緩」するだけ。

むしろそれに基づく「自助努力」がないと何事に関しても「未来」はないだろう。

さて。

身近な若者たちの口癖は「それ無理」。
本当に「無理」ならやめればいいだけ。

「出来ない」と思っているのは結局自分。
今していることをやめるかやめないかを決めるかも自分。

「参考意見」ならいつでもあげるけれど
そこに「正解を求めること」は「あらゆる場所を『学校』にすること」だと自覚してほしいもの。

当然のことながら「学校」など「世界の限られた一部」にすぎず。
「正解のない世界」が「ごく普通」だったりするのを忘れずに。

あとはそれぞれに「好き」にすればいい。
出来れば「魅力ある人物」になっていただきたいけれど。
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