求められる/必要な努力や我慢や才能の程度は、分野や組織や時代等々によって異なる。
簡単に言えば、講義の単位取得の容易さは講義(教員、大学)よって違うし、
同じお金を稼ぐのに、人によって向き不向きはあるけど、楽めな方法とキツめな方法がある。
楽してられる会社があれば、死ぬほどキツイ会社がある。
代表選手になりやすい競技と、そうじゃないのがある。
努力や才能や我慢は、だから、
全部を延べた平均では語れないし、
そういう比較は意味がない。
比べるなら、同じジャンルに限られる。
わたしは努力しました!
という発言は、自己評価では意味がない。
一般論でも意味がない。
あなたと同じジャンルにいるあなたの競合相手は、あなたよりいろいろ、がんばったんでしょう。うまく立ち回ったんでしょう。
あなたの努力はあなたが選んだ世界の評価基準では、パスレベルに達していないんでしょう。
…絶対基準があるなんて、幻想。
ここにいたいなら、
ここで求められることをこなさなきゃいけない。
みとめられたいなら、
ここの基準をパスしないといけない。
簡単なこと。
…こなしてると、基準、高くなっていくけどね…