プロ野球 OB投手資料ブログ

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山村勝彦

2017-03-19 14:20:02 | 日記
1977年

「兄貴には負けない」と童顔をほころばせるのは、クラウンライターがドラフト六位に指名した大鉄高の山村勝彦外野手(18)。まだ正式に入団決定していないが、浦田チーフスカウトが交渉に当っており、すでに時間の問題。同球団には兄の善則内野手がいるので、兄弟が同じチームで腕を競うことになる。球団が別なら定岡、河埜(ともに南海と巨人)というケースはあるが、同じカマのメシを食うというのは珍しいことだ。「見てくれましたか。ネエ、あの胸幅。がっちりとした足腰、大物の素質は十分なんですよ」と浦田チーフスカウト、指名こそ六位だが、ドラフト前から事前に話し合いがついていた。球団側の評価は二、三位クラスに相当する逸材。いまは他球団に指名されなかったことで同スカウトはほっと胸をなで下ろしている。第一回の交渉の一日は、あいさつだけにし事をあせらず慎重に進めている。勝彦君は兄の善則さんが、四十八年に太平洋(現クラウンライター)に一位指名されたときから「きっとオレもプロ野球の選手になるんだ」と心に決めていた。中学三年のときだった。そして兄と同じ大鉄高に進み、シーズンオフで善則さんが帰ってくると一緒にトレーニングをした。175㌢の身長は兄に3センチ劣るが、体重は78㌔で互角。父親の恒善さんが「パワーは兄より上じゃないかと思いますが・・・」というほどで、一年ごとの成長はめざましいものがある。大鉄高の三年間で本塁打二十本以上、通算打率も五割以上をマークしている。おまけに50メートルを6秒2で走る俊足は、兄よりも数段上ときているのだから、クラウンライターにとってはまさに掘り出し物というわけなのだ。シーズンオフになるといつも実家に帰って来ていた兄が、ことしは福岡に残り特訓を受けている。内野と外野でポジションは違うが入団すればライバル同士。勝彦君は「兄をしごいてやるつもりで楽しみにしていたのに残念。兄が特訓をしているなら、私も負けないように練習しなくては」と学校から帰宅する午後四時から、毎日約一時間半のランニングと補強運動をしている。自宅から約5㌔のところに黒鳥山公園がある。なだらかな丘、急な斜面、そして50メートルの階段もある。からだを痛めつけたあとは夜の日程が待っている。照明設備のある庭でティーバッティング、十一月の中旬からは父親の恒善さんと親子特訓を始めた。「いまから気持ちを引き締めています。兄は三年目で正ポジションを取ったが、私は二年ぐらいで一軍入りするつもり」と野球の師匠である兄をライバルに大きくはばたこうとしている。
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