プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

池田英俊

2016-12-20 20:48:52 | 日記
1966年

宿舎中島旅館(下関市阿弥陀寺町)をでる前、体温をはかったら三十八度近くあったそうだ。新潟、秋田遠征(対産経戦=五月三ー五日)でひいたかぜがこじれて、コンディションは最低。試合前「三回でKOされるよ」とマウンドに向かった。しかし大洋はまた池田にひねられた。林のホーマーで三試合連続シャットアウトだけは免れたが、わずか三安打。まるでヘビににらまれたカエルのようだった。試合後の池田はやはり疲れがどっと出たといった顔つき。試合前と同じようにバスタオルを首に巻き、その上からウインドブレーカーを着るとボツリボツリと口を開いた。「六回ごろが一番しんどかった。しかし味方が3点先取してくれたし、八回の大量追加点で大洋にあきらめムードが出たので助かった」「かぜでからだがきつかったが、ほかの投手が巨人戦(十一、十二日)で投げつくしているし、前から登板予定だったので、四、五回まではなんとかがんばろうと思った。風があんなふう(左から右へ6・8㍍)だったので、シュートをかなり使った。それにスライダーもよかったね。林にホームランされたのはフォークボール。コースが真ん中寄りだったが、うまく打ったよ」対大洋戦の連続無失点をストップされた林のホームランでは、相手をほめてニヤニヤした。池田は昨年も大洋から6勝をあげているが、大洋に強いわけは自分でもわからないそうだ。「ただ大洋は大振りする打者が多い。ぼくはコントロールを身上にする投手。そのあたりになにかの原因があるのではないか」捕手の田中も池田の言葉を裏づける。「振りまわす大洋のバッターが、針の穴を通すようなコントロールの池田を打てるはずがない」この絶妙のコントロールは福岡高時代の基礎練習でつちかわれた。当時の監督だった前川さんが、三カ月間も投手板の2㍍も前から毎日投げさせ、一にも制球、二にもコントロールを強調した。池田は当時をふりかえって「いまぼくのコントロールがいいのは前川さんのおかげですよ。あのときは直球とカーブ以外の変化球は投げさせてくれず、おもしろくないと思ったがね」前日下関球場で練習後「初めて投げる球場だから、マウンドの下調べをしておかねばね。いきなりマウンドに立って高低が激しかったりすると、コントロールを狂わすからね」ただいまの首位の広島を引っぱる役のヒーローは、せん細な神経のもち主でもある。
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