プロ野球 OB投手資料ブログ

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河村保彦

2016-11-12 09:13:35 | 日記
1963年

河村はおよそ勝利投手らしくなかった。幕切れが一塁カバーにはいったため、巨人ベンチの前で中日ナインにかこまれ、それから加藤コーチと肩ならしのキャッチボール。顔色を青ざめ肩で盛んに息をした。「河村はヨウ、神経質ダナ、いかんのだワ」名古屋のファンの河村に対する評価はこれが圧倒的。切れ長の鋭い目、青白い顔がいっそうそういう感じをもたせるのだろう。この日もゲームの前にロッカーでじっとすわっていたと思うと、なんとなく浮きまわってキョロキョロと落ちつかない。同じ中日でも、権藤、柿本のあたりになると、芝居がはいるのでわからないが、河村のときは先発がすぐわかる。ゲームが終っても河村の顔はもうひとつさえなかった。6連勝の水をのんでもまだ苦しそうな表情。「こわい。やはり巨人が一番こわいです。苦しかった。こんなに苦しいのははじめてだ」先発はスターティング・メンバーの放送の寸前にいわれたそうだが、ロッカーでの表情を見るとちょっとあやしい。杉浦監督は登板の目にこういって送りだしたという。「いつも勝っているんじゃないか。ひとつくらい負けろや」杉浦監督も神経質な人なだけになかなか心得ている。やっと河村が落ちついたのは、水が背ぶくろのすみずみまでいきわたったころ。白い歯がこぼれ、冗談もとび出した。「6連勝?だめですよ。こんどは負けます。パンクします。いまのぼくなんて疲れタイヤみたいなものです。きょうなんか最低ですよ」ところが捕手江藤にきくとことし最高のピッチングという。最低と最高ではたいへんな違いだが、もうひとつ食い違っていたことがあった。立ち上がりから投げ続けていた、途中で落ちる球。江藤はフォークボールと説明したが、河村のはカーブ。「フォークボールは去年投げすぎて肩をこわしたので投げていない」そうだ。巨人ベンチでもフォークだ、スライダーだとまちまちの意見。フォークボールを魔球として売り出した元中日のエース杉下茂氏に聞いてみたら「フォークボールはあんなに回転しない。あれはカーブだ」と結論を出した。ベンチからバスまで逃げるようにして帰った河村は「こんどは負けますよ」といやに病しい声でいった。
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