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宮本洋二郎

2017-07-12 20:21:14 | 日記
1964年

「目方だけは、どうやらプロなみなんだけど・・」という宮本は、1㍍73しかない自分の身長をだいぶ気にしている。しかし、ことばとはうらはらに不敵なつらだましいをを持っているのはたのもしく、会うものに、ふてぶてしささえ感じさせる、根性の持ち主である。米子東高から早大に進んで、すぐにエースといわれたその夏、自動車事故で、重傷を負ったにもかかわらず、見事カムバックしたのだから、なみなみの根性ではない。右の側頭部を強打したため、右目の視力がゼロになったが、毎日のように目の玉に、注射をしていたころは、さすがの宮本も、もうダメかとさえ思ったそうである。しかし、野球をやりたいという気持ちを、どうしてもおさえ切れず、包帯をグルグル巻いたまま、医者の目を盗んで病院の庭におり、石を投げて、右肩のだいじょうぶなことを確かめたという。性格の強さは、当然、彼のピッチングにもあらわれる。ピンチになっても、顔色ひとつ変えないばかりか、堂々と投げ抜く気力となるわけだ。入団を勧めた内堀スカウトも、この度胸の良さを高くかったのである。巨人の選手のなかにはいって、異色の存在となるに違いない。といっても、宮本には、神経の細かい一面もある。早慶戦の前の日に、コップいっぱいのナマ水を飲むのさえ、ピッチングへの影響を考えたという。ことピッチングになると、細心の注意をはらうのである。もともと荒っぽさから、大まかなピッチングをしていたかれに、決定的なショックを与えた試合があった。それは三十五年春の選抜高校野球での決勝戦。山口(高松商ー現阪急)にサヨナラ本塁打を打たれてしまったのである。肩口に得意のシュートを、自信たっぷりに投げたところ、真ん中にはいってしまったのだが、それ以来、マウンドに立って、一球もおろそかにできない、ということが身にしみたのだそうである。「悪夢のような、あのタマ」と、いまでもいうが、マウンド上の宮本は、苦い経験から自分なりに考えに考えたうえで投げる習慣がついたのだという。広島の池田や、大洋の稲川のように、小さくすばやいモーションで、直球、変化球を一球一球たんねんに投げる。低めへのストレートは速く、落ちるシュート、カーブ、スライダーをうまいところへ決める。左右のコーナーワークもいいが、欲をいえばこれという決めダマがない。コントロールと配球のうまさで、はじめて威力を発揮するタイプ。六大学では、先発型として使われたが、プロでは、持ち前の度胸とコントロールを生かしてリリーフに案外多く使われるかもしれない。この点、投げ込んで、徐々に調子をあげていく習慣を身につけている宮本にとって、リリーフはいくぶん苦手といえるかもしれない。それに大事な場面で投げるには、ひねくれたクセダマを持っていないという不利な面もある。しかし、宮本には、それ以上に、スピードとコントロールの利点に加え、ド根性の長所が大きく生かされるのではないだろうか。小柄とはいえ、全身ハガネのような筋肉につつまれた、がっしりしたからだの持ち主だけに戦力としての期待は十分といえよう。

ー巨人を選んだ動機は・・・。
プロで野球をやるなら、巨人以外ないと思っていました。藤田さんのような、うまいピッチングをぜひ身につけたいと思います。
ープロへはいっての目標は。
からだは小さいが、どんなきつい練習にもくっついていく自信があります。六大学で投げられたからといって、すぐプロで投げられるというわけにはいかないでしょう。下半身をもっときたえて、スピードと、変化球の切れを鋭くしなければ、プロのバッターには通用しないと思います。
ーリリーフで使うという話もあるが・・・。
いまではほとんど先発、完投として使われ、リリーフは数えるほどでした。それも失敗ばかり。だから、自分には、苦手意識がないことはありません。しかし、投げる以上、先発でも、リリーフでも、同じはずです。先発の第一球と、リリーフの第一球と、ぜんぜん違うはずはありません。とにかく、一軍で投げるというのが、目標ですから。
ー見えなくなった右目はだいじょうぶか。
右の視力は0.8まで回復しています。左が1.5なので、かたちんばですが、バッティングの距離感をみたり、バッティングで、ボールをとらえたりするのには、さしつかえありません。
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