プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

倉田誠

2017-07-12 19:32:54 | 日記
1972年

「いかん」と自分でも思った瞬間、倉田は降板への道をまっしぐらにすべり落ちていた。7点のリードを背負った五回、先頭の加藤を2-1と追い込んだ4球目、ゆるいフォークボールが真ん中やや低めに落ちたとき、打球ははじかれたように左中間深く抜けていた。東映反撃のきっかけとなった貴重な二塁打である。倉田は加藤のヤクルト時代、試合でときどき顔を合わせている。「あそこは加藤の好きなコースなんだ。でもフォークならなんとかなるだろうと、ファッと投げてしまった・・・」と倉田はいう。相手のツボへ、しかも甘いタマ。倉田のもっとも得意なフォークボールであってもこの日は肝心の切れが悪かった。しかも「ファッと・・・」では打たれるのも当然。倉田の失投というより「相手は下位」という過信が生んだ落とし穴といったほうが適切のようだ。倉田はこのあと簡単に二死をとりながら、阪本以下に連続4長短打されて4点を失ったが、張本には2-2と追い込んだあと「真ん中にストレート」を投げて傷口をひろげている。六回にも阪本に2-2から3ラン。倉田が浴びた9安打のうち、カウントを追い込んでから打たれたのが全部で6本もあった。「なにを考えて投げているのか」川上監督は人前でめずらしく語気を鋭くして倉田の甘い心をなじったのもムリはなかった。四回までの倉田は、テキサス1本を含む2安打を許しただけ。スピードもあり、自分でも「完投」を考えていたという。それが、加藤への一投を境に、あっけなく沈没。問題の五回1イニングだけで、実に31球も投げ、投球数はこの回で100球を越えていた。当然、疲労からスピードも鈍ってくる。その結果「押え込もうという気が先走って、気持ちに余裕がなくなった」という通り、決めダマであるフォークボールに切りかえたが「低めのキレがよくなかった」のが、五、六回の大量失点につながった。藤田コーチは試合後「すっかり自分のペースを乱してしまった。力はあるのだが、おのれを忘れるのでは、まだまだ一人前とはいえない」と手きびしい忠告を与えた。倉田は、今シーズン、堀内、高橋一とならんで、新三本柱と期待される一人。それが精神的なモロさから、ポキリと折れてしまったのでは、首脳陣も頭が痛い。
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