プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

杉山知隆

2016-12-24 17:55:29 | 日記
1967年

大学時代

二年生だがベンチ入りしたのは今シーズンから。今春の熊本・八代キャンプにも連れていってもらえず、夏まではまったくの下積み生活。だから今シーズン三度目の登板で、もちろんリーグ戦初白星。それもホームラン・バッターの大橋など強打の亜大を一安打、15三振で完封する大殊勲を立てた。奪三振15というのは、十二年間(昭和二十九年前は連盟に記録の集計がない)東都ではなかった記録だ。高校二年の春まで上手、夏から下手、そして専大二年の今春からまた上手と投げ方も何度も変えている。投法を変えさせた鷲野・専大監督はこう説明する。「あれだけの上背(1㍍83)がありながら、下手から投げていたのではもったいない。上から投げればストレートに角度がつき、打ちにくいはずだ」今春、監督就任と同時に杉山にアドバイス。そしてこれまで投げられなかったドロップを練習するようにいいつけた。この指導法が実り、垂直に落ちるドロップは杉山のウイニングショットになった。高校時代は三年夏に県の準々決勝まで進出したのが最高だが、三振は毎試合十個以上とっていたという。当時からのびのあるボールを投げるので、大洋・入谷スカウトから目をつけられていた。しかし、あと一歩力がなかったのと清水商・和田監督の強い勧めで同監督の母校専大に進学した。両親とも野球が好きで、この日もネット裏で声援を送っていた。1㍍83、75㌔、右投右打、清水商出、商学部二年生。
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