プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

高木喬

2016-11-12 11:37:54 | 日記
1963年

法大出。関根は大先輩である。この関根が四月十四日の対東映ダブルヘッダーで、第一試合に決勝ホーマー、第二試合が逆転2ランしたとき、ネット裏にいて心に誓った。「関根さんのような打者になることがぼくの夢だ。一日も早く追いつきたい。そして追い抜こう」近鉄は十四日現在、首位打者の土井(三割二分九厘)をはじめ打撃ベスト・テンに四人が並び、チーム打率も二割七分八厘でセ・パ両リーグを通じてトップ。高木は答える。「研修期間がとけるのはもうすぐだ。だが少しでもミスをすればまたすぐファームへ落とされるだろう。ぼくのとりえは打力だ。六大学リーグで四番を打ったぼくだ。ちょっぴりだが自信がある。だがプロでは打てるだけではダメだ。走れなくてはね・・。ぼくの泣きどころは足のおそいことだ。オープン戦に出たときも別当さんにこわい顔をされた。少しでも速く走れるように、まず走って走り抜こう」久しぶりに雨のあがった十四日、藤井寺での練習のあとも、一塁ベースめがけて何度もダッシュをくり返した。その姿に目を細めながら、根本コーチがポツリといった。「表面はおとなしそうだが、根性があるやつや」五月二日、島原で行われた対阪神ウエスタン・オープン戦で左手親指を打撲、脱きゅうした。しかしそのあとも試合に出場。やっと休んだのは五月二十四日。「ムリをしているとバッティング・フォームをくずすから休め」と根本コーチにしかられたからだ。だがこの間もランニングは毎日たっぷり一時間つづけた。堺市に住む父親茂雄氏(56)は室内装飾専門の建築デザイナー。その一人むすこでめぐまれた環境に育った自分の性格を「うつり気でテレ屋」というが、野球だけは別らしい。「打球が左中間へ飛ぶのは体重を前へかけていたからだ。このため右手首が返らなかったんだが、この欠点も徐々に直ってきている。あとは走力とスローイングだけだ。バネがいいから走り込めば自然に速くなる。送球の方も高校時代投手をやっていたくらいだから強いはずだ。ただモーションがプロ向きになれば問題はない。打つコツもよく知っているから、研修期間さえすぎれば代打要員ですぐ通用する」根本コーチの採点は合格だ。
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