プロ野球 OB投手資料ブログ

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村田元一

2016-11-05 20:21:52 | 日記
1963年

国鉄でいちばんのおしゃれ。黒いズボン、白いセーター、対照的な原色がだれよりもよく似合う。ユニホームに毎日のようにアイロンをかけてピタリと折り目をつけている。そのユニホームが久しぶりにヨレヨレになった。「疲れたよ。どうやって投げたかわからない」グラウンドの石段にペタリと腰を落とした。「長イス?もういいですよ。動くのがつらい」肩をなでたり、足をもみほぐしたり、質問に答える口も重そうだった。「もう全部が全部つらいイニングだったよ。ことしはじめて九回投げたんだしね。とくに一回はなんだかからだが重かった。カゼぎみで頭が痛くって」だが一死一塁のこの回を切り抜けたことが村田には大きな自信となったそうだ。二十六日の対中日戦で一回二死から五安打されKOされているからだ。「あれでホッとした。王、長島にはピンチで四度あったけど、うまく投げ切れたと思うね。でもON砲って日本一だろう。投げがいもあったよ」外角のカーブに泳ぎ、内角のシュートにつまった長島は「スピードはなかったと思うね。なにかわからないうちにやられちゃった」と首をひねってボヤいていた。しかし村田はちゃんと計算していたのだ。「長島は初めっから右翼方面をねらっているようだったので思い切り内角へシュートを投げたんだ。王には外角へカーブやら、落としたり・・・。こっちのカンもよかったけど、相手のカンも狂っていたんだろうよ。もちろん力いっぱいのスピードで投げたよ。六回と九回の長嶋にはちょっとイヤな感じがしたのでムリに勝負しなかったんだ」前夜超スローボールで王、長島をかわした金田が「おっ、やっとるな」とインタビューに答える村田を見ながら笑って通りすぎた。「とにかく後楽園ではことし初めて投げたんだからね。たくさんのお客さんがいるし、相手が巨人だし、それだけに力がはいったよ」調子のいいときの村田は投げたとき、右手が左ヒザにぶっつかる。村田の右手上はく部は赤くはれあがっていた。原因不明の肩の痛みもすっかりなくなっている。その痛みについて私生活が悪いからだという黒いうわさがとんだとき「マウンドで投げて、そのうわさを吹きとばしてやる」と目をむいた。その約束をはたした。「もう医者のやっかいにならない。元気でいくんだ」金田の口グセをまねてちょっとほおをゆるめた。第二のエース復活村田は勢いよく顔をあげた。
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