プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

嵯峨健四郎

2016-12-07 19:47:36 | 日記
1966年

完投勝利には微妙なものがからんでいた。六回、種茂が無死から中前安打したあと、是久の送りバントが失敗、三ゴロで併殺となった。次打者は嵯峨。水原監督は「是久のバントが成功していればもちろん嵯峨にかえて代打坂崎だった」という。もしこんな場面なら南海もすぐ村上のリリーフだったそうだ。しかし是久のバントは失敗。そのために嵯峨は続投。これが完封につながった。三回の対西鉄戦で一イニングに2ホーマーを含む四安打でめった打ちされ、先月もわずか1勝しかしていない。それも一イニング投げて張本のサヨナラ・ホーマーに助けられ、もらったような1勝だった。そういえば嵯峨が登板したとき張本はよく打っている。調子の落ちぎみだった嵯峨にとって完封勝利は四月二十七日以来。「南海戦となると負ける気が全然しない。どうしてか自分でもわからない。ただマウンドに立つと気持ちがものすごく落ちつく」南海に強いという自信のせいだろうか。この夜は得意のスライダーをあまり使わず、内角へストレート、シュートを多用したという。「最近打たれているのはスライダーをねらわれているからだ。きょうよかったのはおそらく真っ向から勝負したためじゃないか」宮沢スコアラーはこんなふうに見ていた。二回の無死満塁というピンチで小池に「やけくそでストレートを投げた」というが、小池は嵯峨を打率六割強でいつもカモにしている打者。それが三ゴロに終わったのも幸運なめぐり合わせだった。だが苦手の村上から貴重な先制の右翼線二塁打をとばした張本は「ケンちゃん(嵯峨のこと)勝つべくして勝ったよな。オレもきょうはものすごく気力が充実していた。打ったのはカーブだったが、投げる前から打てるという予感があった」と話しかけた。張本と嵯峨はいつもヘボ将棋をする好敵手。どちらも首位南海を破った喜びのせいか、いつまでも二人は笑いっぱなしだった。
『野球』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« J・バッキー | トップ | 林健造 »

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。