プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

奥柿幸雄

2017-03-20 11:41:00 | 日記
1966年

下宿さき(静岡市南町二の五の四、才茂方)の応接間で奥柿にバットスイングをしてもらった。じゅうたんの上に素足。力がこもらないはずなのに、振りは鋭かった。バットを高めにかまえるダウンスイング。腰がふらつかない。童顔の面影を残しているのに、目だけがキラリと光った。二度、三度・・・。スイングはさらに強くなったが、フォームはびくともしない。見守っていた静岡商野球部本間文雄部長は「手首のよさは抜群」とたのもしそうにいった。それでいながら奥柿は首をかしげて、こういう。「ボク、野球に自信ないんです。甲子園でホームランを打てたのも、まぐれみたいで・・・。ましてやプロ野球選手になるなんて、考えたこともありませんでした」アトムズが交渉権獲得というニュースに、奥柿は、むしろどうしたらいいか分からないという表情。甲子園でみせた豪快なホームランも、あの闘志も、どこにも見られなかった。「学校から帰って、はじめて知りました。プロ野球は遠い世界のことと思っていましたから、自分のこととは思えない。もう少し野球を身につけてみたい。それには大学へいくほうがいいと思います」これだけいうのに十分もかかった。テレ屋でくち数も少ない。本間野球部長は「性格はのんびりしている。自分の人生設計を考えるところまでいっていないから、大学を出るまでに、考えたほうがいいでしょう」と進学を主張している。奥柿は足がものすごく大きい。中学(静岡県・浜岡中)時代、一塁に力走する途中、スパイクシューズがぬけてしまったことがある。現在のクツの大きさは十一文半。中学時代はそんな大きなスパイクはなかった。かかとがはみ出しそうなのをはいて、この大失敗をやらかした。静岡商に入学してから奥柿の世話をしている才茂安吉さんは「特製のスパイクを作るのに、苦労しました」とニガ笑いしていた。そのくせ手は意外に小さく、神経質な面もある。一年生のとき、勉強に追われ、野球でしぼられ、とうとうすっかりまいってしまったことがある。「八人きょうだいの末っ子だから、甘えん坊なんだナ」と本間部長もお手あげのてい。プロ入りするか、大学進学かの判断も、学校や世話になった才茂氏など周囲の意見によってきまることになりそうだ。
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