プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

板東里視

2017-05-03 14:24:50 | 日記
1967年

板東はことしから救援専門になった。本人もこの新任務が気にいったようで、最近では「ワシは近鉄の八時半の男になるのだ」とはり切っている。この日も救援命令は受けていた。ブルペンに走ったのは四回表、味方の攻撃がはじまる前だ。その裏、小野坂が二死後、ウィンディに打たれたあと、四球を二つつづけ満塁となったことも知らずに、救援命令をうけた。それほどウォームアップに夢中になっていたのだ。救援投手の心構えのひとつに「戦況に背を向け、冷静な気持ちで準備ができること」というのがある。その意味では板東は悪くはなかった。マウンドまで約50メートルの間に作戦もねった。「打者は長池か。あの選手は長打力がある。低めをねらおう。しかも、はずれるボールだ。一回に右翼へヒットを打っとるから、さっと思い切り振ってくる」ところが長池は、西本監督の指示でマトを内角高めと決めていた。「2-3まではここへくるまでどんなことがあっても待とう」と思った。低めのスライダーが二つともボール。長池は「意識して低めをついてるな」とみた。しかし内角高めを待つという気持ちには変わりはなかった。スライダーが外角いっぱいにはいった。4球目へまたボール。板東はマウンド上でいっこうに振ってこない長池に「おかしい」と首をひねったが、それだけにとまどった。打者の出方によって作戦を変えていく柔軟性が急造の火消しには考えおよばなかったのだ。5球目は低めボールのシュート。あっさり見送られて四球。押し出しの1点が首位攻防の決勝点になった。負けたベンチで、板東は笑いながらいった。「ボクみたいな投手は、打者が振ってこないと、どうにもなりません」-すっかりあきらめた口ぶりだった。
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