プロ野球 OB投手資料ブログ

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坂崎一彦

2017-04-05 21:05:34 | 日記
1963年

七回に決勝の2ランを右翼席にたたき込んだ。大石の第一球を打ったもの。投げた大石は無造作すぎた感じだった。「王、長島ばかりに気をとられていた。なんとか長島を封じ込んでやろうと試合前から考えていたんだ。それはうまくいったのに坂崎に打たれてなにもかもパーだ」大石はさかんにくやしがった。田中が出したサインはシュートだったが、大石の投げたのはフォークボール。「最後はバットが軽く感じるようになった。試合に出してもらえないから第一球目から打たんとアカンと思った。ナックルじゃなかったかな。真ん中より少しインコース寄りの球だった」と声がはずんでいた坂崎は、広島と相性がいい。昨シーズン長島や王を押え打率はかせぎがしらだ。大石からは二本の本塁打を打っている。「広島にそんなに打っている?ぼくは阪神戦の方がよかったと思っていたんだが、こんどは広島からかせがしてもらいますかな」という坂崎はおっとりしてなかなかユーモリストだ。試合前も長島の三冠王で話に花が咲いたが、坂崎は「チョウさんには悪いけど、おれが打点をかなりかせぐので三冠王はムリかもしれん」とみんなを大笑いさせていた。いまは右翼の正位置を池沢と奪いあっているが、池沢に一歩リードされているような形だ。池沢は「ぼくもプロ野球人ですよ。いまさら競争なんて・・・当然のことですよ」とファイトをむき出しにしたが「池沢はいい選手だ。ボックスにはいってもネッチリ食いついていって、ぼくみたいに簡単にアウトにならんよ」という。おっとりしすぎているのが欠点だ。「ライバル意識をもやそうというより、池沢と二人でやる方がチームにとってもプラスだ。それに力以上のことをやろうと思ってもダメだ。背のびする必要はない。持っている力を全部出せばいいんだ。それでダメならトレードでもクビにでもしてもらってけっこうだ」という。こんな坂崎も九回右わき腹にデッドボールをうけたときは「阪神の渡辺にぶっつけられ(十四日)やっとバンソウコウがとれたと思ったらまた同じところに当った。ひどいことをしやがる。しかし当たるのはこわくない。逃げていたんでは打てんからね」と元気な言葉がとび出した。川上監督は「池沢ものびてきたし、坂崎も試合に出ていないが決して悪くない。どちらも使えるから、ウチも大洋のように控えの層が厚くなってきた」と上きげん。「大石の外角に逃げるスライダーはストライク・ゾーンがせばまったので、ことしはボールになる。この大石を打ち込むのは左打者だ」と読んでいたが、坂崎の方まで川上監督の計算どおりになった。森の手の治療で球場にきていた吉田接骨医に右わき腹にぺったりとぬりグスリをつけてもらっていた坂崎は「たいしたことはないですよ。試合に出ながら直していきます」と元気にベンチを出ていった。
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