プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

林俊彦

2017-01-30 20:51:43 | 日記
1962年

中日球場近くのささやかな菓子屋が近く金持ちになる。近所の人たちはせん望のまなこでそう信じている。福の神は末っ子にやらせた野球。どこでどうまちがったのか林菓子店が名古屋の名物納屋橋まんじゅうの製造おろしであるといううわさが流れた。「とんでもない。小さなダ菓子屋ですよ。もっともセガレがもらう契約金で商売がえするのかもしれないけどね・・・」林争奪から手をひいたあるスカウトは皮肉な笑いを浮かべていった。なにはともあれ、話題の中心である林投手、不作の年とはいえ十二球団中、国鉄、広島をのぞく十球団のスカウトを動かした選手はほかにいない。左投手でスイッチヒッター。それだけでよだれを流している球団もある。林は習志野を三安打に完封した。しかしスカウトの目は意外に冷たい。大毎の青木チーフ・マネジャーは「これでもまだプロで使えるというヤツの顔がみたい。十球団も働きかけているなんてプロ野球の恥だぜ」とまでいった。もっとも大毎も最初は色気をみせた。巨人の沢田スカウトは「調子悪いね」という話しかけに「そうですか」とそっけない。東京から甲子園にくるとき、名古屋で途中下車したことで、その返事は得心がいくだろう。中日の柴田スカウトはカンカン照りのネット裏でしぶい顔のしっぱなしだった。スカウトの間では秘密情報によれば巨人、公式には中日という定説ができている。林のピッチングがダメになったと悪口するのは、きまって巨人、中日以外のスカウトであるのもおもしろい。日焼けでハナの頭を真っ赤にした林は「調子もよくなかったが、ある程度セーブして投げました」といった。春の大会後に痛めたヒジはもうすっかりいい。しかし、それ以来きりっとした投球をしていないのも事実である。総出で応援にきている林家。その中で一番心配そうなのは父親の宗造さん(64)だった。「しろうとがみても春より数段悪い」むすこが宿舎の庭でスイカにかぶりついているのを横目でみながらつぶやいた。プロ入りについて宗造さんは「むすこは大学へいきたいといっています」と答えた。「大学進学はありえない」といった滝監督の言葉とは正反対。なぜだろう。「たしかにセーブして投げていたようだけど、あんなピッチングではプロでどうだろうか」という成田理助氏の疑問が、そのまま父親の疑問になっているかもしれない。親の心配をよそに林はゴロリと横になった。ヒマさえあれば寝ている。映画はきらい。プロ野球もめったにみない。「プロ入りの話はやめて下さい」口数の多い方ではない。林はすぐ目をつぶった。
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