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クロアチア,スロベニア,ボスニアヘルツェゴビナの周遊旅行 その14(モスタル編その2)

2017-07-06 20:26:01 | クロアチア,スロベニア,ボスニアヘルツェゴビナ旅行

クロアチア、スロベニア、ボスニアヘルツェゴビナを10日間周遊する旅行にプリモプエル(のり平まめお)を同行して行ってきました。

下記が主な観光地(観光順)ですが、旅行会社の行程から同国の入出国が数回ありました。
羽田発~オーストリア(グラーツ泊のみ)~スロベニア(ブレッド~リュブリャナ~ポストイナ)~クロアチア(ポレッチ~ロヴィニ~シベニク~トロギール~スプリット)~ボスニアヘルツェゴビナモスタル)~クロアチア(ドブロブニク~プリトビチェ~ボスニアヘルツェゴビナ(ビハチ泊のみ)~クロアチア(ザグレブ)~羽田着

5日目のつづきです。ボスニアヘルツェゴビナのモスタル旧市街に到着しています。
ボスニアヘルツェゴビナは、独立を機に勃発したセルビア人、クロアティア人、ムスリム人 (スラブ人のイスラム教徒)の三民族の対立で1992年から1995年まで内戦が続いていました。
22年ほど前まで内戦があったのですが、どのような国で戦争の爪痕は残っているのかなど想像して、バスは国境を越えてモスタルに向かいましたが道路周辺も含めて戦争の痕跡はないように見えました。
しかし、モスタル旧市街には痕跡が残っていました(後篇に記載)。

モスタルの旧市街は世界遺産でイスラム文化とヨーロッパ文化が融合した観光地です。


モスタルを象徴するスターリ・モスト橋付近はお土産店がつづきます。


可愛い小さな人形のマグネットもありました。のり平・・・かわいいね。


カフェやレストランもあります。



この付近の道は石が敷き詰められ滑って歩き難いです。雨が降ると更に滑って歩き難い感じです


スターリ・モスト橋が見えてきました。この橋の名前は現地の言葉で「古い橋」という意味だそうです。
民族紛争の内戦で1993年にスターリ・モスト橋は破壊されました。
1995年に停戦し、スターリ・モスト橋は2004年に復元されて平和のシンボルとして現在に至っています。


橋の上は大混雑です。


橋は急坂で滑りやすい石のため、やはり歩き難いです。


橋の上に到着するとオリエンタルな雰囲気が漂う街並みを見ることができました。


橋の下に方向に向かってみました。
この川はネレトゥヴァ川と言い流れる水は神秘的な深緑色でした。
この川を挟んで東側がムスリム人、西側がクロアチア人と住み分けられているそうです。


下から見たモスタルを象徴するスターリ・モスト橋です。この橋を渡る観光客が良く見えます。


橋の最上部から飛び降りようとしている人がいます。
この人にXX?(お金)を払ったら飛び降りるようで、飛び降りる雰囲気はありましたが飛び降るところは最後まで見ることがでませんでした。


スターリ・モスト橋を後にする際の通路には、「1993年(橋が破壊された年)を忘れるな」と刻まれた石がありました。


一部に古い家が残っています。


ビックリ!
バスに戻る際の道路際の古い建物に戦火の痕跡(弾丸の跡)がありました。
凄い弾丸の数です。私は気付いていましたが同行したグループの人は誰も気づいてなかったようです。


この建物も同様に弾丸の跡がありました。

この後は、再度クロアチアに戻り、アドリア海の真珠、ドブロブニクに向かいます。
つづきます。

ジャンル:
びっくり
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