HARRY’S ROCK AND ROLL VILLAGE

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美は正調にも乱調にもある

2017-02-12 09:10:50 | 日本のロック・ポップス

掲載写真は遠藤賢司の新作「けんちゃんのピアノ画(スケッチ)」。全編ピアノ演奏の
インスト作品である。ここには歌もギターも無い。時に繊細であり時に力強い言葉を
歌詞にして歌い、それを静寂と轟音の絶妙の配分で演奏し我々を惹きつけた、昔から
よく知るエンケンはここにはいない。

かつて私はこのブログでこんなことを書いた。
「ポピュラー・ミュージックにおける歌詞の持つ役割は重要である。聴き手自身を
投影させることで個の共感を得ることができ、それが個人史の中での音楽の延命に
繋がるし、社会問題を投影させることで時に誤解を招く危険を孕みながらも、
世論を動かすことも出来る。」
勿論、エンケンの歌詞もそうであったが、ここに歌詞は無い。

エンケンのピアノ演奏が40分弱続くのだが、これはどう捉えればいいのだろう。
ピアノのインスト・アルバムなんてのは世の中に掃いて捨てるほどある。ジャンルがジャズで
あろうがクラシックであろうが、商業用のBGMであろうが個人用のヒーリング・ミュージックであろうが、
それらの音楽に優劣をつけることができるほどの優れた耳を持ち合わせていない。
単純に個人の好き嫌いを述べることはできるが、世間的にそれは公平なジャッジではないかも
しれないだろう。故に昔からジャズやクラシックを至上とする論調には抗い続けている。

今まで歌っていた人がインストの、しかもそれまでメインの楽器として使っていたギターで
なくピアノの演奏で盤を作るのだから、余程の決意なり覚悟、あるいは衝動と言うものが
あるのは想像に難しくない。そして、一部のファンの中にはそれを期待したものとは違うと
捉えられる可能性があることも想像できる。

ここでの演奏を技術的な上手下手で話すのはナンセンスだろう。作家が自分の頭の中に
描いた画を音楽家故に絵画でなく演奏で表現したのだから。なにより、ここで演奏している
のは遠藤賢司その人である。録音された2016年当時のエンケンの心象風景に迫りたい
なら、この盤を受け止めて聴くしかないのだ。

添付されたブックレットには各曲を表す画と楽譜が書かれている。大友良英らが採譜した
その楽譜が面白い。私は譜面を読めないのだが、そこには定型のクラシック音楽を逸脱した
自由が溢れている。昔、テレビ番組で見た、指揮者による可笑しな指示が描かれた(書かれた
ではない)譜面の幾つかに匹敵する面白さと自由がそこにはある。それは同時にエンケンの
脳内宇宙の果てしなさを感じさせる。

私はかつてこんなことも書いた。
「名前も知らないアーティストのCDを聴いたとする。それが、自然音や祭りの音を
コラージュしたものだったり、ギターのフィード・バック音のみのものだったり、延々と
ノイズが続くものだったら、そのCDを聴き続けまたは所持し続けることができるか?。」
「ブライアン・ジョーンズがモロッコで録音してきた音を編集した「ジュジュカ」にしろ、ルー・リードの
「メタル・マシーン・ミュージック」にしろ、単体でそれを愛せるかと問われれば、心許ない回答しか
できない。演者がそれまでに残してきた作品や、姿勢、歴史の中に置いてみて意味を見出せるから、
それらを愛し所持し聴き続けることができるというのが、私にとって本当のところ。」

つまり、そこらのアンちゃんが出した音がこれなら、私は買わない。
絶対論で評価できないのがもどかしいが、時にはこういうこともある。

電子音や轟音を使っているわけでもないし、発信機や竹の落下音を使っているわけでもないが、
今回のエンケンの盤は私にとってはルー・リードの「METAL MACHINE MUSIC」や
ニール・ヤングの「ARC」、アンソニー・ムーアの「REED , WHISTLE AND STICKS」
ジョージ・ハリスンの「ELECTRIC SOUND」と同義である。

エンケン、次は打楽器だけのアルバムを創って!

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