ムッシュー / かまやつひろしの世界

チャーリー・ワッツのように40年以上続くバンドの
オリジナル・メンバーとして、ひとつのパートを
担当し、その役割に徹するのは、「楽器弾きの退きの美学」が
あり、心ある人の関心を惹く。（すみません、洒落です。）

それとは別に、「自分のレコードは全部自分で賄わないと」
という考え方もある。ギタリストはいつも、もう一人の
ギタリストを邪魔だと思ったり、気に入らないフレーズを弾く奴だ
と思ったりドラマーのことをうるさい奴だと思うものだ。
ベーシストは一番クールなのは自分だと思い、ドラマーはボーカリストが
気に入らない・・・・。あっこれは私の学生バンド時代の話でした。
なら、全て自分でやってしまえば、いいじゃないか。

私は30歳目前の時に4トラックのレコーダーがあったので30歳記念？に
全てのパートを自分で録音した「フェイバリット・ソング」のカバー集を
録音しようと思ったことがあった。歌えないので、トラックができたら
友人たちに歌ってもらおうなんて牧歌的なことを考えていたが、自らの
演奏能力のなさがゆえに早々に計画は頓挫した。
目標は高く「ムッシュー/かまやつひろしの世界」だったのに。

このアルバムは70年発表のムッシュの1ｓｔソロ。一部の歌と数曲の
作詞以外は、プロデュースも含めて全てをムッシュが手がけたものだ。
あまりにド素人なのは論外だが、普段は別なパートの人が叩く
ドラムスには意外な発見がある。昔テレビで森高千里が叩くドラムスの
演奏を見て、60年代のガレージ・ロック並みの破壊力と気持ちよさに
驚いたことがある。ムッシューのドラムスの演奏も気持ちがいい。
不器用なのだが、手馴れたドラマーにはありえないフィル・インの数々。
他にもピアノやベースにしても、流暢ではないのだが、それなりの
味を出すところが粋人といわれる所以かもしれない。

フォーク調であるが、日本的でありながら欧州的な雰囲気を醸し出す
「雨上がりと僕」「七階の窓」、悲しくも洒落ている「ソー・ロング・サチオ」
ボサノヴァ風で小粋な「二十歳の頃」と聴き所は枚挙に暇がない。
「二十歳の頃」は、なかにし礼と安井かずみの上手とはいえない
デュエットが聴けるが、これがなんともいえない。20歳の頃、こんな
恋愛をしていた人たちに我々や、今のガキどもが束になっても
勝てるわけがないと、ひれ伏すのみである。

私が一番好きなのは「ロンリー・マン」「豚殺しの歌」と
続く流れである。スパイダース時代の曲でそのときと同じく
ボーカルはバンマスだった田辺昭辺がとる。ムッシュの歌う
フレーズをうけて歌う田辺の歌のなんとも下手でかすれた歌が
いぶし銀の渋さで、若いのに老成した感じで孤独を見事に
表現する。「豚殺しの歌」はショーケンの作詞だ。スターで
あることの虚しさと孤独を皮肉交じりに歌詞にしたものだ。
「豚」はマスコミや自分をとりまくスター・システム、
そしてキャーキャー騒ぐだけのファンの女たちのことだろう。
それら全てを惹きつける「豚殺し」を生業とするものの
「豚」に馬鹿にされていることも、見切っているなんとも
冷め切ったショーケンの視点が空恐ろしい・・・・。

ムッシューのアルバムならまずはこれだ。
テクニックもさることながら、感情に訴えるアルバムを
全て自分で賄うということがいかに尊いことかと、いうことを
私はピート・タウンジェンドのソロで知ったが、日本にも
世界に誇るべき作品があることが、なんとも嬉しいアルバムである。