・・・赤と青で紫・・・
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・・・赤と青で紫・・・
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・・・自分を進め・・・
眠りに落ちた街の片隅
雨上がりの歩道に
誰かの呼ぶ声を
聞いたような気がして
眠り損ねた黒猫が
聞き耳立てて振り返る
雑音なんて気にせず
まっすぐに進め
とらわれることなく
自分を進め
それをアイツに伝えてくれと
風が優しく止んだ
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・・・キミの誕生日・・・
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・・・一週間の風景・・・


☆お休みの人も、お仕事の人も、素敵な一週間になりますように・・・。
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・・・桜茶と日々とキミとボク・・・





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・・・はじまりの春・・・
日曜に部屋にいるのは何カ月ぶり・・・?
っていうくらいに、ホントに久しぶりな気がした今日は4月1日。
・・・ってことで、
いつの頃からか、4月1日といえば私にとって「種まき日和」・・・(笑)
天気、良しっ![]()
気分、良しっ![]()
この日を待ってました!と、登場した種クンたち。
今年はこんな面々です。

マリーゴールド

ひまわり2種類

きんぎょ草

苦瓜2種類

ふうせんかずら(ハートがかわいぃ
)
朝顔(写真撮り忘れた)
早く芽が出てきてくれるといいな〜♪
私にとって、新年の幕開けの1月1日以上に大切だったりする4月1日。
種まき、鉢の植え替えなどの土いじり、
無心になれる贅沢な時間を過ごせたことに感謝。
昨年の4月1日の記事、見てみたらやっぱり種まいてましたww
http://blog.goo.ne.jp/pure38/e/2004f906645966ee165d03ed95ba7f29
命のはじまりの春。
何かを仕切り直すのに 遅いことなんてない。
http://www.youtube.com/watch?v=iiqcjrQ4P3o 
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・・・優しい風景の中で・・・
月が
何処から昇って何処へ沈んだのか
星が
何時に煌めいて何時に眠りについたのか
時々しか
それに気づくことのできない毎日だけど
ボクは
忙しくも充実した日々を過ごしていて
今年の春は
桜の咲くのがのんびりらしく
見上げる人たちを
はらはらさせたり
心待ちにさせたり
惑わせてるみたい
先日のテレビで
流れていたそんなニュースを聴いて
まるで
誰かに心配かけてる
誰かのように思えて
思わず苦笑いしたり
だけどね
見つけたんだ
仕事に行く途中
毎日通る風景に
そっと咲く桜の花
どこも
まだ固い蕾のままなのに
そこだけ
静かに咲いていて
思わず車を降り
見惚れた風景は
柔らかな花びらが
陽の光に透けていた
優しい風景の中で
想うキミのこと
元気でいるよね
ボクも元気でいるよ
http://www.youtube.com/watch?v=7kZNdnv_haM

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・・・長靴を脱ぎ捨てて・・・

☆祈りをこめ、いまここに・・・。
・・・2月29日・・・

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・・・midnight・blue・・・
広大な宇宙の片隅に
ひとり
放り出されたような
それから
まあるい地球に包まれ
すべてのことから
守られているような
真夜中の
静寂な空を眺めていたら
言い知れない
不思議な感覚にとらわれた
よみがえる
遠い日の風の記憶
見上げていた空の色
確かめるには
あまりに幼な過ぎて
言い出せなかった気持ち
想いを馳せ
何かを考えようと
瞳を閉じてみるけれど
帰り道
車を止め
携帯電話を握りしめた
国道脇の線路沿い
街灯に照らされて
風に揺れていた
立ち枯れのススキの葉の
サワサワと澄んだ音が
いつまでも耳から離れなくて
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・・・兆し・・・
晴れの日の
まだ陽の残るうちに
取り込まれた洗濯物が
こんなにあったかいこと
忘れてた、な
しばらくぶりに眺めた
明るいうちのベランダ
足元には膨らみかけた蕾
知らないでいたけれど
ジュリアンは
宿根草だったんだね
一年前の
春まだ浅き日に
花屋さんで買った鉢植え
たくさんの元気をもらった
黄色の花が終わった後の
緑の鮮やかさもまた綺麗で
暑い日、寒い日
お水をあげながら
大切にしていたら
気づかぬうちに膨らんだ
たくさんの蕾が
陽の光に透けていた
両手を温めたくなるような
風の白さに
心奪われているうちに
冷たいと思っていた土の下
いつの間にか
やわらかな春の兆し

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・・・清め塩・・・
仕事でお世話になったかたの ご葬儀の帰り道。
会葬御礼の封筒に添えられていた言葉が心に残る。
以下、全文です。
「私たちは清め塩を使いません」
浄土真宗では葬儀の時は穢れを清めるために塩を撒くことはいたしません。
仏教では決して死を穢れと受け止めることはありません。
「死もまた我等なり」と受け止め生死するいのちを精いっぱい生きていくことこそ
人間としての生き方であると示しています。 合掌
この言葉に、
長年の胸のつかえがすーっと取れ、心が整理されたような気がしました。
-お清め塩-
お通夜やご葬儀の際にいただくお清めの塩は何を清めるためだろうと、
長い間、思ってきた。
特定の信仰宗教を持たないため、
難しい宗教用語などの意味はわからないことが多いけれど
「清める対象は、清くないもの」という大ざっぱな理解くらいはできるので
「ひとの死」は清めなければいけないことなのだろうか?との思いがいつも心の底にあり
「清め塩」を目にするたびに、違和感に近いものをぼんやりと感じていました。
自分なりの勝手な解釈でしかないのですが
幸せなこととは言えない「ひとの死」に対し
最期のお別れに訪れた参列者が不幸を持ち帰らぬように・・・との、
故人や喪主側からの「こころくばり」なのでしょう・・・と。
それが正しいかどうかはわかりません。
それでも、初めて目にしたあの言葉に、何かが和らいだ気がした日でした。
・・・ストロベリー・ナイト・・・
両手で包んだ箱を
手渡すだけじゃなく
リボンをほどき
一粒つまんで
キミの口の中に
入れてあげればよかった
一足早いバレンタインの夜
パノラマの煌めきに囲まれ
こころは夜空へ放たれる
いつの間に欠けたのか
少し前まで
満月だと思い込んでた月は
本当は満月じゃなく
開け放したカーテンの
そのはるか向こう
蒼く澄んだ夜空の
欠けた月の肩越しに
甘いあまいストロベリー・ナイト
見て見ぬふりをした天使たちが
おやすみなさいと
そっとウィンクをする

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・・・夢の隣に・・・
キミの隣に夢はありますか
夢の隣にキミはいますか
時は流れ・・・
言い尽くせないことが
いくつも目の前を通り過ぎ
時の中を
キミが走り抜けてゆく
伸ばした両腕の先
手のひらからこぼれ落ちて
つかみきれなかったもの
見えなかったんじゃなく
見ようとしなかったこと
気づかないフリを
しただけだったこと
忘れたつもりでいても
忘れられなかったこと
ふとした瞬間に
心は還るあの日の夢に
じゃ、またね
そう言ってドアに手をかけた
キミの瞳の
静かだけれど確かな光が
冬の日の蒼い空に重なって
終わっていない
夢の続きを知る
キミの隣に夢はありますか
夢の隣にキミはいますか
http://www.youtube.com/watch?v=6Nje6Ur941I&feature=related ![]()
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・・・暖かにそして温かに・・・
見上げていたら
その不思議な色に
吸い込まれた
見つめていたら
何がどうという訳もなく
涙がこぼれてきた
優しく柔らかに
繊細な羽毛を持つ
大きな翼の中に
気づけばいつしか
包み込まれてゆく
悲しいようでいて
悲しいんじゃなく
嬉しいようでいて
嬉しいんじゃない
説明のできない感情が
まとまりのつかないまま
頭の中で言葉を織りなし
それでも
目の前の風景に
心は染められてゆく

冬の日の夕暮れは
暖かに
そして
温かに
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