世界遊戯博物館ブログ

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骨牌(かるた)製作

2012年04月02日 | 日本のゲーム

現在、日本の伝統的な骨牌(かるた)を作っています。
きっかけは、骨牌遊びを遊んだ時に、使用した札が気軽に遊ぶには高価だったことにありました。

消耗品として廉価である筈のカルタが、高価なものでは破損を恐れて遊ぶのにも気を使うし、遊ばなければ保存鑑賞品となってしまい、遊びの道具ではなくなってしまう可能性があると思いました。

そこで、高価な文化財としての骨牌(かるた)ではない、実際に一般の人たちが手軽に遊ぶ用の普及版カルタを作ろうと思い立った訳であります。

素材は、いくら叩き付けても破損する事のない韓国花札のような薄いプラスチックを考えています。

花札をはじめとするカルタは、勢いよく札を打つことが醍醐味の一つであるので、この素材なら思い切り札を叩き付けて遊びを楽しむことが出来ると思います。

版は仕事で使っているイラストレーターを使って製作しました。

このような伝統的ゲームは著作権がないので、版をそのままトレースし、それを微妙に変えることも可能ですが、今回は元になったカルタの大元である天正カルタの図柄をひも解いて製作しました。





勿論、図柄を全く変えてしまうと、伝統的な地方札としての骨牌とはいえなくなり、価値を感じてもらえなくなってしまうので、天正カルタからひも解いた図柄を、地方札の図柄に近づけるようにして製作する事を心がけました。





製作する骨牌は、地方札の「大二」と「小松」の2つで、なるべく廉価でお届けしようと思っております。

取り敢えず、この2つを製作し、要望があれば他も考えてみようと考えています。

現在、版を作り終え、素材など色々と検討している最中です。



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6 コメント

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Unknown (CC)
2012-04-03 22:35:13
初めまして、CCと申します。
素晴らしいお仕事に感心する事頻りで、思わず書き込んでしまいました。
同じ様な事を考えた事のある方は、おそらく結構な数いらっしゃるかと
思いますが、"考える"と"実行する"の間を越えるのにどれくらいの
エネルギーが必要かは、天正カルタの画像データのみでひーこら
言ってた身としては、現物までとなると想像を絶し、何やら
恥ずかしくなってきます。
無事の完成を祈っております。
それでは、失礼致します。
Unknown (伊藤)
2012-04-04 23:47:47
CCさん

書き込んで頂き、どうもありがとうございました。
CCさんのサイトも拝見させて頂きました.
天正カルタの再現、かなりの気力がないと、あそこまでは出来ないので、完成品もさることながら、その熱意が大変素晴らしいと思いました。
また、花札の創作ルールも、花札に対する深い愛情を感じます。
大貧民やUNOなどは、次々と新たなルールが加わり、さらに面白く変化していく中、花札がそのまま過去のルールに固執して進化していないというのは、形骸化してしまう危険性があるので、そのように新たな遊びを考えることは非常に重要だと思います。
Unknown (CC)
2012-04-05 15:01:29
お邪魔します、CCです。

> 伊藤様
花札、株札、カルタ類に対する愛情は確かにありますが、"浮島"に
ついては、普遍的に皆様に面白いと思って戴ける程の出来なのか
自分でも未だに判っていない(汗)のが問題で、そっちの方が
自分の愛情云々より余程大切なんですけどね(笑)。
遊び方ガイドの前書きに、
> 花札は日本の一文化であり、豊富なローカルルールは、それぞれが
> 大切な伝承、宝です。
なんて書いてしまいまして、その文言は偽りなく自分の意見なのですが、
それは決して高尚な文化として祀りあげようとしているのでなく、
私としては、この場合の文化とはもっと気楽な大衆文化、ローカルな
もののつもりなので、伊藤様のご意見には私も賛同出来ます。
今野敏の「義珍の拳」と云う小説(これは沖縄空手の話なのですが)に、
「生きているものは変わるんだよ」「変わらないもの、それは死んだ
ものだ。変わるのは今、活き活きと息づいている証拠だ」と云う
台詞がありまして、これがまさに伊藤様の花札に対する考えと
一致する所だと思います。ただまあ、花札の様な歴史のあるものは
ちゃんとした伝統を踏まえていて欲しい、と云うのも自分の欲求として
確かにありまして、古い遊びはそれはそれで繋いで行き(それは
決して面白くないものではない、と私は信じています)、新しい
ものも広くどんどん許容して行く、のが理想かな、と。
変化が必要、と云うのがルールの事とは限りませんしね。例えば
それこそ今、伊藤様が検討中の材質もそうかも知れませんし、
ひょっとしたらルールとか現物とかでなく、伝えられ方とかに
何か画期的に変化出来るものがまだ隠れているかも知れません。
そう云う意味でも、今回の伊藤様の試みは大変素晴らしいと
思いますし、もっと多方面に色々な試みがあって欲しい、とも
思っています。手前味噌ですが、私のサイトに置いてあるものも
それぞれそのひとつのつもりです。余り上手でも画期的でも
ないかもしれませんが(苦笑)。

コメント欄なのに長文大変失礼致しました。
Unknown (伊藤)
2012-04-06 12:41:35
cc様

再び書き込んで頂き、感謝いたします。
伝統文化が陥りやすい部分として、それを維持する中で文化を利益の為に独占しようとする人たちが出てくることがあると思います。
同族の家元制などがそれに該当し、本来ならば誰にでも出来る技芸や遊芸などが、我がこそが本家で正しく、その他が行うもの以外は全て偽物であるというものです。
つまり、俺達以外はやるな、やるなら門下に入って金を払え、俺達以外は偽物だから価値がない的な利益の独占だと思います。
その正当性を保つ為には権威が必要となります。
その権威は、長い間保ち続けた伝統の期間と保ち続けた同じ技術であると思います。
そのため、やり方を変えることは、その伝統の権威を否定することになり、形式的に継承していくことが目的となってしまうと思われます。
このようなことになるのも、それを行う人間が僅かになり、希少価値が生まれることによると思われます。
しかし、思いきって、誰でもやってもいいし、自分なりに自由に行ってもよいという本来の姿に立ち戻ることが、復活と発展への道だと思っております。
少々(かなりですが…)花札・骨牌から話がずれましたが、そんな伝統文化をモチーフとして15年くらい前に書いた小説がありますので、よろしければお読みください。
http://210.150.246.43/kaiseki/gesaku04.html

まあ、花札や骨牌などは誰でも行えますから、そこまでではないのですがね。
色々と書き込みありがとうございました。
Unknown (CC)
2012-04-06 17:59:47
お邪魔します、CCです。

> 伊藤様
日本文化における流儀や家元、宗家などについては、私なりに実は
かなり思う所があり、伊藤様が仰る様な側面もありますが、技芸の
持つ伝えられるべき情報量と性質によっては絶対に必要な部分も
中には(全てではないです)あると思ってます。ただ、カルタ類の
技法についての話であれば、これは完全に話がズレてしまいますので、
この話はここでは控えます。
と云うのは、伊藤様の仰っている事は、恐らく伝統文化の価値を、
それこそ何やら高尚なものなのだから有り難い、とかそう云った
価値観でしか判断しない人達を問題にしているのだと思いますが、
カルタの遊戯については、そもそもそんなモノに祀りあげたりする
もんじゃない、と云う点において、大部分の愛好家(プレイヤー)に
賛同して戴けると思えるからです。
カルタは大衆的な娯楽、しかも観覧する娯楽でなく実行する(遊ぶ)
娯楽なので、まさしく誰でも自由に行えるもので、文化の独占など
出来ようもないし、またしようとした人もいない(多分いないと
思うのですが・・・(汗))でしょうから、現代のカルタにとっての
障害はそちらではなく、カルタと賭博の関係性による偏見の方が
より重大ではないか、と思います。まあこれは、ここで言うまでも
なく皆様良くお判りの事でしょうが・・・(汗)。これに関して
書き出すと本気で長くなるのでこれくらいにしておきます(笑)。

それでは、失礼致します。
Unknown (伊藤)
2012-04-10 23:55:10
>cc様

色々とお察し頂き、またそれが的確なので、ご理解と補足頂きありがたく思っております。
私も流儀流派は必要と思っております。
カルタから伝統文化を一括りに飛躍させた私が話題をズレさせてしまったので、申し訳なかったです。
この先、花札やカルタを通して、多くの人と楽しい時間を共有したいと思っています。

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