まちかど逍遥

私ぷにょがまちなかで遭遇したモノや考えたコトなどを綴ります。

度々熊本 松合の石臼畳

2017-07-11 22:16:28 | 建物・まちなみ
熊本の続き。

※これは2016年11月の旅です。

翌朝も海は真っ白に煙っている。せっかくのロケーションなのにこの天気はちょっと残念。。。

さてチェックアウトの時にフロント近くで見つけた、古いなまこ壁のまちなみの写真。
これはどこですか?と聞いてみたら、このすぐ近くの集落だと言う。へぇ~、こんなところがあるのか。
今日は熊本から島原へ渡ってみようかと考えていたのだが、雨では船に乗る気もしないし、
その松合というところにちょっと行ってみよう。


観光案内所があるということは結構有名なのか。マップを入手して、傘を差して歩き出す。
元々は弓なりに凹んだ浜沿いにできた集落で直接海に面していただろうと思われるが、
弦を張るように堰を造り埋め立てたようだ。半月形の土地には醤油工場や住宅が建ち、荒地のところも。
ただその工場ももうかなり年季が入っているので、埋め立てはかなり古い時期のことと思われる。


もと浜通りだったと思われるメインストリートから集落の内部へ路地を入ってみよう。
石垣の路地を進むと井戸や古い民家など、昔からの海辺の暮らしの風景に出会う。


古そうな山門のあるお寺が目に付いた。門はおどろおどろしいほどの彫刻に覆われている。すごい!


・・・おや!?足元の石畳が変わっているぞ・・・


うわぁ、これは石臼だ!!門の外も内もいちめんに、丸い石臼がみっしりと敷き詰められているのだ!!
以前石臼ばかりが積み上げられた「石臼垣」を発見したが、これは「石臼畳」じゃないか!
面白いなぁ!!ぱっと見、石貨にも見える(笑)。


溝の彫られたかみ合わせの面を上にして埋め込まれているのですべらないしちょうどいい(笑)。


この石臼畳について何か分かるかとネットで検索してみたのだがほとんど出てこず、個人のブログで
お嫁入りに石臼を持参し、使えなくなった石臼を奉納する風習があったらしい、ということが書かれていた。




古くからの港町だった松合は湧水に恵まれており醸造も盛んだった。酒造家は廻船業や海産物問屋も手がけ
江戸後期には交易港としてもかなり栄えたようだ。家屋の密集したまちでは度々火事が起こり、
そのため、埋立地を造って住民を移し、火除け地を設ける、辻に井戸を掘る、建物を土蔵造りにするなど
徹底した防火対策が行われ、それとあわせて3ヶ所の船だまりのある港が整備された。この街づくりにより
松合は肥後随一の港としてますます繁栄したのだが、1899(明治32)年に三角線が開通すると
廻船業や海産物問屋は三角港にシフトし、松合のまちは衰退した。
近年は、白壁の町並みを生かした観光集客に力を入れているようだ。


表通りで見られるのは修景済みの建物が多い。あの写真に写っていた味のあるなまこ壁はどこにあるのだろう。

レンガ造りの小屋。

中央の入江「仲西船溜」に面した古そうな家は仲綿屋という呉服屋。


海側に立派な門があった。レンガ塀とモルタル塗りの門柱もあってちょっと洋風の味付け。


あぁここだ。白壁となまこ壁に挟まれた細い路地の先に海が見える、絶妙なスポット!
しかし、やはり地震で瓦が落ちたらしく、向かい側の一部はトタン張りになってしまっていた。


残っている方も傷みは激しい。


なまこ壁の漆喰の内側に水が入るともう弱い。端の方から順に崩れ落ちる。張り瓦がめくれて土壁が
露出したら、構造にまで及んでしまう。あぁ、こうなる前に補修が必要だなぁ(涙)


続く
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