まちかど逍遥

私ぷにょがまちなかで遭遇したモノや考えたコトなどを綴ります。

守口の淀川堤防跡

2012-02-17 00:38:13 | 川・橋・船
仕事で行った守口警察から次の現場へ行こうと、国道1号線を渡ってまっすぐ住宅地の中を歩いていく。
松町、竹町、梅町、桃町。四角く区画整理された住宅地だ。

おや。何か心に引っかかる・・・・

角角で左右の道を見通しながら進んでいくと、左手の下り坂がだんだん急になってきて、ついには
今歩いてる道まで前方で下り坂になっている。なんで守口のまちなかにこんな起伏があるんだろう??



そして右手を見ると緑地が見える。



見に行ってみると、桜並木の細長い緑地だ。「桃町緑道公園」。ここに生える桜の木は背が高く
幹は黒ずみ、長い年月を経たことが見てとれる。

ははぁ、これは。

この起伏は淀川の旧流路の跡だな。京阪守口市駅の駅前にある文禄堤、そこから市役所の
裏を通る道脇に残る古い石垣
、そして桃町緑道。これは大きく蛇行した旧淀川左岸堤防の名残だ。
ここの桜の木は、元から堤防上に生えていたかもしくは旧堤防の一部を公園として残した際に
植樹されたものだろうか。100年は経っていないか、子孫かもしれないな。
おめでたい松竹梅の名のつく町々は、淀川改修後に旧河床を区画整理して作られた住宅地。
西側の下り坂は右岸堤防の外側へ降りる坂だろう。※ここもまだ左岸、河床へ下る地形のようだ。


一昨年歴博で開催された淀川展の図録を引っ張り出して見ると、守口付近は1896~1909
(明治29~42)年に改良工事が行われている。
現在の地図を見ても、旧流路の中心線で分けられていた市境が今もそのまままちなかを通っているのが
よく分かるが、そんなこと忘れてまちを歩いても、こうしてちゃんと名残を感じ取れるのが
とても面白い。
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4 コメント

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旧河川跡 (マユ35)
2012-02-17 08:04:51
文禄堤は守口市駅から見える、お馴染みの場所ですね。
起伏に気が付くとは、さすがです。
京街道を歩くサイトでは、この辺りも紹介されていましたね。
旧大和川も地図で見ると、はっきりと輪郭が判りますね。一部は長瀬川として健在のようですが。
マユ35さん、 (ぷにょ)
2012-02-18 17:15:15
区画整理されてもなお残り自己主張する地形。見つけてくれと言っているように思えます。
それとも、なぞかけをされているような。
楽しいですね!
宅地造成時にまっ平らにしなかったことがエラい!!(笑)

次の日の夜にブラタモリで東京の運河跡の探索をやってましたね、タモリさんとは全く同じツボです(笑)

旭区との市境 (難波のやっちゃん )
2012-02-19 16:42:12
 ぷにょさん こんにちは

以前から守口市側に大きく侵入した市境(旭区太子橋二・三丁目)の形が気になっていました。
今朝守口市緑町、松・竹・梅町、古い桜並木の桃町緑道そして新橋寺町から淀川河川公園へと歩いて来ました。
ぷにょさんの記事と新之介さんの京街道を歩く・守口の文禄堤(明治18年の測量地図)を照らし合わせ納得できました。
明治の淀川改良工事で流路が大きく変遷し今の守口市、大阪市旭区・東淀川区の町並みになったのですね。

有り難う御座いました。
難波のやっちゃんさま、 (ぷにょ)
2012-02-24 01:54:17
こんにちは。
さっそく歩きに行かれたのですね!
ごめんなさい、地図をよく見ると当該部分はまだ
左岸でした。
昔の川は流路がだらだらと広がっていた感じなのでしょうね。

地図を見て実際に歩くとまた面白い発見がありますね!

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