エミール・ガボリオ ライブラリ

19世紀フランスの探偵小説作家ガボリオの未邦訳作品を翻訳しています。

第二章 5

2016-10-14 09:23:14 | 「ファイルナンバー1...
フォヴェルは威嚇的な身振りをし、不穏な空気が流れた。玄関に通じるドアの方から突然、何やら言い争う声が聞こえてこなければ何が起きても不思議ではなかった。
一人の顧客が制止を振り払い、無理矢理入って来ようとし、実際入って来たのだったが、その客とはクラムラン氏であった。従業員たちは全員集まり、じっと凍りついたように立っていた。沈黙は重く、厳粛なものだった。生きるか死ぬかという非常に重要な問題がこれらの男たちの間で討議されていたということは明らかに見て取れた。
しかしクラムランは何も見ようとしなかった。帽子を被ったまま彼はずんずん奥へ入り込み、例の横柄な調子で言った。
「十時は回ったぞ、諸君」
誰も答えなかったので、彼は尚も言葉を継ごうとしたが、そのとき初めてフォヴェルの姿が目に入った。彼はまっすぐフォヴェルのところまで歩み寄った。
「ああ、やっと!」彼は叫んだ。「あんたに会えた。やれやれだ。さっき来たときには、金庫室は開いておらぬ、出納主任は出勤しておらぬ、あんたは留守だと告げられた」
「それはお間違いでございますよ。私はずっと自分の部屋におりました」
「わしは確かに留守だと聞いた。ほれ、そこに、わしにそう言った者がそこにおる」
そう言って、クラムランはカヴァイヨンを指差した。
「ま、しかし、そんなことはどうでもよい。わしは出直した。すると今度は金庫室が閉まっているだけでなく、中に入ることすら断られた。力づくでこうして入って来たのは正解だった。さあ言って貰おう。わしは自分の金を受け取れるのか、どうか」
フォヴェルは怒りに身を震わせながら聞いていた。青白かった顔が真っ赤になっていたが、彼は自制した。
「少しお時間をいただけますよう、お願いしなければなりません」か細い声で彼は答えた。
「しかし、あんたは言ったではないか……」
「はい、昨日は確かに。しかし、今日たった今、三十五万フランの盗難があったことを知らされたのです」
クラムラン氏は皮肉たっぷりに一礼した。
「それで、どのくらい待たねばならんと仰るのかな?」彼は尋ねた。
「フランス銀行に行くまでの時間です」
クラムラン氏に背を向けると、フォヴェルはプロスペルに向き直った。
「払い戻し票を用意するのだ。出来るだけ早く使いを送りなさい。フランス銀行に預けてある金を引き出すのだから、馬車で行くようにと」
プロスペルは動かなかった。
「聞いてなかったのか?」フォヴェルは爆発寸前であった。
プロスペルは身震いした。まるで白昼夢から覚めたかのようだった。
「使いを出しても無駄です」と彼は冷たい口調で言った。「こちらの方の債権は三十万フラン、フランス銀行の私どもの口座には十万フランしか残っておりません」
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