エミール・ガボリオ ライブラリ

19世紀フランスの探偵小説作家ガボリオの未邦訳作品を翻訳しています。

第二章 3

2016-10-12 10:21:04 | 「ファイルナンバー1...
「だからって言って、あの人が仕事をお座なりにしているかい?」カヴァイヨンが口を挟んだ。「もしもあんたらが彼の立場だったら……」
彼は言いさした。金庫室のドアが開いて主任のプロスペルがよろめきながら出てきたのである。
「盗まれた!」彼はもごもご呟いていた。「盗まれてしまった!」
プロスペルの顔つき、嗄れ声、全身に走る震えが明らかに彼の恐ろしい苦悶を表していたので、三人の社員が立ち上がり、彼のもとへ駆け寄った。プロスペルは一人では立っていられず、彼らの腕の中に倒れ込んだ。彼は気分が悪くなり、座り込んだ。その間、彼の同僚たちは彼を取り囲み、口々に一体どうしたのかと尋ねた。
「盗まれたって、何が、どのように、誰に?」
少しずつ、プロスペルは正気を取り戻した。
「金庫の中のものを全部取られた」と彼は答えた。
「全部?」
「そう。千フラン札百枚の束が三つ、それに五万フランの束が一つ。四つの札束は紙に包んで、紐で一まとめに括ってあった」
この盗難事件は稲妻のような速さで債権取扱所内に広まった。物見高い連中があらゆるところから集まってきたので、金庫室は人で一杯になった。
「ということは」若いカヴァイヨンがプロスペルに尋ねた。「金庫がこじ開けられたってことですか?」
「いや、金庫は綺麗なままだった」
「そんな、それじゃ……」
「それでも昨夜三十五万フランがここにあったことは事実なんだ。それが今朝になったら消えてたんだ」
皆が押し黙った。しかし年を取った一人の社員が、一同が茫然としている中、ただ一人同調しなかった。
「ベルトミーさん、気をしっかり持ってくださいよ」彼は言った。「頭取がそのお金をどこかに持っていったに違いありませんよ」
プロスペルは一瞬でぱっと身を起こした。この考えに飛びついたのだ。
「そうだ!」彼は叫んだ。「確かに、あなたの言うとおりです。きっと頭取ですよ」
それから考えこんだ。
「いや」深い失望を帯びた口調で彼は再び口を開いた。「いや、それはあり得ない。私が出納を預かって五年になりますが、フォヴェルさんは私の立会なしで金庫を開けたことは一度もないのです。二、三度現金が必要になったときがありますが、私が不在の状態で金庫を開けるのを嫌って、頭取はいつも私が来るまで待つか、誰かに私を呼びに来させたものです」
「そんなことより」とカヴァイヨンは言い立てた。「ここで落ち込んでいる前に、頭取に知らせなくては」
しかしアンドレ・フォヴェルは既に知らせを受けていた。ボーイの一人が彼の執務室まで上がって行き事の次第を伝えていた。カヴァイヨンが頭取を呼びにいく、と申し出たその瞬間に彼が姿を現した。
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