エミール・ガボリオ ライブラリ

ホームズに先立ち、「推理する探偵」を生み出した19世紀フランスの作家ガボリオの未邦訳作品をフランス語から翻訳しています。

第一部  第九章 4

2017-06-20 11:20:39 | 「ファイルナンバー1...
フォヴェル夫人はラウルの行為の恐ろしさにあまりに動転していたので、彼の威嚇が巧みな作戦だと見抜くことが出来なかった。過去も未来も、現在の状況も頭から消し飛んで、彼女にあるのはただ一つの思い、自分の息子が死んでしまう、しかも自殺しようとしているということ、そして彼女にはそれを止めるすべがない、ということだった。
「とにかく待ってちょうだい」と彼女は言った。「もうすぐアンドレが帰ってくるから、頼んでみるわ、その……一体いくらなの?」
「三万フランです」
「明日渡してあげる」
「それが必要なのは今夜なんです」
彼女は気の遠くなる思いだった。絶望のあまり彼女は両手を痙攣させた。
「今夜って」彼女は言った。「どうしてもっと早く来なかったの? 私に相談しようと思わなかったの? 今夜は誰もいないのよ、金庫室に……そうでなかったら……」
 この言葉をラウルは待っていた。彼女が喋っている途中で、彼は喜びの叫び声をあげた。絶望の闇を閃光が切り裂いたかのように。
「金庫! でも鍵のありかをお母さんは知っているの?」
「ええ、あそこにあるわ」
「それなら!」
ラウルはフォヴェル夫人をじっと見つめたが、その視線の悪魔的な大胆さに彼女は目を伏せた。
「その鍵を僕にください、お母さん」
「なんてことを言うの!」
「僕の命が掛かっているのです」
この懇願に負け、彼女は燭台を取り、急いで寝室まで行って書き物机の引き出しを開けるとフォヴェル氏の鍵をそこに見つけた……。しかし、鍵をラウルの手に渡す瞬間に理性が彼女に戻って来た。
「駄目よ」彼女は呟いた。「駄目、こんなこと出来ないわ」
ラウルは無理強いしようとしなかった。むしろ、引き下がろうとしているように見えた。
「なるほどそうですね」彼は言った。「では、お母さん、最後のキスを」
夫人は彼を押し留めた。
「この鍵でどうしようって言うの? お前、合言葉を知っているの?」
「いいえ、でも当たりをつけることは出来るでしょう」
「金庫の中に大金は保管されていないってこと、お前は知らないの?」
「それでも試してみることは出来ます。もし開けられたら、それは奇跡ですね。もしお金が入っていたら、それは神様が僕たちを憐れと思召したからでしょう」
「でももし上手く行かなかったら? そのときは明日まで待つと約束してくれる?」
「お父様の思い出にかけて、そうすると誓います」
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