スポーツ(エロ)いとこ総合研究所

スポーツの「エロい」とこ大好きです!!

チアガールの特異点=「○井○湖」論

2017-05-07 18:24:06 | チアガール
 「チアガール好きですか~~!?」「オオッ(賛意)~~!!!」というのが本研究所参加者だと思います。

 さて、日本では「チアガール」はどのように形成されたのか? 今回はそれをひも解きます。

 表題「○井○湖」は日本最初のチアといわれる浅●直●さん(サーチエンジン対策でこの表記で・・)のことです。最近、人工知能(AI)が流行していますが、その中で<特異点(singularity)>という言葉が多用されます。特異点とは、それまでの「基準が採用できないこと」・・人工知能の場合は「人間の能力こえ、感情を持つこと」だそうです。

 実は○井○湖さんは、日本のチアにおいて<特異点>だったのではないか・・というのが、このアイテムの基本趣旨です。




1)バトントワラーからチアガールへ

 さて、日本においてはチア以前にはバトントワリングがありました。何度か書いていますが戦後、学校教育が改革され男女平等となりました、同時に音楽教育で吹奏楽が始まり、その一つの形態としてマーチング・バンドがありました。現在でもバンドメンバーと同じ服装でバトンを振るトワラーもいるように、バトントワラーもそのマーチング・バンド(吹奏楽)の一パート(トランペットよかトロンボーンとか)としてありました。

 さて、そのバトントワリングにとって<特異点>だったのがT山アイコさんです。1960年(昭和35年)、都市対抗野球と東京六大学野球の慶応大学の応援のために帰国子女で当時、慶応女子高校生だった高YAMAさんがバトン演技を披露しました。このことを契機に東京六大学が「バトントワラー」を応援団に加えたのです。もともと「応援団」は応援部員と吹奏楽部員の組み合わせなので導入しやすかったのは事実ですが、順番では①慶応②立教③明治④法政⑤東大⑥早稲田だったようです。ただ導入は、かなりスローモーで早稲田に至っては70年代。ほぼ10年間かけて導入されています。

 で、チアガール(バトンではなくポンポンを振って踊る)というスタイルが出てきたのは ○井○湖さんという女性の存在です。彼女は江川卓氏と同級生。1974年(昭和49年)に入学と同時に応援団に入部します。彼女は高校時代から応援団という存在に強い憧れをもっており、 学ランを着ての応援に憧れ応援団に入団します。しかし、当時は学ランを着れるのは男子応援団員しか許されず、仕方なくバトン部を組織します。

 1977年(昭和52年)、六大学が参加する東京都大学バトン連盟の委員長に推薦された頃、アメフトイベントで、アメリカの南カリフォルニア大(USC)のソングリーダーが来日します。そこで「Song-leader(ソングリーダー)」の存在を知り、大学時代に渡米してアメリカのチアリーダー合宿に日本人として初めて参加。そこで賞を取った事で、本場の「Cheer-leading(チアリーディング)」というものを、都バトン連盟のステージで発表しました。ちなみにバトントワラーとしての○井さんの能力は抜群だったと当時の写真から確信できます。

 実はこの浅●さんは「ソングリーダー」を導入したのですが、○井さんを取り上げたメディアが「チアガール」としたことから名称的、意味的に誤解を起こしています。本場アメリカでは 「ソングリーダー」とは、ダンスを中心にして踊って応援する人たちのことです。一方、「チアリーダー」とは声援やアームモーションをして応援する人たちで、大きく違います(ちなみにバトントワラーは「メジャレッツ」です)。

 日本の「チアガール」について、アメリカ人から見ると「日本のチアリーダー(高校、大学)はソングリーダーではないか」とよくいわれます。これは当時の誤解が、そのまま続いているためと思われます。ちなみにcheer-girlは、英語では「(勃起を)応援する女」のことを指す場合が多いそうで、使わないようにすべきだと英語通に教えられました。

 さて、●井さんは大学卒業後、プロ・チアリーダーとなり、チアの普及に努めます。以後、チアという文化は、大学を起点に高校生と社会人に展開していきます。 浅井さんはその後、テレビ、CMなど活躍で活躍。例の三原順子主演「GOGOチアガール」(TBS系)の監修も担当しました。

 もともと、野球は高校、大学、社会人と連綿と続いているわけで、その応援として「チアガール」というスタイルは“女子の参加”という意味でうってつけだったと思われます。



2)コスチュームについて

 浅○さんがアメリカから持ち帰ったのは、チアのスタイルはコスチュームも当然含まれます。それがセーター・プラス・ミニスカートのいわゆるチアガール・スタイルで、現在でもこのスタイルが定着しております。

 実はバトントワリングは単に回すだけではなく、踊りもやらなくてはいけないので技術的には結構むずかしいことです。形になるまではある程度のレッスンが必要です、しかし、ポンポンを中心としたダンスは比較的簡単で、かつ振り付けも自由。また派手にも見えます。

 さらにコスチュームも1970年代当時すでにバトントワラーはレオタード。これは高価でもあり、また「身体の線が見えちゃう」ことに、恥かしいと抵抗する娘もいました。

 しかし、ソングリーダー(チアガール)の場合はお揃いのシャツにテニスのプリーツスコート。アンダースコートは当時、学校現場で当たり前のように使われていたブルマやテニス用アンダースコートで代用できます。きわめてお手軽に「チアスタイル」を実現できます。80~90年代のいわゆる「甲子園チアガール」はその典型です。

 ブルマ、テニススコートという既存のものが応用できたことは、チアガール普及に良い環境であったと断言できます。また、既存であることは羞恥心を起こさずにすんなりとチアという活動に入れてことも、チア普及にとって、大きな利点であったと思われます。ブルマやアンスコは通常のスポーツで穿いているわけですから「見えても構わないもの」という共通認識がありました。

 特にブルマは当時、学校体育で日常的に使用しているわけで、経済的にも心情的にもチアガールの「入り口」となり得たといえます。

 しかし、見る側(つまり我々、男)からは見ると テニススコートはモロに「ミニスカート」であり、ブルマやアンスコは「パンツ」そのものです。つまり「平然とパンチラしている」と見えてしまうのです。この感覚差がチアガールをめぐっての悲劇と喜劇を産んできたわけです。

 余談ですが、最近は一分丈のスパッツをアンダースコートに採用するチアが登場してきました。あれは「パンツ」ではなく「スパッツ」という別物です。上記の感覚差を理解した関係者が、カメラに狙われないためにはスパッツ着用がいい・・・ということを認識してしまったと思います。



3)ハイキック&開脚側転

 「ソングリーダー」では当然、踊りがあります。いろいろな振り付けについて考察ができますが、振り付けで2つ取り上げたいと思います。一つは「ハイキック」です。何度か書いていますが「女子が股を開くのはセックスOK」という根強い性的アイコンが日本にはありました(いや、今もあるかもしれません)。いわゆる「股、開かんかい!!」(→セックスさせろ!と同じ意味)というやつです。

 それを軽々と超えたのがチアガールでした。実はハイキックも開脚側転も器械体操やバトントワリングの動作の中にも存在していました。しかし、それを女性の象徴であるスカートを(結果的に)捲(まく)り上げてもやるのでは、意味が大いに違ってきます。

 さらに2つ目として 開脚側転です。●井さんの著書「チアリーディング」の中でも“ホイール”(車輪)として紹介されております。実はホイールはハイキックよりももっと過激で「逆立ちしてスカートが完全に逆さに捲れる」動作でもあります。私自身もこれを目の前で女子高校生チアガールにやられ、青いアンダースコートを見せつけられて【プッツン】してしまった経験があります。

 この 性的アイコンが、カメラ小僧を現場に赴かせ、「セクシーアクション」ならびに同類雑誌が商業的に可能であった理由だと思います。

 4)結語

 現在チアは「応援」からスタートして「チアダンス」や「競技チア」など多様化しています。昨今は映画の影響で「チアダンス」に注目が集まっていますが、やはり○井○湖さんの存在は、日本のチアガール誕生と発展に大きな影響を与えたと思います。




写真はUSCソングリーダーです。そのスタイルとコスチュームは40年前からほとんど変わっておりません。

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プチッティー終焉

2017-05-07 00:50:06 | 女子用フンドシ下着
 スポーツエロ原理主義=機能を追求したゆえにエロくなる=の象徴的存在でした「プチッティー」がほぼ絶滅したと思われます。「ジャイアントモア」となりました(泣)。



 製造元であるチャ○ット社のオンラインショップの商品ラインから消えたほか、「最後の砦」であったコスプレ関係のコ○パも「品切れ」となっています。後はどこかのデッドストック品しかないかと思われます。ついにこの日が来たのかと感慨深いです。

 何度でも書くのですがプチッティーは「スポーツやダンスのためのヒモフンドシ」です。どんなにハイレグのレオタードでもハミ出すことはありませんし、パン線が浮き出ることもありません。三角の前布のヒモパンですから・・。

 バレエ、新体操、モダンダンスのアンダーウェア(下着)として使われました。チア、バトンでも使用された可能性があると思っています。選手たちは「バタフライ」とも呼んでいました。

 新体操部(インターハイに出場するようなハイレベル校)で最初、先輩に「ハミパンしないようにこれ着けて」とプチッティーを渡された後輩選手が「フ・・フンドシじゃないですか!! 恥ずかしすぎます!!」と拒否しますが、実際に着けてみると、その快適性に絶賛するそうです。「何も着けていない裸みたい」。それはそうでしょう。後ろから見たら細いヒモだけですから。

 さて「プチッティー」絶滅の最大の理由は、機能として「そんな恥ずかしいもの着けなくてよくなった」ことだと思います。現在最先端のレオタード用下着は上下つながりのレオタードアンダーです。繊維技術、編みの技術が30年前から格段に飛躍したからです。



 現在の新体操、器械体操、バレエダンサーはほとんどこの形の着用と思われます。パン線、ブラ線がレオタード(アウター)に浮いている選手は見かけなくなりました。

 プチッティーは「ブルマ化」(想像ならびに創造の中で生き続ける存在)になるかもしれません。
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スポーツエロも「アジアの時代」か

2017-02-23 00:11:28 | 陸上
 久しぶりの更新です。

 こちらの選手はベトナムのティ・フォン・ブー(Thi Huong Vu)選手です。ベトナムでは真ん中が名字だそうでフォン選手です。2011年広州アジア大会で福島千里選手が100、200メートルの金を獲得しましたが、フォン選手は、100メートルで銅、200メートルで銀を獲得しました。つまりアジアのおける女子短距離の第一人者です。

 で、なんでこんなクリ低か? よくわかりませんが、他のベトナム人選手はショーツ型でも日本選手と変わらないスタイルでフォン選手だけが「パンティ同然」です。他にフォン選手はレオタード型も着用しています。ウエアにこだわりがあるのでしょう。しかし、スポーツエロも「アジアの時代」に突入したようです。








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「君の名は。」見ましたか

2016-11-01 00:37:13 | 総合研究所用
 映画「君の名は。」を見ましたか? 私も流行に乗って見に行きました。
で、スポエロ愛好者が「おおっ!!」となるカットがあるのがわかったでしょうか?

 それは三葉(中身は瀧)が「ノーブラでバスケ」をやるシーンです。


 私は中学女子バスケ部のエロ・ユニフォームでスポエロ開眼した元少年ですので、ほどよい膨らみのある少女がノーブラでシュートする姿にキマした!!
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スポーツ(エロ)いとこ総研の読書案内「DUEL!」

2016-10-20 22:42:40 | 読書案内


 本当に久しぶりの読書案内です(一般の方にも読めるようにしました)。今回のご紹介は「DUEL!」(著・藍井彬 ヤングガンガンコミックス、『ヤングガンガン』連載中)です。表紙を見ての通りの女子フェンシング漫画です。

 フェンシングはスポーツとしては全然エロくありませんが、「DUEL!」はプチ的になかなかと思います。

 あらすじは比較的簡単。主人公のいじめられっ子・日向みのりは、フェンシングの練習をしていたフランスからの帰国子女・桃瀬アリスに助けられたことをきっかけにフェンシングに興味を持ち、白糸台高校のフェンシング部に入部。アリスと共に他校との対決を通じて徐々に強くなっていく・・という「少年○ャンプ」的なお話です。他校のフェンサーとして多数の美少女が出てきます。

 で何がスポーツエロか・・。
1)心象風景としての全裸描写
2)出てくる美少女がみんなビョーキ(笑)

 1)の心象風景として全裸がしばしば出てきます。だいたいフェンシング自体マスク(面)を着けて競技をするわけですので、そのまま描いたら人物の区別すらないので、描写的にマスクなしとなります。それが進化して、「突きが入って衣服が破れる」とか「対峙した相手に動きを見透かされてマッパ」とかいう描写があります。少年誌のせいか、乳首描写がないのが残念。心象風景での全裸は主人公・みのりが、状況を読む天才の聖蹟桜ケ丘女子学園主将・百合澤あいるに深く観察され、全裸状態で構えるところ。またみのりが常人離れした動態視力を持つ(動く切っ先が著しく遅く見える・)とわかった時、全裸で海中をいくような描写にも出てきます。

 2)出てくるキャラの大半が美少女ですがビョーキです。乱暴者とかいきなりキレる暴力少女というのはビョーキ・キャラの定番ですが、コミック2巻に登場する聖蹟桜ケ丘女子学園2年生の天才フェンサー、清澄ナズナは特にプチ的に好きなビョーキ・キャラです。

 つねにニコニコしながら剛剣を振る。練習試合での主将・百合澤あいると日向みのりの激闘を見て微笑みながら「もうガマンできなくなっちゃった。満足させてくれるかなぁ・・(ぞくっ)」とのたまい、対戦者のアリスに「安心しろ。笑えないほど満足させてやる」と返されます(言葉だけ聞いたのなら完全にセックスする前の女と男=笑)。気が向かず練習試合をサボり、あきれるあいるの前で橋の欄干に上りパンチラしながら「私、フェンシング好きなんですよ~~」と鋭く突きを繰り出すなど。相当エロく、かつ不気味です。

 フェンシングというスポーツ自体の知識は、おそらく資料での勉強だと思いますが、一応、正確です。

 実用度は少々ということで★★☆☆☆(星2つ)です。
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スポーツエロいとこ総研 秋の公開講座:「21世紀のブルマー」

2016-09-19 23:37:09 | 総合研究所用
スポーツエロいとこ総研 秋の公開講座:「21世紀のブルマー」

演者:プチッティ(スポーツエロいとこ総合研究所・所長)

 スポーツエロといっても多種多様です。そこで日頃の愛顧を込めて研究所公開講座を開催します。秋の講座は「陸上競技用ショーツ」がテーマです。

 こんにちは。スポーツエロいとこ総合研究所・所長を勤めさせていただいております。プチッティです。さて、最近名著である「ブルマーの社会史」(著・高橋一郎他 青弓社)を再読しました。まさに戦後のブルマーの歴史の名著です。

 で、それを読んで素直に「では、21世紀はどうなんだ」ということを思いました。そこで、今回、弊研究所の「公開講座」として、所長のプチッティが「21世紀のブルマー」をテーマにお話してみます。





<20世紀のブルマー・・とは>

 ブルマーが学校現場から排斥されたのは1990年代。2000年にはその姿を消しました。誕生からそこまでの過程については「ブルマーの社会史」に詳しいのですが、最終的進化としては脚の付け根に沿った形で、下ゴムのある「パンティー型」であったことは外形的には言うまでもありません。身体の・・特に尻を中心にした下半身の身体のラインがくっきりわかる「下着」を連想させる紺色のスポーツウェアでした。

 もっとも「パンティー型」が普及したのは74年(前掲書「ブルマーの社会史」のアンケートから)で、そのときの中学・高校生の現在の年齢は50歳代後半となっています。この時期、中学・高校で過ごした人は例外なく体育の時間に着用しておりました。いわば「誰でも」が着用したウエアでした。

 消滅の過程については触れませんが、女子は「誰でも」着用し、同じ空間にいた男子は「誰でも」が見ることができたのがブルマーでした。それゆえに(男子側から見て)性の想像力をかき立てる“媒体”となりえたのです。



<陸上競技用ブルマー>

 2000年の「大衆的」(だれでも着用という意味)なブルマー消滅の一方で、陸上競技の世界にセパレーツウェアが出始めます。それまでインナー(下着)の部類だったブラトップにブルマー、腹部は露出する・・というスタイルです。これはアメリカで一番最初にクロスカントリー競技で採用されたと思われます。

 日本においてはクロスカントリー競技が一般的なスポーツではないこともあり、セパレーツウェアがいきなり出てきたように思えますが、日本におけるブルマー消滅(2000年)以前からクロスカントリーで使用され、それが短距離を中心に世界の陸上界に広がり始めたのは1990年代後半であると見ています。

 ブルマとは別に、そのセパレーツウェアを日本に持ち込んだのが当時の陸上短距離の第一人者、新井(現・小島)初佳選手です。新井選手は海外で世界の一流選手が着用してのを見て「あれを着れるような身体作りをしたい」(雑誌「スポルティバ」のインタビュー記事)と、好んでセパレーツを着用しておりました。彼女は五輪出場を目指しましたがかないませんでした。つまり、ハイクラスのスパルタンな選手・・エリート選手のみが着用する時代になりました。

 私プチッティも、2000年代、エリート競技者が着用することから「アドバンスド・ブルマ」という呼称を使い、英俗語の「バンハガー」(Bunhugger=<食べる方の>パンはさみ)とも呼んでいました。しかし、一般名称である「陸上競技用ブルマ」・・陸ブルが現在はもっとも実態に即しているかなと思い、現在は「陸上競技用ブルマ」を呼称しております。

<陸連の「刺激的なウェア」通達>

 2000年ごろのセパレーツ導入と同時に、肌の露出の多いスタイルへの“警戒感”が陸上世界の漂い始めます。それが顕在化したのが2002年に日本陸連が発した「セクハラ防止のためのガイドライン」です。これはもとより問題となっていた指導者と競技者との上下関係の中でのセクシャルハラスメントを防止するための具体的な手引書です。

 この中には例えば「選手に対してのマッサージは一対一で行わない」などがあります。その中に「競技者は刺激的なウェアの着用について注意を払う」という一項目がありました。水着のようなウェアでは、指導者の「男性」を指摘してしまう・・という意味でした。この項目のみが競技者に対してであり、“刺激的なウェア”とは具体的には肌の露出が大きいセパレーツウェアを指していたことから、これが競技者側の大きな反発を招きます。「こっちはマジメに競技に取り組んでいるんだ!!」「刺激されるな!!」という意見がネット掲示板にあふれました。

 実はあまり知られていませんが同時期、大学陸連でも「クリの低いウェアは競技での着用は好ましくない」という申し合わせが行われました。つまり「下着のような肌を大きく露出した小さな布のウェアは好ましくない」というわけです。もちろん、その時点では、そのようなウェアは存在はしていなかったのですが、指導者層にはそうした“(男を)刺激するウェア”が登場するのではないかという危惧が存在していたと思われます。




 
<2003年・衝撃の女子高生「パ・ン・テ・ィ」ウェア>


 さて、“危惧”がメディアでも語られた翌年2003年のインターハイで「事件」が発生しました。それが当時の強豪校・埼玉S女子のユニフォームです。ブラトップとボトムいずれも従来より一回り小さく、肌露出も一段大きくなったのです。いわゆる埼玉Sの「パ・ン・テ・ィ」ウェアです。

 どうして、この「パ・ン・テ・ィ」ウェアが出てきたかは不明なのですが、当時埼玉Sはインターハイで総合優勝をするほどの実力でしたので、「相手を(心理的に)圧倒する戦略」の一部として、このウェアを採用したと私は勝手に思っています。また、当時、ローライズ(くりが低く、ヘソ下を大胆に露出するスタイル)のジーンズが大流行しており、ハイレグでは問題が多いと思われますが、ローレグ、ローライズのこのスタイルは女子高校生の他校との「差別化」感覚とも一致していたのではないかとも思います。

 実は外形的な変化は、この埼玉Sの「パ・ン・テ・ィ」ウェアが頂点で、これ以後、多少の変化でクリが上がったり、あるいはカラーリングの変化があるにしても主流のビキニ水着化したスタイルは変わっていません。



<異色のハイテクACスタイル>

 Yバックのブラトップとローライズのショーツという定番から少し離れた「傍流」が2000年代後半の北海道ハイテクノロジー専門学校ハイテクACのスタイルでした。現在でも第一人者として活躍する福島千里選手が所属しております。特にブラトップは「ホルターネック」(首を通すスタイル)や「キャミソール」(ストラップを肩に通すスタイル)など多彩でした。

 このスタイルをプロデュースしているのは、いずれもアシックス。ウェアを提供して、さまざまな形にトライしている感じでした。特に福島選手は日本短距離界の牽引車ですので、その「発信力」に期待をかけていたフシがあります。

 しかし、どのウェアも他の選手やチームには影響を与えるほどにはなりませんでした。これは福島選手のせいではなく、やはり上記のようなスタイルは、スタンダライゼーション(標準化)が重視されるスポーツではやや奇抜・・と他からは写ったように思います。

<ハイレグとビキニ水着化>

 さて、2003年の埼玉栄が「ローライズ・ローレグ」と指摘いたしましたが、日本においてハイレグがなかったかといえば、そうではありません。実はメーカーとして埼玉栄の初期モデルはミズノ製でした。ミズノのデザインは現在のおいてもこれが踏襲されていますが、ライバルメーカー、アシックスはといえば2000年代初頭から中盤にかけて「ハイレグ」デザインを指向しておりました。

 2003年世界陸上パリ大会において、日本チームのウェアのサプライヤーはアシックスでした。女子100×4リレーチームには、新井初佳選手も参加しておりましたが、その時のウェアは「ハイライズ・ハイレグ」でした。もちろん、脚の自由度を高めるハイレグを確保するためにはカットを“鋭く”しなくてはいけない。つまり腰以上に布がなくてはいけないというデザイン上の制約から来るものです。

 さらにアシックスは生地の極薄化も行っており、ピッチリ度は同時期のミズノより上でした。現在でも薄さという面ではアシックスは国内メーカーでは一番ではないかと思われます。呼び方も2000年代後半にはいわゆる「ビキニ水着化」が完了し、「陸上競技用ショーツ」(上は陸上競技用ブラトップ)に統一され始め、2010年代にはこの呼称が定着しました。

<外国メーカーについて>

 経済のグローバル化や製品の国際流通などの時代の変化から、外国メーカーについても触れなくてはいけません。

 まず、陸上用ブルマを生産する外国メーカーは「アディダス」「ナイキ」そして中国の「リーニン」が確認されています。いずれもかなりビキニ水着に近い形となっております。

 日本人と比較して外国人(最近の中国人を含む)は肌の露出には寛容です。ただ、いわゆるビキニ水着とは一線を画している感じです。製品としてはそうした気分を反映して極端なものはありませんが、ただ一つ特徴的なことがあります。それは「股布の狭さ」です。

 通常、股布の広さは幅6センチが限界といわれています。それが「ナイキ」のレース用ショーツは5・5センチ。幅が狭ければ狭いほど動きやすいわけですが、一方で食い込みにもなりやすい。まさにギリギリで戦っているという感じです。特に跳躍ではハミ出さなかったのでしょうか?

<アンダーについて>

 「陸上競技用ショーツ」はあくまでアウターですので、アンダーも存在します。しかし、上級競技者はショーツを穿かない・・つまり「ノーパン」です。ショーツ自体にクロッチがあったり、ナプキンを入れるポケットも存在しておりノーパンでの「着用もできる」機能は備わっているのが普通です。

 ですが、羞恥心の強い人や若年競技者(女子中高校生)などはやはりアンダーウェアを着けて、その上に競技用ショーツという人も多数おります。心理も重要な機能の一部であり人それぞれと考えると、一概に「ノーパンがいい」(私プチは「いい!!」と強く思いますが=笑)とは言えないわけです。

 しかし、着けるとなると、これが結構むずかしい。もちろんヘソまで隠れるいわゆる「おばさんショーツ」は形(かたち)的に論外です。また、普通の下着ではやはり競技中にはみ出す危険もあります。そこでスポーツ用ショーツですが当初、使われていたのは競泳水着用ショーツです。形が小さくサポート力が高いことから使われていました。その後、いわるゆる「サポーター」(汗を吸うパンティ型のスポーツ用下着)が浸透したと思われます。

<終章:多様化するウェア>

 2010年に改訂された「セクハラ防止のためのガイドライン」ではウエアについての記述はなくなりました。また、現在、競技会を見ますと全員が全員パンティ型・・というわけではありません。スパッツも多く存在します。一時、パンティ型だったものが、ボーイズカット型に戻ったケースもあり、「多様化」の時代に入ったと思われます。

 しかし、ブルマをリアルタイムで見た世代が、よもや女子高校生がビキニ水着同然のスタイルでの陸上トラックを走るとは想像の外のことです。丁寧に観察していきたいとおもいます。


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スコートのヒダは2の「べき数」

2016-08-29 01:36:18 | チアガール




和田 様

 いえいえ、スコートのヒダ(プリーツという)はおっしゃる通り、2の「べき数」です。「倍数」とはいえないケースもございます。さすがです。

 で、一つだけ「反論」(笑)があるとすれば、基本的に「捲れ上がった時」に、きれいに「開いて」見えるためには、やはり左右対称がよろしいかと思います。チアダンスのコスチュームのスコートで「斜めデザイン」は、立った時にきれいに見えますが「捲れ上がった時にきれいに見える」ということを前提にしておらず「捲れてほしい!! いや、捲りたいぃぃ!!」と強く思っているプチは嫌いです(爆)。

 さて、スコートが「捲れ上がる」理由には重量も大きいと思われます。少なくとも女子高校生の制服スカートよりは、はるかにチアのスコートの方が軽量と思われます。これも研究の必要がありですね

 さて、アンスコ分類学。発想がすばらしい!!、七、三、一はすべて奇数ですが、ゼロのみ「偶数」(奇偶性はないという学説も)。やはりスポーツエロは「偶数」の世界である(大爆笑)というのがいいです。

 さらに角度によっての分類はいいです。昨今、ボーイズカットの多い中、「角度付き」が貴重になりつつあります。バリエーションが増えることはいいのか悪いのか、どちらでしょうか。

 個人的好みはアンスコはハイレグより20度前の鈍角の方がいいです。演技を終わった時の「食い込み直し」の一瞬が見たいので(笑)
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チアガール最大の魅力は「スコートが捲れ上がる」こと

2016-08-25 01:29:46 | チアガール
五輪も終わってしまいました。プチは夏休みもなく働いていました(泣)。

 さて、チアガールのスコートについて。言うまでもないかもしれませんが、チアガールの最大の魅力は「スコートが捲れ上がって、ぴっちりしたアンダースコートがはっきり見えること」だと思います。

 90年代に一度だけチアの大会で、あるチームのチアガールが踊っているうちにスコートが落ちてしまったことがあります。「おおっ!!」とは思いましたが、その後は「なんだかブルマで踊っている」ように感じてしまいました。また、初めからレオタードに巻きスカートで踊っていて、曲の途中でスカートを取るという演出がありましたが、これも「おおっ!!」とは思いますが、そのまま踊ると「なんだかな~」となります。

 ポンポンでもバトンでも、捲れ上がって「パンチラ」(見えてもいい下着でもパンチラの部類でしょう)になっても踊るということで、男どもを刺激しているのです。

 一度、書いたと思いますが、チアのスコートのひだ(プリーツ)の数は「2の倍数」です。2、4、8、16、32・・です。それは「踊りなどでターンして捲れ上がった時に一番綺麗に見えるため」だそうです。動きやすいことはもちろんですが、デザイナーの人がなんかの雑誌で「特に水平になっている時に綺麗に広がるよう作ってある」と話しているの見たことがあります。

 基本チアガールの魅力は「パンチラ」(アンスコやブルマなども広義のパンツです)。ハイキックしたりターンした時にパンツが見えることがいいのです。綺麗にまくれ上がることは必須ですよね。





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リオ五輪女子体操日本代表のレオタード

2016-08-08 23:55:54 | 体操・新体操
とりあえずリオ五輪女子体操の日本代表チームのユニです。2種類ありますね。










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N中学校女子バスケ部ユニフォーム

2016-07-10 00:29:20 | 総合研究所用


 何度か書いていますが、初めて「スポーツウェアってエロい!!」と思ったのは、私の通っていたN中学校女子バスケ部のユニフォームです。おそらく、これを見なければ「スポーツって、エロいこともあるんだ」ということに気づかなかったと思います。

 そのユニフォームは、下は小さめのブルーのブルマ。上はゴムが入っていない丈の短いクリーム色のシャツで、シュートするたびに(あるいは大柄な娘なら常時)ヘソがチラリと見えて、時にはブラジャーまで露出する・・という代物でした。

 多くの元少年がバレーボールのユニフォーム(基本はブルマ)を「エロいスポーツウェア」として初めて認識する中で、私がバスケのユニフォームをエロいと感じたのは、まれではないかと思います。

参考写真はネットに見つけたものですが、デザインはほぼこれと同じですが、これの裾が恐ろしく短く、ブルマが小さく、少し大きいパンティぐらい・・着用した同級生たちによると「下着は小さく(つまりパンティ)ないとハミ出す」と言っており「(このユニフォームを着けるために)初めてパンティ買っちゃった」という娘もいました。

 で、この「エロいユニフォーム」を導入したのがA先生でした。A先生は理科教師でありながら、女子バスケ部の顧問を永年やっていたのですが、「とにかく、女子生徒が大好き」という噂のある人でした。

 実はこのユニフォームは、もとはBチーム(補欠選手ならびに2年生チーム)用で、Aチーム(正選手)用には普通の五分丈の短パン、タンクトップのユニフォームがありましたが、Bチーム用が洗い晒しで小さくなったところで「動くと汗が出て暑いだろうから、こっちを正選手用にしろ」という“ツルの一声”でAチームの対外試合用となりました。

 中学生とはいえ、3年になれば「女の身体」の娘もおり「シュートのたびに捲れあがってブラまで見えて恥ずかしい」という文句も多々ありました。特に正選手になる娘は長身で大柄な娘が多く“常におなかが見える”ことからこのユニフォームを「エッチ・ユニフォーム」と称していました。

 しかし、対外試合になれば真剣勝負なので、ヘソが見えようが、ブラが見えようが、そのユニフォームでコートを走り回っていました。校内で他校との試合があると、私を含め下心まる出しの男生徒ならびに男の先生が必ず見に来るというのが通例となっておりました。(もっとも「これ見に来たんでしょう」と男子の前で、裾をチラリとめくってみせる元気な娘もいましたが=笑)。また、クラブのジャージというのが決まっていたのですが、ジャージを脱いでユニフォームになると「軽いし気合いが入る」という選手もいました。

 バスケでは激しく選手同士が当たるので、時として手があたってユニフォームが大きく捲れあがることがありました。ある時、3年の先輩のユニフォームの裾が、ボールを持った相手チームの選手の手に引っかかって、ユニフォームが胸の上まで捲られ、私の目の前で「ブラジャーが完全露出」したことがありました。

胸が豊かな先輩だったのですが、さすがに多くの観客にカップの大きなブラジャーを見られて泣きそうになっていたのが忘れられません。一方、エースの2年の女の子が同様に“シャツがまくれて”しまって黒いブラ(スポーツブラ)を見せてしまったことがあります。しかし、おとなしめの3年の先輩とは違って、ブラが見えたことで頭にきたのか「このヤロウ!!」と叫んで相手からボールをむしり取って、審判から注意が入るということもありました。

私が3年の頃には、同級生のヤマギシさん(上級研究所「ヤマギシさんについて」参照)とトコ(上級研究所「トコのこと」参照)が、このユニフォームを着て試合に出場しましたが、ヤマギシさんは、中学生離れした抜群の“女の”プロポーションでプチ最初のオナペット=恥!!(笑)=となった女の子でしたが、ヤマギシさんはエースで、試合で相手チームに当たられて床に四つん這いになったことがあります。ブルマの尻とブラに包まれた下乳を目撃してしまい、その夜、私がタイヘンなことになったことも・・。

 そうした「事故」が多発したにもかかわらず「涼しくて蒸れないだろう」とA先生はユニフォームの変更をはねつけていたといいます。今、考えるとこれはA先生が「ヘソチラ女子バスケ」を愉しむため、部の選手につけさせていたのではないかと思います。

 こうした経験のせいか、私は「ヘソチラ」にきわめて弱い(笑)のです。現在でも「女子がスポーツでヘソをチラチラさせているのは、マ・○・コをチラチラ露出しているのと一緒」(爆)という感覚です。陸上短距離のセパレーツなどはもはや「○ンコ丸出し状態」に見えてしまいます。ビョウキかもしれませんが(笑)

<追加の参考映像>

 シャツの短さはこの位でした。
神戸市立神港高等学校ダンス部 ガールズダンス


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実録版「スパルタの少女たち」

2016-07-06 00:46:19 | 総合研究所用
 私の小説で「スパルタの少女たち」というのがあります。女子アマレスの全裸特訓を描いたものです。

で、五輪まで後一ヶ月なので、本当にあった「スパルタの少女たち」の話を書いてみます。

 古代オリンピックがギリシャ時代に行われ、都市国家間で競われたことは多くの人が知っていることです。この古代オリンピックの選手は男子のみで女人禁制。観客として婿選びの未婚女性のみが見ることができたそうです。

 選手は素っ裸になって陸上(短距離とマラソン)、円盤投げ、レスリングなどを行ったといいます。現代と違って布は高価であり、また機能的にも汗を吸いません。汗をかくとストギリスと呼ばれる汗取りのヘラで汗をすくって取っていました。

 最初はチューニックを着けていたのですが、やはり機能的に邪魔ということから全部脱いで競技をするようになったとのことです。

 さて、女子ですがオリンピックと対になる形で「ヘラの祭典」(ヘライア)という女子のみのスポーツ大会が開かれておりました。ヘラは全能の神ゼウスの妻の名前です。今では考えられないほど男尊女卑が厳しかったので、競技は短距離のみ。もちろん、ウェアは少し短くしたチューニックで走っておりました。まさに「お嬢さん芸」的なスポーツでした。

 ですがギリシャの都市国家で唯一、例外的に女子のスポーツを認めていたところがあります。それが軍事国家スパルタです。紀元前6世紀以降、軍事国家化が進んだ時期に「女子は優秀な戦士を産む道具」という位置づけがなされ、その健康を保ち増進するために男子と同じようにスポーツが奨励されました。

 当時スポーツ選手たちはギムナシオン(ドイツのギムナジウム=全寮制学校の原型、英語のジムナジウム=体育館の古語)という寮と体育館が一緒になった施設で生活して練習していたのですが、同様に女子専用のギムナシオンが建設され、そこで11歳から18歳の少女たちがスポーツをしていました。

 で、「男子と同様に」と少女たちは一糸まとわぬ素っ裸でスポーツをしていました。種目はレスリングと短距離。それを全裸でやっていたのです。繰り返します。「11歳から18歳の少女たち・・つまり女子中高生くらいの娘が素っ裸になってスポーツをしていました!!」(笑)

 都市間の競技会であるヘライアにもスパルタの女子選手は出場したそうですが、他の都市国家の選手たちはチューニック着用ですが、スパルタの女子選手は全裸。これははじめから気迫で勝負にはならなかったと思います。

「全裸のスポーツ女子」を見たいと思うのは男なら当然です。で、他の都市国家のお偉いさんが見学と称して、スパルタを尋ねたそうですで、中には「おれもレスリングをやる。一丁もんでやる」と女子選手の中に飛び込んだ中年のお偉いさんもいたといいます。セクハラおやじは今も変わりませんね(爆)。
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レオタードは極薄

2016-06-26 01:08:08 | 体操・新体操



リオ代表に寺本明日香ら5人…村上ら4人初出場
06月25日 21:16読売新聞

 体操女子のリオデジャネイロ五輪代表が25日発表され、2大会連続となる寺本明日香(20)(中京大)ら5人が選ばれた。

 他の4人は村上 茉愛 まい(19)(日体大)、杉原愛子(16)(朝日生命)、宮川紗江(16)(セインツク)、内山由綺(18)(スマイルク)で、いずれも初出場。

 NHK杯などの選考会で選ばれた候補選手7人から、選考会の成績を重視して5人に決まった。主将の寺本は「若いチームなので、怖いもの知らずで堂々とやりたい。団体総合で力を尽くしてメダルを取りたい」と意気込みを語った。日本体操協会の塚原千恵子・女子強化本部長は「若い選手たちだけど、競技力はある。本番で(力を)爆発させてくれれば、いい結果を出せる可能性はある」と話した。


>リオ代表決まりました。で、お楽しみのレオタードは極薄です。しかし、桜デザインであまり強くなさそうな。
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全裸計量

2016-06-16 00:08:22 | 総合研究所用
 格闘技分野は、当スポーツエロいとこ総研としてはあまり扱わない分野です。どこかプロの格闘技はどこか「仮想的」なイメージがあります。でも、試合前後の猥雑感はなぜか惹かれるものがプチにはあります。ちょうど陸上競技のスタート前の緊張感に似たものを感じます。でニュースから・・・。



<ちはるが、なんと全裸計量>

6月12日(日)東京・ディファ有明で開催される『M-1 FAIRTEXムエタイチャレンジ RAORAK MUAY vol,2』の公開計量が、大会前日の11日(土)18時15分より都内ホテルにて行われた。
その計量会場で前代未聞の“珍事”が……。

第4試合でWPMF世界女子ピン級トーナメント準決勝を、ノーンアーイ・ポーワンパナヤック(タイ) と争うM-1ミニフライ級チャンピオンのちはる(ウィラサクレック・フェアテックス)が、なんと全裸計量を行ったのだ。

ちはるは以前からランジェリー姿で計量するなど、“エロツヨ”として知られる女子キックボクサー。この日はシャツにネクタイを締めて最初の計量に臨んだが、45・90kgでピン級(45・45kg)を450グラムオーバー。
すぐにシャツを脱いでお馴染みのランジェリー姿で2度目の計量を行ったが、45.70kgでパスできず、サウナスーツを着てランニングに出発した。

規定の1時間以内に戻ってきたちはるは、計量会場に関係者以外誰もいないのを見ると「まっぱ(真っ裸)で!」と全裸での計量を希望。女性関係者にタオルで全身を隠してもらって3度目の計量に臨み、45.05kgでパスした。

ジム関係者によれば、実はちはるは前日から全裸計量を予告しており、ギリギリでの計量パスを狙っていたという。


 格闘技ではウエイトが重視されるのは周知の通りです。減量に苦しむボクサーや格闘技選手が数多くいます。1グラムでもリミットに近づくために苦しさは拷問ともいえるものです。

 で、試合直前、男子では一糸まとわぬマッパダカで計量する選手もおります。下着の重さも時として誤差ともなるからです。



 で、女子の場合は通常は「ブラトップとボクサーパンツ」です。ですが、「ビキニ」や「ランジェリー(下着)」という人もチラホラ。それでもオーバーウェイトの選手は全部脱いで「マッパダカ」で計量となるわけです。





 でこの「全裸計量」も勝負の駆け引きの一つであるという話も。ビーチバレーでは出来る限り、小さな水着で「どう、私に勝てるの?」と“挑発”するのですが、格闘技でも、計量という顔合わせの場で全部脱いで「マッパダカになれる気合い」と「鍛えた肉体」を見せつけることで、心理的優位に立つという“マウンティング”をしているわけです。



 現在は女子はさすがに、女性だけがいる場でのみ全裸ですが、近い将来は男子並みに公開の場で「全裸計量」する選手が出てきてほしいです。

 さて、計量といえばこの人・・モデルボクサーの高野人母美さんでしょう。「張りブラ」でバックヌード・・これはキマす。しかし、試合の記録は知りません。「記録より(計量の)記憶に残るボクサー」ですね。






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北朝鮮シンクロ2012~16年版

2016-06-05 00:25:32 | 競泳・シンクロ
 かつて北朝鮮シンクロナイズドスイミングチームのコスチュームは「性器透け」「乳首透け」ということを紹介したことがあります。

 で、現在はどうでしょうか?






 写真は2014年インチョン・アジア大会の時のものです。チームでは「下の唇」を見せちゃっています。「透け」ではなくモロです。マン・がモロです。

 選手たちは相変わらず美女ばかりで、技術も年々向上していますが、水着に関してはどうも「ただただハイレグにすればいい」と思っているフシがあります。ビキニラインを肌色の布でカバーすると、ハイレグに見えると気づいたまではよかったのですが「クロッチ」の幅までは考えていないようです。

 ストリッパーやダンサー(ヌードには限らない)が着ける「バタフライ」は単に極小の三角布にヒモをつけるだけ・・というわけにはいかないそうです。股間の布の幅は6センチが限界で、それより狭くなると踊っているうちに食い込み、やがて「ヒモ1本」状態になってしまいます。

 人それぞれにアソコの形が違います。そうすると「下の唇が丸出し」ということになるそうです。

 でも、そうなっても基本的にはダンサーは踊りをやめません。それが不文律だからです。北朝鮮選手もコスチュームが乱れても演技は「根性でやめなかった」ようです。また、陰毛は数年前までは透けて見えていたのですが、はみ出しておらず剃毛していると思われます。もっとも日本も中国もシンクロ選手は完全剃毛(根毛まで処理)ですので、ここはグルーバル化しているといえますね。



 さてデュエットのコスチュームですが、ちょっと飾りが入っていますが基本「肌色」です。遠目に見ると「ス・ッ・パ・ダ・カ」に見えます。新体操では「肌色の部分が多いコスチューム」は基本禁止です。理由は「全裸で演技しているように見えるから」です。狙っているとしか思えません。



 でも、なんで、こんなに「エロい」のか? それは本国のオエライさんに「恥ずかしい格好で、頑張っています」(→だから、負けても炭鉱送りにしないで~~!!)アピールだと思います。

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プチッティーとスポーツエロ原理主義

2016-05-24 00:30:59 | 女子用フンドシ下着
 多くの方が上級研究員になっていただいているのですが、「プチッティってどこから来た名前ですか?」というご質問をたまにいただきます。私のバンドルはレオタードメーカー・チャコット社の女性スポーツ用下着「プチッティー」から来ております。これは「スポーツエロ原理主義」と密接な関係にあります。

 そこで原点回帰で「プチッティー」というモノと「スポーツエロ原理主義」について。




 まず、写真をみていたけばわかるのですが超のつくハイレグです。ハイレグなだけではなく後ろに布がない「ヒモ」です。いわゆるヒモパンです。でポイントは、これがエロ目的ではないということです。

 私がその存在に気づいたのは雑誌「セクシーアクション」でスポーツ用下着を特集した時。レオタードは身体に密着しているわけですが「新体操選手は下着ははみ出すとエチケット違反として原点となる。そのために後ろがヒモ状になっている下着を着用している」とありました。さらに次の一文が私に衝撃を与えました。

「つまりヒモ・フンドシです」

 競技(減点防止)のために「新体操選手はヒモ・フンドシを着用するのか!!」と衝撃を受けました。女子がヒモ・フン下着を着けるのはエロを演出する以外はないと思い込んでおりましたが、「機能を追求したゆえにエロくなってしまう」という現象があるということを知りました。

 この機能追求をすると「スポーツをする時、下着を着けない選手だっているはずだ」と思っていたところ、雑誌で新体操・山崎浩子選手が「ロス五輪出場時で競技用レオタードになった時、下着を着けていなかった」という衝撃発言。さらにテレビで渡部絵美選手(当時、プチは大ファンでした)が「女子のフィギュアスケートではコスチュームの時は下着を着けません。ノーパンです」というノーパン発言でプチにショックを与えました。

 さてプチッティーというモノに話を戻しますと、さまざまな資料から「プチ」はフランス語の(小さい)とパンティーの合成造語で「小さなパンティー」という意味であり、新体操以前にバレリーナの着用のために作られたこともわかりました。

 実は欧米のバレリーナはもともとレオタードやコスチュームに下着は着けないことが当たり前でした。80年代の日本人バレリーナやダンサーの留学記を読みますとレオタードの下に下着を着けると欧米のダンサーからは「あなたは靴下の下に靴下をはくの?」と言われ奇異な目で見られたというくだりが多くでてきます。

 性器露出は下品だというところは一緒でも、トップレスはある程度認められる文化がありました。ですが裸にレオタードを着けて踊ったり動いたりすると「食い込み」という問題が発生してきます。しかし日本製のプチッティーは柔らかさ、股間のアコーディオン構造(特許と思われます)でいくら脚を開いても(200度開脚でも!!)食い込みにくいということがあり世界の名だたるバレリーナに愛用されるようになりました。

 日本人を含むバレリーナならびにモダンダンサーの間ではプチッティーは「バタフライ」とも呼ばれています。少し詳しい人なら知っているかも知れませんがヌードダンサーやストリッパーの前が三角布だけのTバックも「バタフライ」です。これは“股間に蝶(バタフライ)がとまってるように見える”ことからそう呼ばれています。

 ちなみに「バタフライ」は単純に三角布をヒモで繋いだだけでは、踊っていると「落ちて」しまうそうです。すべてのダンサーの「掟」として「踊っている最中はどんなことがあっても踊りをやめてはいけない」ということがあり、合わないバタフライを着けて“落ちて”しまってオールヌードで踊り続けたダンサーは多くいます。外には見えない下着でも同様でズレると気持ち悪く踊りづらくなるそうです。

 しかし、ゴムを多用しフットするバタフライである「プチッティー」はズレたり落下したりすることはなく極めて快適な下着です。

 「プチッティー」が必要だったのは、器械体操とバトントワリングだったと私プチは思っています。この2種目は大きく開脚するレオタード(審美系)種目です。もちろん両種目で“スッ裸でコスチューム”の選手もいたと思います。ですがギリギリで食い込みを気にしないためには「プチッティー」が下着としてのベストだったと思います。

 さまざまな形で直接間接に聞きますと、先輩や先生から勧められて最初は「こ・・こんな恥ずかしいもの着けるの?」とビビっていた新体操選手が、実際に着けるとその機能に納得するといいます。そして、全国大会などハイレベルな競技会に出るときには、予選では後ろの布もあるパンティ型のサポーターでも本選では「ヒモフンドシ」になって競技に挑む。美のために機能を追求する選手が、そのコスチュームの下にストリッパーと同じ“極小パンティー(つまりプチッティー)”を着ける。

 まさにプチッティーは機能を追求した果てにエロくなるという「スポーツエロ」の基本を象徴するものなのです。
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