超芸術と摩損

さまざまな社会問題について発言していくブログです。

非番で救命活動の「救急救命士」を失職させた愚か者たち

2011-07-09 04:14:10 | 週刊誌から
<人命より法律優先か><助けたければ、医師の資格を取れ>――。ある公務員の処分をめぐり、ネット上で喧しい議論が巻き起っていることをご存じだろうか。命を救う技術を持ちながら、愚かな法制度に手足を縛られた救急士たち。その一人が辿った不条理劇とは。

「今回の騒動で、救急救命士は、オフの日は救急救命士ではないんだ、ということを知り、驚きました」
 と呆れ気味に話すのは、ある臨床医である。
 その事故が起きたのは、4月14日、静岡県内の東名高速道路下り線、掛川IC付近でのことだった。休日で、長野県に向かい車を走らせていた久保大介氏(54)=仮名=の目の前で、大型トラックが清掃車に衝突。久保氏は車を急停車し、トラックにかけよった。事故車両の前部はぐしゃぐしゃの状態。彼は割れたフロントガラスからやっとの思いで車内に入り、頭と耳から出血している運転手の応急処置を行ったという。
 運転手にすれば不幸中の幸いだった。実は、久保氏、茨城県石岡市の消防署に勤める救急救命士だったのだ。しかも、この日、彼は救急医療用のキットを持参していた。東日本大震災を受け、外出先でも緊急事態に対処できるよう、署の備品を携行していたわけだ。当の久保氏が語る。
「運転手は胸と腹の痛みを訴えていたので、ハンドルに体を強打し、内臓出血している危険性があると考えました。そうすると血管が収縮し、搬送先の病院で点滴など薬剤の投与が困難になるケースが多い。それを防ぐため、“輸液セット”というキットを使い、注射針を刺して、点滴を行いました」
 静脈路確保というこの医療行為が奏功してか、運転手は軽傷で済んだという。しかしこの人命救助がその後、彼を失職に追い込むことになるのである。
 というのも救急救命士は法律で、医師の指示の下、心肺停止状態の患者にしか医療行為は施せないとされているからだ。
 久保氏自身も言う。
「自分の行動が法に抵触するかもしれないという思いが一瞬、頭をよぎりました。しかし、運転手の命にかかわると考え、人命第一と判断して処置したんです」
 果たして、これが搬送先の病院で問題とされる。結果、掛川の消防から石岡の消防に「違法行為があった」と連絡が入る。挙句に静岡県から茨城県に事実確認の問い合わせがなされ、事は「県対県」という大きな問題に発展してしまったのだ。
 ちなみに彼の勤務先は石岡市所管の石岡消防署。ここで消防司令という管理職の立場にあり、現場トップの当直責任者を務めていた。
 その久保氏、4月18日、石岡市長に説明を求められ、市長室に赴いたという。
「一つも良いことやってないぞ」
 市長からはこうたしなめられ、市の懲罰委員会で処分が諮られることになる。
「4月23日には、石岡消防本部のトップである消防長や上司の署長らに呼び出された。皆、顔を強張らせ、“どうしようもね”“懲戒は
免れねかも”という。彼らの話から、私が辞表を書けば、反省の態度を示していると受け止めてもらえ、情状酌量されるとのニュアンスを感じ取りました。だから、その場で辞表を書いたのです。もちろん、この段階で懲戒免職なんであり得ないと思っていたし、辞表はあくまで消防長に預けただけのつもりでした」
 その後、彼は市の顧問弁護士から、点滴用の注射針を刺したことは傷害容疑の可能性があるので、医療行為を行った運転手と示談し、警察にも届け出るよう指示される。何だか訳の分からない展開だが、命じられるまま、4月29日には、はるばる滋賀県のトラック運転手の自宅を訪問。示談書へのサインを求めた。傷の癒えていた運転手はキョトンとした表情で、
「もちろん、いいですよ。でも、なんで? かえってこちらがお札を言わないといけないのに」
 と、不思議がったそうだ。
「その後の5月21日のことでした。消防署の上司から“辞表を書き直してほしい”と言われたのです。この時点で上層部は私を守ってくれる気がないんだと悟りました。5月30日の懲罰委員会で停職6カ月の懲戒処分が出て、消防長からは“君の辞表、そのまま受理していいよね”と言われました。私も呆気にとられ、反抗する気にもなれず、ただ“はい”と答えたのです」

 この処分について、市消防本部総務課は、
「彼は管理職の立場にある者です。それが禁止された備品の持ち出しを勝手に行い、医師の指示を受けずに救命行為を実施した。この2つの事実で、公務員の信用を失墜させたのは問題。処分は当然です」・
 と、いかにもお役所的な反応だ。
「私はこの救急救命士の行為は問題と思いますが、それはひとまず措くとして、確かに救急救命士をめぐる制度に不備があるのは事
実」
 と語るのは、日本救急救命士協会の鈴木哲司会長。
「現行法では、救急救命士は、勤務時間外には救命処置が行えない。しかも事実上、救急車の中でしか医療行為を施せません。全国に約4万2000人の救命士がいますが、このうち消防機関に属するのは約2万2000人。つまり2万人は緊急時にその技術を活かせず、日本は宝の持ち腐れなのですよ」
 残りは看護師や一般人で、救命救急士の資格は活かせない。こんなバカげたことがあるだろうか。法制度上の欠陥があるのは明白だ。
 ともあれ、久保氏の処分がメディアで報じられると、ネット上では賛否をめぐり、議論が白熱した。
<備品持ち出しは良くない>
<法律は破っちゃ、ダメ>
 などの書き込みもあったが、概ね彼に同情的な意見が多かったようだ。曰く、
<人を助けて失職ってやってられねえな>
<ルールに縛られるのが好きな国やなホンマ>
 などなど。
「確かに酷い話ですよ。医療行為といっても、電気ショックや気道確保のための挿管などは危険を伴いますが、点滴は何ら特段のリスクはない。それが停職6カ月で挙句に退職に追い込まれるとは幾らなんでも気の毒でしょう。規律違反というなら、厳重注意処分くらいでいいじゃないですか」
 と、前出の臨床医は慨嘆する。
「救命救急士は心配停止の人にしか手を出せなのなら、下手をすると手遅れになるまで待て、ということになる。常識的な許容範囲はあってしかるべきでしょう」
 全くもって、おかしな話だ。この救命士を退職に追い込んだ者たちは愚かというしかない。法改正は急務で、このままでは、目の前に死にかけている人がいても、見て見ぬふりをした方が無難ということになるだろう。
 最後に久保氏はこう語った。
「私は高校卒業後、すぐ消防署に就職し、35年2カ月の勤務期間のうちの約20年を救急で過ごしました。当然、仕事に対する誇りと愛情を持っています。うちの消防署には飲酒運転で逮捕されながら、停職で済み、復帰できた者もいる。それなのに、なぜ私は人を助けながら、仕事を失わなければいけなかったのか……残念でなりません」

週刊新潮2011年6月16日号
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4 コメント

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静岡県民はアホが増えた様だ (ITUKYUU)
2011-07-12 09:29:19
実に嘆かわしい。例えルール違反でも、見て見ぬ振りが出来てこそ人間。お上がアホだからこうなる。
最近やたら公開規制される。 (ITUKYUU)
2011-07-12 09:33:55
お上の都合で、公開規制は、言論弾圧の公然化。許容出来ない。
Unknown (ポコピッチ)
2018-08-26 19:05:27
救急救命士です。

消防本部、県の言い分は正当です。

救命士は意思の指示のもと意思に代わって特定行為を許されるのです。

お役所が法律を破ることは、民主主義を否定することになります。

非番の警察官が拳銃を持たないように、非番の自衛官がライフルを持たないように、救急救命士は針を持ち出してはならない。

それが救命に繋がるから許されるのなら、救命士が手術することまで可能になってしまう。
人助けした人が損をする仕組みはおかしい (空飯)
2020-02-14 17:27:17
救急救命士学習塾の空飯です。

「法制度上の欠陥がある」という点で激しく同意します。

現行の法律は本当宝の持ち腐れ状態です。
「ダメなものはダメ」といって、世の中がどんどん変わっていく中で、昔の法律のまま納得しているのはおかしいです。

「おかしいものはおかしい。」「変えたいいことは変えるべき」という「より良くするにはどうすればいいか?」を考える必要があります。

>>「現行法では、救急救命士は、勤務時間外には救命処置が行えない。しかも事実上、救急車の中でしか医療行為を施せません。全国に約4万2000人の救命士がいますが、このうち消防機関に属するのは約2万2000人。つまり2万人は緊急時にその技術を活かせず、日本は宝の持ち腐れなのですよ」
 残りは看護師や一般人で、救命救急士の資格は活かせない。こんなバカげたことがあるだろうか。法制度上の欠陥があるのは明白だ。

上記の意見に激しく賛同します。

>>「彼は管理職の立場にある者です。それが禁止された備品の持ち出しを勝手に行い、医師の指示を受けずに救命行為を実施した。この2つの事実で、公務員の信用を失墜させたのは問題。処分は当然です」

確かに備品持ち出しは問題があります。
しかし、人の命を助けようとした人が罰せられる世の中で本当にいいのでしょうか?

確かにこの件を許すと他の救命士も暴走しかねません。
しかし、”懲戒免職”はあまりにも罰が重すぎます。
厳重注意で十分だったのではないでしょうか?

応急手当て講習では「人を助けようとした人は罰せられません。勇気を持って手を差し伸べましょう」と言って「善きサマリア人の法」を主張しているのに、矛盾ではないでしょうか?

僕は人を救おうとした人がしっかり報われる社会になることを強く願っています。

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