タミアのおもしろ日記

食文化・食育関係のお役立ちの話題や、食にまつわるデマ、都市伝説、フードファディズムなどを分析して解説するブログです!

更新遅くてごめんなさい。

2017年03月02日 | Weblog
読者の皆様、このページを見てくださってありがとうございます。
コメントくれたイマイ様にも、ホントうれしくてお礼を申しあげます。
コメントにはもっとマメにお礼の文章を書きたかったのですが
ここ最近、とっても、とっても忙しくて、コメントへのお返事も更新も出来なくてすみません。
また落ち着いてきたらぼちぼち書きますので、それまで待っててください。
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井上円了先生の言葉に納得!

2016年12月11日 | Weblog
東洋大学を創立した井上円了先生は、明治時代の哲学者であると同時に、妖怪についてまじめに研究した「妖怪学者」でもあります。
こっくりさんなどを科学的見地から否定したことから「妖怪バスター」として紹介したテレビ番組もありましたし、いや、正反対に、妖怪の存在を肯定した学者として認識している方も居ます。・・・で。結局どっちなんだろうと思っていたら、先日、遅まきながら雑誌「トランヴェール」9月号の井上円了特集を読む機会があって、納得。その内容は、非常に深いもので、食育に関わる方にも御参考になる話と思いますので、ここにご紹介します。

井上先生は、世の中の不思議な現象や怪奇現象に魅入られて、それらを分析し、結果、そのほとんどは科学や心理学、医学などで合理的に説明出来ることを知りました。そして、生涯を通じて多くの方々に、「妖怪とか怪奇現象とか言われるものは科学等で説明出来るのだから、おろおろしたり怖がったりしなくていいんだよ。」と説いたのです。トランヴェールにも、円了先生の講義を聴いて気持ちが明るくなった人の体験代が紹介されています。
しかし、先生は、いくら考えても説明がつかない真の不思議現象があると考え、それを「真怪」と読んでいました。つまり、先生の考えのどちらの面にスポットライトを当てるかによって評価はがらりと変わるのですが、これこそが、まさに「科学」の考え方の基本なのです。

ずいぶん昔ですが、科学者にお話を伺った際、つい不勉強から「科学者の先生なら何でも合理的に説明できるんですよね。」というようなことを申しあげて、こう、たしなめられたのです。
「それは一般の人によくある勘違いですよ。この世の中には不思議で分からないことも沢山あるのです。分からないからこそ、私達は研究しているのです。」と。そして、茶目っ気たっぷりにこう付け加えてくれました。「何でも分かる時代になってしまったら、私達科学者はおまんまの食い上げですよ。次に研究するネタがないじゃないですか。」って。

そして、科学者として、もしも分からないことに出会った時は「分からない」と答えることこそが科学者としての良心です、と教えていただきました。大自然の前では人間はあまりに小さく、まだまだ知らないことが沢山ある。それなのに、あたかも、すべての真理が明らかになったように振る舞うことはおかしい。謙虚たれ、という話でした。深く感動しました。

食品業界に居ると、「これこれは身体に良い」「正しい食はこれだ」 というような話が飛び交っています。そういう話の中には、実は、「その話、まだ未解明の部分があるんですが。」という情報も非常に多いのです。でも、世の中、断定的にしゃべる人の方が人気を得やすいので、「実は未解明部分もある。」という話はなかなか伝わりにくいものです。

食の説にも、妖怪=合理的に嘘と見分けられる作り話や疑似科学、もあれば、真怪=まだ研究途上なので明言できない説、もあるのです。妖怪と新怪を見分けるのは非常に難しい。私もこのブログを書きながら考えこむこともありますが、円了先生を見習ってじっくり考えたいと思っています。
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11月24日は和食の日。和食の心とは?

2016年11月21日 | Weblog
11月24日は国が定めた「和食の日」です。では、和食を後世に伝えるに当たって大事なことは何だろうか、と考察しました。

まず、このブログで繰り返しお伝えしてきたことですが(まだ読んでない方は過去のブログもぜひ読んでくださいね。)、和食は時代と地域と社会階級によってずいぶんと異なるものです。江戸時代から白米を大量に食べられたご先祖も居れば、雑穀中心の食事だったご先祖も居ます。だから、「これが和食だ!」という簡単な説明や模型を提示できないのです。

次に、人によって和食の定義があまりにも違いすぎる、という問題があります。ラーメンやとんかつも和食ですし、中華レストランを和食レストランに計上している統計データがあることも過去にこのブログで紹介しました。

「和食の定義に悩むなら、ユネスコに登録された時の定義に沿えばいいんじゃないか?例えば、旬を大切にすることなどが書いてあるよ。」と考える人もきっと居ることでしょうが、でも、実は肝心の日本人間の旬の定義でさえ、全く曖昧で、例えば「走りを旬に入れたり入れなかったり」と、かなりいい加減なことが行われていることも、先日このブログで紹介しました。つまり、ユネスコ登録の定義では、実はうまく和食を説明できないのです。

「日本型食生活が和食でしょう?」という人もすごく多いのですが、農水省の定義によると日本型食生活はご飯を中心にはするものの、パン食も西洋料理も時々食べる食事のことであり、伝統食とは全く異なる概念です。このことも過去のブログで紹介済みです。

「日本食」と「和食」の区別も難しいものです。この2つをどう分けるのか、人によって全く異なります。ラーメンやカレーライスについて聞くと、ある人は「日本食であり和食である」と答え、別の人は「日本食だが和食ではない」と答えます。

「味噌や醤油を使うのが和食だ」という人も居ますが、それだと、カレーやたこ焼き、お好み焼きだけでなく、純和風と思われる「すまし汁」(普通は出汁と酒とみりんで調味します。たまに隠し味で醤油を入れることもありますが、多くの場合は醤油を使いません。)さえ和食ではないことになります。

そこへ持って難問なのが、「和食」と「日本料理」も全く違う概念であるという事実です、遠藤哲夫先生の「大衆めし 激動の戦後史」によると、1973年頃に遠藤先生は、「たいへん偉い日本料理の先生」に、お米のごはんのおかずは日本料理ではない、と指摘されてショックを受けたそうです(p80~83)。遠藤先生はその直後に、板前さんでかつ料理文化研究者だった江原恵先生に会い、その意味を知ったとのこと。
江原先生によると、日本料理とは料理屋料理(=宴会料理であり、芸者をあげて遊んだり、特別のもてなし料理であり、酒を飲むための料理。)であり、ゆえに、日本料理とは家庭料理とは異なる、使う材料からして違う、とのことでした(p84~85)。

その後も遠藤先生は研究を続け、同著p96によると、「海外でも人気のすしやてんぷらなども、そばやうどんも、日本料理からは下賤な食べものとして見られていたのだ。」とのこと。

遠藤先生によると、社会学者の加藤秀俊先生が1978年に、日本の食文化について非常に重要な指摘をしているそうです。それは何かというと、中華料理や西洋料理と比較して、(焼き魚や刺身やおひたしなどのように)新鮮な食材をほとんど手を加えずに食べるという点で日本食は作るにしても手間をかけず簡便で、食べるにしても「大いにせっかち」「さっとかきこんで食事をすませる」という点です。だからこそ、日本人は蕎麦などを発明したのだということです。

そう言われて思い起こせば、高度成長期までは「早飯、早●ソ(注:自粛して伏せ字にしました。)」が奨励されていました。早くご飯をかき込んで、トイレに行って(お食事中にこの文章を読んでいる方はすみません・・・・。)すぐ仕事をするのがかっこいい大人なんだよ、とよくいわれたものです。

寿司や天ぷらもファーストフードとして広まったという事実は、色々な研究書に記されています。

つまり、スローフードとは真逆のファーストフード文化こそが、日本の食文化の芯であり根っこだったのです。その芯はぶれることなく、今日にも、会社近くの食堂で黙々と立ち食い蕎麦や茶漬けやラーメンをかき込むように食べるサラリーマンのお父さん達の背中に現れていると言えるでしょう。

さて、そろそろまとめに入ります。和食とは何か。二つの方向性が見えてきました。
1つめが、「時代や地域や社会階層によって全く食材が違うから、材料や旬などでは和食を定義出来ない。」という厳しい現実。
2つめが、「西洋料理や中華料理と決定的に違う点といえば、多くの料理においては素材を活かすためにあえて手間をかけず、簡便に調理し、急いで食べられるものが好まれていた。」という点。

つまり、和食の伝統を維持し、後世に伝承するに当たって欠かせない和の心構えとは、「アンチ・スローフード」つまり、素材をさっと調理して急いで食べる文化を大切にすることではないでしょうか。
和食の日だからこそ、この、「和の心」の芯にあるファストフード文化を絶やすことなく、次世代にも伝えていきたい物だと思います。・・・・あれ?
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「やさいーズ」うちの子にも受けました!

2016年11月17日 | Weblog
前回書いた「やさいーズ」の本の話の続きです。

早速うちの子にあげたら、「ふーん」とパラパラとめくって、すぐ机の上において別の遊びを始めたので、「う~ん、ちょっと難しかったかなあ~」と思っていたら、良い意味で大間違いでした。

翌日、野菜が苦手なうちの子でも食べられる数少ない野菜の一つ、ブロッコリーを出したら、
「あっ!これってブロッコ委員長でしょ!」と叫んで、慌てて本を開いて確認するのです。

そして、「ビタミンCが入っていてうんちスルリンなんだ~」とひとしきり感心した後、すごい勢いでぱくぱく食べ始めたのです。
もともとブロッコリーだったら食べられたんだけど、こんなに大喜びしてぱくつくなんて、びっくり。
慌てて珍獣ダンナーも「そんなに沢山食べるのはダメなんだなあ~!」と制止するほどでした。

この調子で、どんどん他の野菜も好きになってくれると嬉しいですね!
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成田崇信さんの「すごいぞ!やさいーズ」は地味に見えて実はすごい!

2016年11月14日 | Weblog
(11月17日コメント:「地に足の付いた誠実な本です」という意味を込めてつけたタイトルだったのですが、別の意味に誤解されかねないタイトルと考え直して、タイトルを修正しました。)

管理栄養士の成田さんの監修した新刊が、オレンジページから出ました。野菜をトマトの「トマ美」ちゃんやブロッコリの「ブロッコ委員長」などのキャラに見立てて、イラストでそれぞれの良い特徴を紹介する、小学校低~中学年くらい向けの本です。

子どもや初心者向けに「野菜の健康性」を紹介する類書は他にもありそうですが、「やさいーズ」は細部に気遣いが行き届いているので、じわじわと感動します。

タミアのツボだった所は次の3点です。
1・家庭で出来る手軽な科学実験なども盛り込んでいて、大人も子どもも好奇心をそそられる内容です。

2・野菜を子どもに食べて欲しいとがんばっている親の気持ちに寄り添いつつ、無理強いをしないで暖かい目で見守ることが大事ですよね、というメッセージで、ほっとする文章です。文章を書いた柳本さんのお力もあってと思います。

3・健康に関する記述は、科学的に裏付けのある内容だけに絞り込んでいます。医学的根拠の希薄な説は棄却しています。

  野菜の健康性を紹介する最近の「啓蒙書」には、例えば次に挙げるような奇妙な言説が紛れ込んでいることが多いものです。
●「大根にはデトックス効果がある。」(そもそも論としてデトックス効果というものが医学的に定義出来ないのに、どうしてその効果があると測定できるのか疑問ですよね。)

●「キュウリを食べると身体を冷やす効果がある。」(キュウリは普通は冷やしてたべますから、キュウリの成分による効果ではないですよね。トマトでも大根でも、冷やして食べれば身体は冷えますよ。)

●「根菜は身体を温める効果がある。」(大根の冷やしおでんは身体を冷やしますよね。根菜は冬に食べることが多く、しかも冬には加熱調理して熱い内に食べるから、昔の人は「根菜そのものに身体を温める効果がある」と勘違いしたのでしょう。)
 
 以前、野菜の専門書を読んだ時に、レタスやキュウリには特段の優れた健康性や機能性というものはなく、健康ウンヌンよりもおいしさや歯ごたえを楽しむ食品と考えるべきだと書いてありました。「やさいーズ」にも、レタスやキュウリのページがないことからも分かるように、過度に野菜の健康性を煽る奇妙な説は載せないように工夫していることが分かります。

ただ、大変済みませんが、あえて気になった点についても触れます。それは、科学的根拠のない説について記載もしてないが、否定もしていない、という点です。科学的根拠のない説を並べ立てる本と「やさいーズ」の両方を読んだ読者の中には、同時に信じてしまう可能性もある、ということです。「そうか~。大根ってジアスターゼがある上にデトックス効果もあって身体を温めるからすごーい♪」的台詞を言う人が現れるトホホな状況を想像してしまいました。この点はなんとかならないのだろうかと気がかりです。

もう一つ、気になったことがあります。それは、旬の野菜は栄養価が高いから旬を意識することが大事だ、という趣旨の文章があったことです。旬の知識はないよりあった方がいいとは思いますが、この話はまじめに考えれば考えるほどラビリンスに陥ります。

なにしろ、すでに旬がない野菜があるのです。例えばキャベツは一年中収穫できます。温室栽培などではなく、地べたに生やしてお日様で育てて、それでもほぼ1年を通して日本のどこかで収穫できるのです。

次に、旬でない野菜にも、少し含有量は減るもののその野菜に特徴的な栄養成分が含まれていることです。であれば、多少季節外れのものでも年間通じて時々食べる方が、むしろ年中リコペンや葉酸やカロテンと、いろんな栄養を取れてバランスが良いのでは?「旬の方が少し栄養価が高いから」という話にこだわるならば、旬に収穫した冷凍野菜を年中食べるのが健康的、という結論にもなります。

旬について知っていれば、おいしくて安い生鮮野菜が手に入るので経済的ですし、雑談のネタになったり、純粋な「知る喜び」があります。これらの点で、タミアも旬を知っておくことには賛成です。ですが健康面ということに的を絞ると、平成の今日において旬を知ることがことさら大きなメリットになり得るのか、その点については、考えあぐねてしまいました。

・・・ちょっと気になる点も書いてしまいましたが、でも、総論としては☆5つです。野菜嫌いの子どもを持っても(ウチがそうですが。)親は力まずに、少しずつ長い時間をかけて子どもに野菜を薦めれば良い、暖かい目で見守ることが大事なのだという趣旨に心温まります。ウチも、暖かく見守りながら少しずつ野菜好きに育てていきたいなあと思いました。ポジティブな気持ちで今日の献立を考えるための元気を与えてくれる良書と思います。
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あのタミアさんは別人です!!

2016年11月09日 | Weblog
最近、私と同じ「タミア」のペンネームで、あるサイトにイラスト投稿している方がいらっしゃいますが、別人です。面識も関係も全くありませんので、誤解のないよう、よろしくお願いします。
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一汁三菜説はやっぱり作り話だった。

2016年11月05日 | Weblog
先日ふと、城西国際大学の品田知美先生編「平成の家族と食」(晶文社、2015年12月30日発行)を手にしたら、びっくり!ああ、なんでもっと早くこの本を読まなかったんだろうと思ってしまう位のすばらしい内容でした。今回、皆様にもこの本の中身を一部紹介したいと思います。

「一汁三菜が和食の基本」という近年よく耳にする説が、実は最近創作された「作り話の伝統」だったことは、このブログの2015年9月6日、2016年1月16日、4月2日、4月17日において紹介しました。
実は、品田先生らの研究グループも、近年「一汁三菜が和食の基本」という説が聞かれるのを不思議に思って調査し、その結果、この説がきわめて疑わしいという結論に達していたのです(p15、p56~58)。

まず品田先生は、「1975年に日本人が家で食べていたものが理想であると提唱する」東北大の都築毅先生のご研究を読んで、「(都築先生が)当時の理想として提示した夕食の献立表を見ると基本は一汁二菜」だったと指摘しているのです。この品田先生の記述を見て、確かにそうだったと膝を打ちました。私の幼い頃の記憶をたどっても、1970年代後半、一汁三菜なんて食事は、家でも学校でもよその家にお伺いしてもまず出なかったし、そもそも一汁三菜という言葉を耳にしたことさえなかったからです。(ちなみに、品田先生も慎重に言葉を選んで書いているのですが、都築先生の提唱する理論が栄養学的に正しいと証明されているとは、品田先生も私も申しておりません。)

しかも、品田先生はここへ更にこうたたみかけています。
1975年といえば、日本の歴史上最も多くの女性が専業主婦だった時代なのですが、「その時代でさえも、一汁三菜は浸透しきれていなかったとするならば、いつ誰がその伝統を保持していたといえるのだろうか。」、と。

そして同書の共同執筆者の一人である日本女子大の野田潤先生は、p56~58において、こう指摘しています。一汁三菜は千利休が考案したが、この料理は「あくまでも茶の湯におけるもてなし料理であり、人びとの日常食ではなかった」、と。そして様々な文献を精査しても、日本人の日常食に一汁三菜が根付いた時代というものが見つからない、と。

野田先生のこの指摘の締めくくりを引用します。
「ことによると、「日本人の伝統としての一汁三菜」という概念自体が、社会的に近年構築されたものだという可能性もある。」
野田先生のおっしゃる通りだと思います。
以前このブログで紹介した、日経新聞の記事(食文化研究の大家である石毛直道先生に取材した記事。)も、全く同じ指摘でした。石毛先生は、一汁三菜説は近年になっていわれはじめた物であると証言したのです。

誰がなぜ、なんのために、「一汁三菜が和食の基本だ」という作り話を広めようとしているのでしょう。蕎麦やうどんや寿司などは基本的な和食ではない、というのでしょうか。もうすぐ国が定めた「和食の日」です。私達は「和食とは何か」、について深く考える必要がありそうです。
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「はしり」は旬ではありません。

2016年10月30日 | Weblog
最近の食育や食に関する雑誌記事等では「旬の始まりの食べものを『はしり』と呼びます。」という解説がよく聞かれます。先日は大変有名な経済誌が、これもまた有名なある有機農家を取材して、この解説を記事に載せていました。ところが、はしりを旬の始まりと解説するのは、実は間違いなのです。

私は中学~高校時代に、食育先進校(当時はそういう言葉がなかったので、家庭科教育モデル校という名前で呼ばれていましたが。)でみっちり食文化に関して教え込まれたという経歴があるのですが、その時も、はっきりと「『旬』と『はしり』は別物です。旬は、経済性と栄養とおいしさを兼ねた食品ですが、はしりはこれらのどの点をとっても劣る物です。はしりの食品を『はしりもの』といいますが、はしりものは買わないのが賢明です。」と指導されました。

 はしりが旬と異なるというは、昭和期の日本の様々な書籍・雑誌等でもはっきり指摘されています。一例を挙げるならば、1958年に発行された本山荻舟先生(当時の一流の料理研究家です。)の「飲食事典」(現在は平凡社ライブラリーで入手可能。)がわかりやすいでしょう。この本の「はしりもの」の項目では、もともとは「初物」と同じ語義の言葉だったのが、やがて、旬から極端に離れてしまった食品を指す言葉に変容したという趣旨が記載されています。

それでは「初物」とはなにか、というと、同書の「初物」の項目によると、所在地に出回る季節の食物を初めて口にすることだが、すでに江戸時代に初物は禁止された、と記載されています。なぜ禁止されたかというと、施山紀男先生の「食生活の中の野菜」(養賢堂)p10によると、江戸時代の人々は初物を非常にありがたがり、そのため、慶長年間(1596~1614年)には野菜の早出し栽培が始まり、次第に各地で広まり珍重されるようになったとあります。同p80によると、ナスを油紙で囲って炭火で暖房して早出ししていたそうです。2月にナスやウリの漬け物を提供する料亭もあったほどです。つまり、江戸時代の「初物」という概念でさえ、すでに自然の季節感とは全く異なる、不自然な食品だったのです。と同時に、江戸時代には「初物を食べれば75日長生きできる」という言葉があったほど、季節外れの食品である初物こそが健康的だと思われていました。

そして、話を本山先生の本に戻すと、昭和期には「はしり」は「初物」よりもさらに季節感が外れた食品を指すことばであり、「ことごとく不味で高価で反栄養的なものと思われ、心ある人々から指弾されるにいたった。(本山荻舟氏)」ということです。それが、平成の現代では「はしりは旬の始まりを示します。」と、180度説明が逆転してしまっているので、仰天するこの頃です。

ではなぜ、近年になって「はしり」という言葉は肯定的意味で用いられるようになったのでしょうか。その点については私の調査の範囲では、はっきりした結論は出なかったのですが、一つの仮説として浮上したのは、生産者側の経営上の問題です。野菜を栽培した経験のある方なら分かると思いますが、たとえ自然に任せた有機農業であっても、旬(最盛期。)よりも前に収穫できてしまう野菜があるのです。例えば、キュウリでもなすでも、他の個体より先に実が付いてしまうようなことがあります。それが「はしり」なのですが、家庭菜園レベルではなくて大面積を栽培していると、はしりでもそれなりに沢山の量が取れますので、それをどういうキャッチコピーで販売するかは、結構深刻な問題なのです。販売する側からいうと、「旬ではなくてはしりだから、味も悪くて価値が低い」と買いたたかれるよりは、「はしりは旬のさきがけです。」という話にしておいた方が、高く売れるという訳です。

時代とともに言葉の意味は変わるとは言いますが、その変遷は必ずしも、自然に消費者側から生じるとは限りません。業界側の都合によって、言葉の意味が変更させられることもあり得ます。「時代とともに言葉は変わるのだから仕方ない。」といってばかりもいられないのでは、と思います。食に携わる方々に、「はしり」の語義について、正確な知識や歴史を後世に伝えていただければと思うこの頃です。
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グルテンフリーで米消費アップ?

2016年10月23日 | Weblog
米国での「グルテンフリー」ブームが日本でも雑誌で取り上げられて、「日本でもグルテンフリー対応食を増やすべきだ。日本でもブームになれば、米や米粉パン・米粉菓子消費が増えるだろう。」という話がささやかれます。が、それって本当なのでしょうか。

その理由をいうまえに、グルテンフリーについてざっとおさらい。
小麦の中には色々なタンパク質が含まれます。その代表格が「グルテン」というタンパク質なのですが、米国では一部のセレブなどが「グルテンは身体に悪い」という説を信じてしまい、その説をすっかり広めてしまいました。

でも、実はこの説は現在の医学的知見と、「何千年にも及ぶ人類の小麦食経験」から考えると、つじつまが合わないのです。 セリアック病という希な病気の方や、腎臓病でタンパク質を制限している方を除けば、グルテンは格別に身体に悪くもない、この世にあまたに存在する食品成分の一つに過ぎないそうです。「グルテンフリーにするために小麦を食べるのを止めたら体調が良くなった」と主張する人も、実はグルテン以外のタンパク質へのアレルギーが体調不良の原因だったという人や、オリゴ糖不耐症など別の病気だった人、そしておそらく一番多いのがプラセボ効果(ようするに気分。)の影響と考えられます。

それはそうとして、日本でグルテンフリーブームが起こればお米の粉の消費が増大するのではないか、具体的には米粉パン・ケーキ・クッキー等が増えるのではないか、との予測ですが、残念なことですが、この予想はあまり当たらないのではと想像されます。

というのも、多くの米粉パンや米粉菓子は、グルテンを添加しています。したがって、現在市販されてるこれら食品の大部分はグルテンフリー対応食品では有りません。グルテンを含まない米粉100%パンや米粉菓子は普通のパンや菓子よりも製造が難しいのです。
現在の米粉パンや米粉菓子でさえも原料価格と技術料の高さが相まって、小売り価格が高いのですが、グルテンフリー米粉パン・菓子となるとますます高価格になりますし、販路もかなり限られてしまいます。そのため、グルテンフリーが日本で流行すれば、かなりの割合の人が、安くてどのスーパーでも手軽に手に入る、トウモロコシを主原料としたシリアルやトウモロコシ系スナックなどに流れると予想されます。

しかも、日本でグルテンフリーが広まれば、日本人の心の友であるラーメン・うどん・そば(市販の通常のそばは小麦が添加されています。)・たこ焼きなども断たなければなりません。これらの食品は、パンやケーキよりもさらにグルテンフリー代用食が手に入りにくいので、グルテンフリーをするぐらいならいっそ低炭水化物ダイエットへと移行する人が多いことでしょう。それは、お米さえ食べない生活を意味します。

以上をまとめると、日本ではグルテンフリーの流行によって、一部の人はかえってお米離れする可能性があるのです。
お米の消費を増やしたいなら、やっぱり、安くて美味しいお米、という消費者ニーズを忠実に守るのが王道ではないでしょうか。
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「若者の米離れ」調査のずさん。

2016年10月19日 | Weblog
今回はかなり問題だと思います。某業界紙が一面トップで「若者の米離れが浮き彫りになった」と主張する自社街頭調査を掲載したのですが、その手法が非常にアレなので、信頼できる調査結果ではないのです。もちろん、若者の米離れがある程度起こっている可能性は否定しませんが、こういう重要な問題については、新聞社は正確な統計調査を行って議論すべきと考えます。

この街頭調査のどこが問題なのか。
まず、調査は4日間、JR新宿駅とJR渋谷駅前で20歳代男女各50人に聞いたというものですが、この時点で天を仰ぎたくなります。そもそも論として、新宿駅と渋谷駅に集まる若者って、日本の若者の平均像では有りません。食品業界では、東京の人は平均日本人とは食に関する考え方が違うとされており、平均的日本人のデータを推計したい時は、経験的に購買行動や意識が平均値に近いことが知られている札幌や静岡で調査を行います。

それに、新宿駅や渋谷駅は両方とも朝は通勤ラッシュで殺気立ってて、とても街頭調査できる状況じゃありませんので、おそらく調査したのは昼食以降の時間だったと思われます。そんな時間にここを歩いている若者の大多数は、近隣のオフィスの勤務者(つまり多忙なので普通は街頭調査に非協力的です。)、大学生、そしてヒマな人や遊び人などです。最近、平日の日中に渋谷駅を歩いた経験のある私が断言して言うのですから。仕事または遊びに忙しすぎて食事どころではない人の多そうな場所であえて調査している・・・もしかして、答えが先にありきの調査ではありませんか?

それに4日間かかってやっと100人のデータが集まったというのも謎です。あの、世界でも有数の殺人的に人間のごった返す駅前で、たった100人集めるのになんで4日掛かるのか?これはですね、つまり保守的で危機管理意識のある人ほど「あのー、調査に協力してくれませんかー?」と尋ねられると、キャッチか宗教かなんかだと思って逃げる傾向があるのですよ。特に渋谷はキャッチで有名ですから。

だから、新宿や渋谷で声をかけられて立ち止まって話を聞く時点で、その人は、キャラ的に平均的な人とは少し違うのですよ。例えば、危機管理意識の低いおっとりした人。このタイプの人は誘導的な質問をされるとその通りに答えやすい傾向があります。あるいは逆に極端な話、腹の中で「調査?暇つぶしに、適当に答えて大人をからかっちゃえ!」と考えている人が混じる可能性もあるのです。

次にこの調査の致命的問題を述べましょう。
それは「若者が米離れをしてる」と証明したいなら、同じ手法で数年ないし十数年前に調査をしておいて、それと比較しなければならないのです。ところがこの新聞の調査ではそういう比較が全くないのです!! 今回の結果だけから判断して、米離れをしていると断言しているのです。数年前やバブル期の新宿・渋谷の若者の方が、今よりも「お米なんて食べてませんよ~」と答えていたのかも知れません。

付け足しですが、調査文面にもかなり問題が。「1ヶ月どのくらいの頻度で米を自分で炊いたか」という設問がありました。繰り返しますよ、「自分で」です。で、この調査では100人中65人が家族と同居または寮住まい等だったのです。
要するに、家族や寮母さんが代わりにご飯を炊いてくれているのですから、「「ほぼ毎日」はわずか6%にとどまり、「炊かない」が62%に上った。」って記述、読者が誤解しませんか?独身の一人住まいの人にしても、コンビニおにぎりとかホカ弁とかを食べるから「自分で」炊かなくていいのです。自分で炊いたかどうかという設問は、米離れの証拠としては何ら採用出来ないデータです。

数字だけ見ているのは危ない物ですね。
なんで今、こんな調査をやったんでしょうね?
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西日本では昔から納豆を食べている?

2016年10月16日 | Weblog

ある雑誌に「よく聞かれる『西日本の人は昔は納豆を食べてなかった』なんて通説はうそ。ちゃんと記録に、西日本でも古くから納豆を食べていたと書いてあります。」という趣旨の記事が載っていました。その記録というのがいつ頃のなんという文献なのか一切書いてないので、なんともモゾモゾした気持ちになるのですが、この記事、糸引き納豆と別の納豆を混同している可能性が高いのです。

今日納豆と言えば、多くの読者が想像するのは「健康に良い」と盛んに宣伝されている糸引き納豆です。確かに西日本の熊本には糸引き納豆を食べる文化があるのですが、他の西日本各県では糸引き納豆はめったに食べませんでした。例えば、1987年に発行された山口米子先生の「日本の東西「食」気質」という研究書でも、このことは指摘されています。同書p60~63によると、関西では糸引き納豆は第二次世界大戦後に広まったそうです。ちなみにこの本によると、熊本で例外的に糸引き納豆を食べていた理由については、加藤清正の逸話にちなむと伝承されているそうです。

熊本以外の西日本では、糸引き納豆は戦後広まった「新しい食品」ですが、その代わり、大徳寺納豆などの糸を引かないしょっぱい納豆や、砂糖で煮込んで作る甘納豆などが古くから存在しました。そして、ここが重要なのですが、西日本では納豆というと暗黙の内に、こうした糸を引かない納豆のことを指すことがしばしばあったのです。

私が子どもの時、テレビのバラエティ番組で、ある人気タレントさんのしくじり談が放送されていましたが、確かこの様な内容です。そのタレントさんが駆け出しだった昭和40年代ごろ、ロケで四国のある県の旅館に泊まり、「僕は朝ご飯に納豆がないと食が進まないので、納豆を必ずかけてください。」と仲居さんに頼んだら、仲居さんは「本当に納豆をかけてよろしいのですか?」と怪訝な様子になりました。翌朝、朝食に出たのは甘納豆がけの白いご飯。ショックを受けたタレントさんが「どうして甘納豆?」と仲居さんに尋ねると、逆に仲居さんの方が不思議がって「当地では納豆といえばこれのことです。これを食べたいのでしょう?」と答えたのでした。

というわけで、冒頭の雑誌の話題に戻るのですが、原稿執筆者が西日本のどの地方の文献を読んだのかは定かでないのですが、熊本の記録を読んで西日本全体がそうだったと勘違いしたのか、そうでなければおそらくその文献での納豆とは、大徳寺納豆や甘納豆などだったのでしょう。

まあ、現代人が古い文献を読む時にはこの手のミスはよくあるのです。いつかそのうち、有名な和食研究者の同じパターンの失敗談もご紹介したいと思いますが、和食文化を研究する際には細心の注意が必要だと痛感し、自戒を込めて書きました。

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水伝と江戸しぐさと身土不二とツタンカーメンの豆は同根。

2016年10月09日 | Weblog
今回は変なタイトルですが、疑似科学の一種「水からの伝言」(通称「水伝」)と、歴史のねつ造である「江戸しぐさ」と、一部の食育指導者によって広められている疑似科学の「身土不二」説と、このブログで8月11日に紹介した「ツタンカーメンの豆」という都市伝説は、ある共通点が有る、ということをこれからご説明したいと思います。

その前にツタンカーメンの豆の話について第二報をお伝えします。
8月11日のブログに書いた通り、世界各地で「ツタンカーメン王墓から発見された豆の子孫」として栽培されている観賞用スイートピー(欧米ではこちらが主に栽培されている。)もしくは食用エンドウ豆(日本ではほとんどこちらが栽培されている。)は、どちらもツタンカーメン王の墓から出た豆ではないのですが、このことについて、著名な作物学者の前田和美高知大学名誉教授が2003年に「農耕の技術と文化」26号においてすでに指摘されていたのだそうです。

にも関わらず、その後この問題提起について学術的に論考した方が他にいなかったので、前田先生は2015年11月発行の著書「豆」(法政大学出版局)において、さらに詳しくこの問題をお書きになられ、「読者の批判と教示が得られれば幸い」とお書きになっているのです。日本人がいかに作り話に対して甘いかを示すエピソードと思います。

この「豆」という本に書かれた研究成果によると、カーター氏がツタンカーメン王墓で発見してイギリスに持ち帰った豆は、ヒヨコマメ、ヒラマメ、野生のメスキート、野生のエンドウ(1粒のみ)、ガラスマメ、野生のレンリソウだったということです。

一方8月11日のブログに書いたのですが、Heraldnet社がRoyal Botanic Gardens at Kew のスポークスマンRajveer Sihota氏に尋ねた所、peaに関しては"Only seven pea seeds"がツタンカーメン王墓から出たとの回答だったそうです。英語では豆をbean(楕円形や腎臓型の豆)、lentil(平たい豆)、pea(それ以外の丸い豆)等に分類するのですが、先述の前田先生の記した豆の中で英語でpeaと呼ばれるのは、ヒヨコマメ、野生のエンドウ、ガラスマメ、野生のレンリソウのみです(メスキートはbean、ヒラマメはlentilです)。

つまり、これらの情報をまとめると、王墓から見つかった7粒のpeaの中には、食用エンドウ豆は一粒もなかったのです。しかも、先のヘラルドネット社のニュースによると、この見つかった7粒の豆はキューガーデンに保管された(つまり蒔かれなかった)ので、観賞用スイートピーの方にしても食用エンドウ豆の方にしても、ツタンカーメンの王墓由来という説はあり得ないのです。

更に、日本で広まった食用エンドウ豆の方の「ツタンカーメンの豆」については、苦笑いせざるを得ないニュースがあるのです。この豆は前のブログに書いた通り、米国人のAさんが日本のある方に寄贈して、「善意の輪」で広がったのですが、この寄贈時の英語の手紙も前田先生は判読して、とんでもない事実を発見しているのです。

それはなんと・・・手紙には、寄贈した豆がツタンカーメン王墓から発見された豆だとは、書かれてなかったのです。書いてあったのは、「ツタンカーメン王墓の近く(beside)で」見つかったとの文章でした。

1980~90年代頃の日本で、「消防署の方から来ました。」といって消火器を法外な値段で売りつける悪質商法が広まり、捕まった犯人は「私は消防署から来たなんて一言も言ってませんよ。消防署の方角にある一会社から来たんです。」といいわけをしたという有名なエピソードがあります。Aさんも日本の関係者も悪気はなかったのだと思いますが、結果的には「ツタンカーメン王墓の方から来た豆です。」という、なんだか消防署の話と似ている話だったという訳です。

さて、水伝と江戸しぐさと身土不二とツタンカーメンの豆の共通点、それは、どれも全て、権威の有りそうな人々の会話や書物を通じて感動と共感の輪を広め、教育の場を介して広まったということです。どんなに感動しても、それらは全て作り話なのです。子ども達の道徳心を養ったり、科学への関心を広げたり、健康な身体を養うという目的で、嘘やでたらめを教えていいのでしょうか。サンタクロースのお話の例があるからいいではないか、と思う人も居るかもしれませんが、サンタさんは、子どもが成長する過程で、「サンタさんは人々の暖かい心の中にこそ居る物で、心の外には存在できないものだ」と悟るものです。一方水伝等は信じ込んでしまったら最後、いつまでも「事実である」として修正されない蟻地獄に陥るのです。私達は後世の人達に、嘘を事実として伝承していいのでしょうか。

嘘やでたらめを使わなくても、私たち人類には、人の心の美しさを学べる様々な歴史上のエピソードがあります。科学の不思議さを学べる様々な自然現象があります。健康を養うのに役立つ科学的な栄養バランスという概念があります。
教育の場で、嘘やでたらめを少しでも減らせるように、教育に関わる方々に、心よりお願いいたします。そのためにこのブログが少しでもお役に立つことを願っています。

10月13日追記:脱字の訂正と、文章の意図が正確に伝わるように一部修正しました。
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雑穀を駆逐したのはお米。

2016年09月30日 | Weblog
先日、ある広告に「食の欧米化が原因で、日本人は雑穀を食べなくなりました。」というトンデモが書いてありました。現在70歳以上の人にそんな話をしたらきっと、「今の若い人は物知らずだね~。」と大笑いされてしまいそうな話です。

実は、日本人が雑穀を食べなくなった最大の理由は、白米食が広まったためです。
その理由を時代を順に追って説明します。

まず元禄時代以降を例に挙げると、江戸の町人やお公家さんや富豪などが白米を食べていたのに対し、地方の農民等は少量の米に大量のアワ、ヒエ、キビ、大麦そのほか大根などの野菜を混ぜたりして食べていました。変な話ですが、そのおかげで農民は食物繊維を取れていたという訳ですが。

明治時代以降、政府は農村で「軍隊に入れば白米を食べられるぞ♪」と勧誘しました。若者達が入隊して白米を食べたら、確かに大変美味しい。それで、何かの折に帰郷した彼らが「白米は美味しいぞ」と広めたので、農村ではますます白米へのあこがれが募りました。

しかし、稲作不可能な地域(例えば麦作地帯など)では、白米食など夢のまた夢。稲作地帯でも、税金を払うためや衣類・日用品・農具購入に必要な現金を得るために、収穫した米を売ると自家消費分に残るのはほんのわずか。結局雑穀などを主体とする食事のままでした。白いご飯が食べられたのはハレの日(お祝いの日のことです。)ぐらいだった地域が多かったそうです。

それが第二次世界大戦中になって話が変わるのです。昭和17年、東条英機首相らは食糧不足問題への対応で、17年2月に「食管法」を定め、国民全員に米と麦を配給するようになりました。こうして、麦作地帯や貧農でも少量ながらお米を食べられる時代が到来したのです。

ただし東条首相らは「玄米を食べればおかずがほとんど要らなくなる。」と唱える二木謙三博士の玄米食運動に惚れ込んでしまい、11月には日本国民は玄米を主食としなければならぬ、と閣議で決定されてしまいます。つまり、ここにおいて法律にて明確に、雑穀は切り捨てられてしまったのです。

でも、配給された玄米のままでは味が悪いので、多くの人はこっそり精米して白米にして食べていたそうです。こうして白米のおいしさが全国に知られるようになりました。(一部地域では戦後になって白米の味が知られるようになった地域もあります。)

戦争末期から敗戦後は大凶作も相まって、激しい食糧不足が起こりましたが、その後社会が安定してくると、国民全体が「白いお米を!」「麦やアワやキビなどの混じってないお米を!」と強く求める様になりました。しかし凶作続きで農村ではまだ麦や雑穀などが頼りの暮らしが続きました。

昭和30年以降、天候が良かったり、社会が安定して用水路や水田が整備され、田んぼが増えて、お米が豊作となりました。配給制度は続いていましたが、一人あたり供給量は増加し、国民が等しく白いお米を沢山食べられるようになりました。その消費のされ方は、戦前からのあこがれの都会式の伝統的和食の食べ方、つまり「大量のお米を少量の塩辛い漬け物と、少量のおかずと汁で食べる」または「お茶漬け」という食べ方です。

このように、都会式の伝統的和食が広まった結果、雑穀飯はすっかり駆逐されてしまったのです。農村出身のご年配の方々にお話を伺うと、「昔は麦飯とかばかりだったが、昭和30年代に都会に出たら白米に味噌汁に漬け物に小魚、という田舎では考えられないすごいごちそうが毎日食べられて。・・それが気がついたら、当たり前の食事に変化したんだなあ。」と懐かしそうに話をされていました。

最近なんでもかんでも「食の欧米化が原因で悪いことが起こった」と唱える説が広まっているようです。こういうことばっかり唱えているのは、無知の印で恥ずかしいことだと思います。「食の欧米化が悪い」というキャッチフレーズを聴いたら、トンデモ説の前振りと思って気をつけて聞いた方がいいですよ。
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変な食育・A市の残念な給食

2016年09月22日 | Weblog
A市に住んでいる知人から相談がありました。市の公立学校で今度の11月と来年初春に奇妙な給食が実施されるとのこと。知人は言います。「学校からもらったチラシによると、多様な宗教や他文化と食物アレルギー児童への理解を深め、みんなで楽しく給食を食べて欲しいという趣旨なので、志はすばらしいのですが、メニューを見ると変なのです。」

早速チラシのコピーを見せてもらい、メニューにびっくりしました。「食物アレルギーのアレルゲン27品目と動物性食品を含まない食事。ただし、代表的アレルゲンの一つである大豆は味噌・醤油の形で利用する」。
A市の教育局の方々には済みませんが、はっきり申しあげると、このメニューでは、世界の代表的な宗教的食品禁忌についても、食物アレルギーについても、正確な理解が出来ません。子ども達に誤解や混乱を与えてしまうことでしょう。

A市にお住まいの保護者の方々がこのブログを見てくださっている可能性に賭けて、この給食のどこがおかしいのか、以下に解説します。A市の方々が「この給食って、本当に教育上有益なのだろうか。」と勇気を出して声にしていただくことを、心の底から願っています。

1.宗教的禁忌について
 (1)イスラム教の場合。
  国や宗派によって多少異なりますが、多くの宗派では「食器も厨房も、一度も豚肉に触れたりアルコールを用いたことがない」ことを求めています。また、料理人には一定のイスラム教徒が居なければなりません。A市は学校給食センター方式なのですが、センターで一度でも豚肉を調理したりアルコール消毒を行っていれば、イスラム教徒はこの給食を食べられないのです。

さらに、味噌・醤油は発酵過程で微量のアルコールが生成しますし、そもそも論として、製造工場では醸造用容器をアルコール消毒するのが通常です。だから厳格なイスラム教徒は味噌と醤油を避けています(このことは9月12日放映のテレビ東京「未来世紀ジパング」でも一部紹介されていました。)。

ですからA市のこの食育で「この、動物性食品を完全に廃した菜食味噌汁定食なら、イスラム教徒の方も安心して食べられますよね。」と指導したら嘘になってしまうのです。A市には多数のイスラム教徒が住んでおり、小学校にも大勢のイスラム圏出身の子どもが通っていると伺っています。味噌や醤油を使用する食事を提供して、イスラム教について正しく理解するのは無理です。

(2)キリスト教の場合。
 肉食を禁じているのはマイナーな一部の教団のみです。そういう教団でもたいてい牛乳や卵は許されています。

(3)ベジタリアンの場合。
 欧米にはベジタリアンという信条を持つ人が居ますが、ラクトベジタリアン(牛乳を飲み乳製品を食べるベジタリアン)やオボベジタリアン(卵を食べるベジタリアン)などがあり、しかもベジタリアンの多数派は、牛乳・乳製品と卵を飲食するラクト・オボベジタリアンです。
ベジタリアンとして有名だったスティーブ・ジョブズ氏はなぜか寿司が大好物だったのですが、実は広義のベジタリアンにおいては、魚も食べてOKだからです。魚を食べるベジタリアンはペスコベジタリアンという名称で呼ばれます。

動物性食品を完全に禁止しているのはビーガンと言うきわめて少数派の人達で、しかも、ビーガンの場合は食だけではなく、毛皮や革靴、皮の鞄、羊毛さえも身につけない厳格な信条を持っています。A市の給食では、ベジタリアン主流派の卵や牛乳を飲食する人達についても正確に理解できないし、厳格に動物愛護を主張するビーガンの人達の切実な気持ちも理解できないことと思います。

(4)仏教の場合。
 よく「天武天皇が675年に仏教に基づいて肉食禁止令を出して以来、日本では仏教によって肉食が禁止された。」という俗説が信じられていますが、これは中途半端な誤解です。実際の天武天皇の詔は、4~9月に限り馬、サル、鶏などを食べるのを禁止する内容であり、逆に10~3月は解禁されましたし、この詔で指定されなかった野鳥、ウサギ、イノシシ、鹿、鯨などの肉は一年中食べられて居ました。

お坊さんは一般論としては菜食ですが、在家信者は肉食を許されていました。法然や親鸞は教義でも肉食を容認して、自ら肉を食べています。また、中国仏教においても、精進料理では卵や牛乳を食べます。ですから、A市の給食を食べても、仏教文化や和食の伝統文化について深く理解するのは難しいことでしょう。

(5)神道の場合。
  鎌倉時代以降、民間人の肉食を許可しています。

(6)ヒンズー教やジャイナ教の場合。
  実は、ヒンズー教徒の多くは鶏肉や魚などを食べています。ヒンズー教の少数派のヴィシュヌ派と、ジャイナ教徒が菜食主義ですが、菜食主義者のインド国内に占める比率は20%ほどです。しかもインドの法律で「乳と乳製品は植物性食品」と定められているので、菜食主義者は牛乳やヨーグルトなども食べるのが通常です(出典:農文協「世界の食文化・インド」p153~159より)。
しかも、インド人はカレー味が非常に好きで、例えば世界中で日本食レストランが人気なのにインドでは出店ペースが遅いと言われるのも、カレー味が好きなあまりに日本食になじみにくい人が多いためだそうです。そういう方々に、牛乳や乳製品抜きの味噌・醤油ベースの味付けの菜食を提供して、喜んでもらえるのでしょうか。A市の提案するメニューでヒンズー教徒の気持ちが理解できるとは思えません。

(7)ユダヤ教について。
 豚肉、貝、クラゲ、カニなどを調理した器具は「不浄」なので使用出来ません。つまり、残念ですが、日本の給食センターの食事はほぼ全て、ユダヤ教上「不浄」な食です。A市の提案するメニューをユダヤ教の人に提供するのは、失礼なことに当たります。

以上のように、提案されたメニューは、結局、ほとんどの宗教的食のタブーについて、正確に理解できないものです。

2.アレルギー対応について
味噌と醤油はタンパク質がアミノ酸に分解しているので大豆アレルギーの人でも食べられるケースが多いのですが、重い大豆アレルギーの人はそれでも発症してしまいます。症状が重い場合には入院の可能性さえあります。アレルギーについて正確な理解を促進したいというのが今回の給食の趣旨だとすれば、味噌と醤油もぜひ避けるべきです。
今回の給食の意図は「みんなで食べる学校給食」という体験をさせることが目的だとチラシに書いてありましたが、重い大豆アレルギーの児童は皆と同じ食事を食べられず、ますます孤独感を募らせることになりやしませんでしょうか。

以上をまとめると、「たった一つの食事メニューで世界の多様な宗教を理解しつつアレルギーに対応しよう。」という考え自体が、実は多様性の否定に他ならないということです。
本気で多様性を尊重する食育を展開したいのでしたら、それぞれの文化やアレルギーに沿ったメニューをそれぞれの方に提供すべきと考えます。全員が同じ食事を取るようにすることよりも、他人と同じものを食べられないという人が居る、ということ自体を子ども達に教えることの方が、多様性の理解促進について重要なのではないでしょうか。もしもA市の保護者の方々やA市の教育関係者の方々が、宗教的多様性の理解促進の重要性や、アレルギー問題について真剣に考えているならば、きっとメニューを再検討していただけると信じて、このブログをしたためました。
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中華料理は日本食だ!?

2016年09月11日 | Weblog
日経新聞8月30日の「日本食レストラン バンコク飽和状態」の記事は、実に重要な事実を指摘していました。
近年「ニッポンすごい!」的お話がテレビや雑誌で大受けなのですがですよね。そうした中では「世界で日本食レストランが増殖している」という説もミミタコ状態です。その根拠の一つとして用いられている特定非営利活動法人「日本食レストラン海外普及推進機構(JRO)」等の調査データでは、実は、中華料理レストランも日本食レストランに計上されていたのです。

記事曰く。JROと日本貿易振興機構(ジェトロ)が15年7月から16年6月までに共同で実施した調査によると、バンコク首都圏の日本食レストランは飽和状態にあり、2015年と2016年で比較すると増加率は1%どまりだった。特に「ラーメン・中華が8%減」であった。

日本式ラーメン(味噌や醤油などをベースにしたラーメンのこと。)を出す店と、中華ラーメン店(「湯(タン)」をベースにしたラーメンです。)を見分けるのは、店の外観からして違うので比較的簡単です。
一方中華料理となると、日本式中華と本格中華の店は、外観もメニューもかなり似ているので、見分けるのは非常に困難ですよね。資本や創業者の国籍で分類するのでしょうか。
「日本人が考案した「焼き餃子」を提供する店は日本食店で、中国古来からの水餃子を出していたら本格中華料理店。」と区別するのでしょうか。でも、焼き餃子と水餃子の両方を出している中華料理店が日本国内に結構あるのです。そういう店が海外進出した場合は日本食店?いや、海外の人の多くは中国料理の店と信じて食べていることでしょう。

気になったので、ジェトロのHPを検索しましたら、バンコクにおけるJROとの共同調査は過去にも実施されており、そこでは中華の項目はない代わりに、「洋食喫茶」が日本食として計上していたのでした。おそらくですが、トンカツやナポリタンやオムライス等を提供する店ならば日本食レストランなのでしょう。前にこのブログで書いた通り、和食研究の大家熊倉先生が、「トンカツは和食だ」とお墨付きをだしていますから・・・。

今回の話は、JROやジェトロに問題があるという訳ではありません。こういう統計だとしてきちんと発表しているので、むしろ、統計を読む私達のリテラシーの問題だと思います。とはいえ、多くの日本人は、「海外で和食や日本食のレストランがブームだ」との報道を聞いた時、まさかそこに中華料理や洋食がカウントされているとは気づきません。したがって、もっとマスコミの方々に積極的に報道して欲しいと思いますし、今回のこの日経の記事が嚆矢となれば嬉しいです。がんばれ日経!
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