
人のせいだと思っている間は
道は開けない
人を責めても、事はこじれるばかり。
実は自分の心の反映、とわかれば
そこが問題解決の糸口となる。
なるほど・・・
間違いなく糸口になりますね。
・・・というか
実は、自分自身が一番わかっている??
自分の“こころ”が理解をしている??
ところが・・・
わかってはいるんだけど・・・
それを思い通りに言葉にしたり
それを思い通りに行動したり・・が
ちょっと難しい時もある??(苦笑)
よくいいますが・・・
相手を変えるにはまず自分から!?
自分を変えるほど容易な事なない!?的な言葉も
そこで自分自身を変えることの出来る自分
そんな自分でありたいと思っています。
人を責める前に・・・
まずは、自分の“こころ”から・・・ですね。
それが自然体でできる人って凄いって思います。(*^_^*)
本当は?私が折れるべきところ・・・
そこで譲歩の一言??
プライドを考えての解決策を提案してくれる人・・・
凄い??巧い??・・・
結果、スムースに事が進むのだからお互いに◎
今年は?意識をして・・・
自分自身が先回り?の出来る人になりたいです。(@_@)
戴いたコメント・・・指図される (FLORA)
自分は、いろいろあれこれ思い付いて動くのが好きなんですが。
現実に目を向けると、OBさんたちや先輩方の常識の範囲内で動いたほうが良いことが多々。
思い付いたことの説明をたっぷりする時間の余裕は、いつもないみたいだし。毎年の行事なのに、打ち合わせだけで手一杯みたいなので。仕方ないです。
相手との関係を考えて指示待ちした方が無難なのは理解できます。やり過ぎるよりは、やらない方が無難。
思うに・・・
OBや先輩方の意見は、自身の経験談としての通ってきた道・・・
さんざ?同じことを考え思い議論をしたモノも多々??
そういう意味での議論済みの事を改めて蒸し返す??
という繰り返しの時間になってしまうのであれば・・・
その時の経緯や課題、問題点そして当時の解決方法を聴くのは◎
ただし、“今”どううごくのか!?
これからどうやっていくのかを決めるのは“今”の人たちの役割!?
毎年の行事・・・
そういう意味でのマニュアルつくり・・・
これは、同じことでの議論(繰り返しの・・・)や
簡単なことでの記憶にたどるモノ?からの脱却(あれどうだったっけ?)(苦笑)
どうしても通らなければいけないモノは、そこに記録として残して置く
記憶ではなく(個人の価値観や曖昧なモノではなく!!)記録!!
そして、それを元にことしはどうするのか?今度はどうするのか?
そこを議論する!!→これがポイントなのかなぁって思います。
良く出る会話・・・
『去年どうだった?』『たしか・・・○○だったような??』
『違う違う、たしか・・・△△にしたはず!?』『でも、結果□□だったよね??』
□□の記録をきちんと残して置けばいい!その経緯も含めて言葉で!って思います。
やり過ぎとやらない悔いは違う、やっておけばよかった!!って言うのなら・・・
やってみたけど来年はどうしよう!という反省をその時にやればいい!って思います。
PTAという世界100%正解があるわけじゃあなく、失敗だって許されるそんな世界
その代りその失敗を生かす?学習をする?組織(大人の学校)であって欲しいです(@_@)











うちの団体も、記録は丁寧にとってあります。記録を得意な人が、毎年一人以上存在します。で、そういう記録をみながら打ち合わせするのですが。
肝要な点は、ごく内輪の人たちだけで場を変えて話して決めているので。記録に載らないんです。仕方ないんだろうと思います。大人数だと、流れを打ち合わせるだけで時間一杯になってしまいます。
職場でも、会議で話せないような微妙な話は、喫煙所で相談している上司が多いです。煙草を吸わない人も立ち会って喋っているのを見かけます。喫みニュケーションの一種。
(例えば、運動会あととしても)
「組体操かっこよかったよ」
「去年徒競走は4位だったけど2位になったじゃん」
ってするじゃないですか。。。
でも、Pちゃん系で、イベントなどの反省会をすると、必ずといっていいほど、
ここが悪かった。
ここでトラブルがあった。
この人ばかりに負担がかかっていた。
などなどのネガティブワードのオンパレードになります。
僕が会長をやっているときには、
問題提起もいいけど、最初はよく頑張ったところから発言するようにってお願いしています。
そうすると、なかなかいい方向で話が進むんです。