昨夜は、雨がずいぶん強く降って、どうなるのかと思いましたが、今日はとりあえず穏やかになっています。
雨が降っていいことは、庭の水まきをしなくていいことくらいですね。
沖縄付近にいる台風は、今後東向きに方向転換するとか…困ったものです。
奈良、和歌山など、前回の台風で大きく被害を受けた地域は、さらなる雨で、復旧はおろか、被害が拡大しそうで、心配ですね。
津波も怖いけど、山崩れも怖い…。
鉄道や道路などが破壊されると、復旧にはかなり時間がかかりそうで、ホントに大変だろうなぁと、胸を痛めるばかりですが…。
そんな中、テレビでは、東京ゲームショウが開催されるとかで、進んだ技術を紹介していました。
こういうものを見るにつけ、なんか違和感を感じます。
ゲームに興味がない者からしたら、「それが何ぼのものやねん!」と言いたくなってしまいます。
ゲームをしようと思ったら、そこそこ時間が必要で、ピアノの練習をしたり、ちょっと語学の勉強をしたり、本を読んだりという時間を取りたいと思ったら、そんな余裕はないのが現実。
息子たちもよくゲームをしていますが、多少の息抜きはいいとしても、無駄だなぁ…と思ってみています。
でも、そのゲームを与えたのは私…。
特に三男は、3歳くらいからやってましたね。
仕事が忙しく、おとなしくしてくれるなら…という気持ちがありましたから、テレビもビデオもゲームも、よく利用しました。
兄弟三人一緒の時は、上の二人が遊んでくれるからいいのですが、学校や幼稚園に行ったりすると、一人…。
テレビやビデオはありがたかったですね。
レッスンしている時も静かにしてくれるし…。
そのうち飽きてくれる…というか、忙しくなったらそれどころではないとという風になるのを待っているのですけどね。
ゲームは、ソフトでもハードでも、作る人はまだしも、やる人は、人が考えたものを操作するだけ…頭を使うとは言っても、架空の世界で遊ぶ…とにかく違和感ですね。
いろいろ便利なものが出てくるにつれて、人が、考えなくなってくるのでは…と、何か不安を感じますね。
便利になりすぎるのはよくない。
そこまで便利にしなくても、生活するには困らないですけどね。
電車の中などで、ゲームやスマホなどに興じている傍ら、本を読んでいる人も結構多いですけど、一生の中でどんなことに時間を使うか、人それぞれでしょうが…。
明日は、ちょっと実家へ行きます。
いろいろあって、あまり知らん顔もできないので…。
実家の両親、お義母さんのことなども、肩にのしかかってくるようで、生き方…いろいろ考えさせられるこの頃です。
雨が降っていいことは、庭の水まきをしなくていいことくらいですね。
沖縄付近にいる台風は、今後東向きに方向転換するとか…困ったものです。
奈良、和歌山など、前回の台風で大きく被害を受けた地域は、さらなる雨で、復旧はおろか、被害が拡大しそうで、心配ですね。
津波も怖いけど、山崩れも怖い…。
鉄道や道路などが破壊されると、復旧にはかなり時間がかかりそうで、ホントに大変だろうなぁと、胸を痛めるばかりですが…。
そんな中、テレビでは、東京ゲームショウが開催されるとかで、進んだ技術を紹介していました。
こういうものを見るにつけ、なんか違和感を感じます。
ゲームに興味がない者からしたら、「それが何ぼのものやねん!」と言いたくなってしまいます。
ゲームをしようと思ったら、そこそこ時間が必要で、ピアノの練習をしたり、ちょっと語学の勉強をしたり、本を読んだりという時間を取りたいと思ったら、そんな余裕はないのが現実。
息子たちもよくゲームをしていますが、多少の息抜きはいいとしても、無駄だなぁ…と思ってみています。
でも、そのゲームを与えたのは私…。
特に三男は、3歳くらいからやってましたね。
仕事が忙しく、おとなしくしてくれるなら…という気持ちがありましたから、テレビもビデオもゲームも、よく利用しました。
兄弟三人一緒の時は、上の二人が遊んでくれるからいいのですが、学校や幼稚園に行ったりすると、一人…。
テレビやビデオはありがたかったですね。
レッスンしている時も静かにしてくれるし…。
そのうち飽きてくれる…というか、忙しくなったらそれどころではないとという風になるのを待っているのですけどね。
ゲームは、ソフトでもハードでも、作る人はまだしも、やる人は、人が考えたものを操作するだけ…頭を使うとは言っても、架空の世界で遊ぶ…とにかく違和感ですね。
いろいろ便利なものが出てくるにつれて、人が、考えなくなってくるのでは…と、何か不安を感じますね。
便利になりすぎるのはよくない。
そこまで便利にしなくても、生活するには困らないですけどね。
電車の中などで、ゲームやスマホなどに興じている傍ら、本を読んでいる人も結構多いですけど、一生の中でどんなことに時間を使うか、人それぞれでしょうが…。
明日は、ちょっと実家へ行きます。
いろいろあって、あまり知らん顔もできないので…。
実家の両親、お義母さんのことなども、肩にのしかかってくるようで、生き方…いろいろ考えさせられるこの頃です。










それぞれの言語には、固有の特色がある。
日本語には、時制がない。それで、未来時制もない。
日本人には未来のことが鮮明には考えられない。構文がないので常に未来の内容は混乱している。
結論も決断も下すことができない。
決断を慎重にするためではなくて、不鮮明で結論が得られないためである。
自分から考えることもできず、他人から伝えられることもない。
未来の内容そのものが、社会に存在しない為である。
未来の内容が脳裏に展開できないので、不安になる。
政治家も一般国民も理想社会の予測が立たない。
政治指導者の指導もない。
金の切れ目が、縁の切れ目としか信じられない。
人は信じられない。金を信じるしかない。
1500兆円の個人金融資産も社会資産となることなく宝の持ち腐れになっている。
金はあっても保育所には入れてもらえないようなものである。
英語の時制は、現実と非現実の内容を分けて考える作業に役立っている。
この作業は、英米の高等教育の課程で行なわれている。
現在時制の内容は現実であり、未来時制の内容は非現実である。
非現実の内容がなければ、人は無哲学・能天気になる。
神の意思に導かれることもなく、政治指導者の構想に導かれることもない。
大人になっても12歳の子供の精神状態にとどまる。
目先・手先にまつわる事柄ばかりを考えて生活することになる。
襲い来る放射性物質に関して、「ただちに健康に影響はない」とだけ説明するのは、ナウな感じのする至言てある。
構想がなければ、備えあれば憂いなしとはゆかない。危機管理は、難しい。
一旦、問題が起これば、無為無策で閉塞感を味わう。
そのうち、何とかなるだろう。と見守る。
何とかならないことを見届けると、諦観に入る。
自決では、生きる力は得られない。
ああ、この世はむなしい。と漏らす。
こうした繰り返しが日本人の一生である。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812