行ったり来たり

日本やブラジルについて感じたことを書きます。

コーヒーやオレンジの呪い

2007年05月11日 | 生活
米国初のテレビニュースを見ていたら、燃料に混ぜるエタノールはトウモロコシから作っている、しかも需要が増えているから精製量を増やすということでした。米国ではトウモロコシを以前から作付けしていたでしょうから、エタノール生産のために転作ということはなかったんでしょうか。

というのも、ブラジルではエタノール生産のために多くの作付けがサトウキビに転作されているんですね。私は2年ほどサンパウロ州で、サトウキビ畑のど真ん中で暮らしたことがあります。四方八方をサトウキビ畑に囲まれた、それも地平線まで続く畑です。収穫前には蛇を退治するためなのか農地に火を放つので、風に乗って空から焦げかすが降ってきます。気付かずに洗濯物を外に出そうものなら洗い直し必至ですよ。そこでは古くからサトウキビを原料とする酒を造っていましたから、作付け量が多かったのかもしれませんが、そのうちサンパウロ州では他の地域でもサトウキビを植えるようになったんです。以前はコーヒーを植えていた土地、オレンジを収穫していた土地、牛を放牧していた土地の多くがサトウキビ畑に変わって行くのを目の当たりにしました。

その理由はただ一つ。「補助金が出る」ってことです。コーヒーやオレンジは市況商品で値段は上がったり下がったりと安定しない。しかも霜害あり病虫害ありだから、1年の努力の結果が作物の収穫じゃなくて膨大な借金なんてことも珍しくありません。その上ブラジルは昔から金利の高い国で、インフレが収まった今でも公定歩合が年率12%ですから、ハイパーインフレの時代は借金して何か事業をしようというのがもはやハイリスクなんで、天候に大きく左右される農業ではコーヒーやオレンジの木なんか切ってしまって、補助金が出るサトウキビに植え替えようとなる経営判断もむべなるかな、と思いますよ。

で、私が当時見聞きした話だと、原油価格が1バレルあたり40ドルを超えたら、サトウキビを原料とするエタノール混合燃料の採算が合うということ。逆に言うとペルシャ湾岸戦争前の水準だった10ドル台なんてのは論外で、エタノールを混ぜれば混ぜるほど赤字を出していたはずです。エネルギー独立の観点から国家が頑固にサトウキビ栽培を奨励した、技術改良のおかげで損益分岐点も有利になったのが今になって日の目を見たわけですけど、それまでの赤字は国民が働いて他分野に必要な投資まで切り詰めてカバーしてきたんですよね。

それで経済の話はともかく、燃料需要に合わせてサトウキビ畑ばかりが増殖するのはどうかという気がしますね。エタノール生産に伴う絞りかすの問題は処理方法が開発されたということだけど、サトウキビ畑では収穫のたびにトラックが荷台からこぼれ落ちた作物を踏んづけ、それが腐って悪臭を放つんですよ。それから農業は単調な割に多少遅くても自分のリズムで仕事ができるのが唯一の救いなんだけど、サトウキビ農場の従業員はそう見えないんですよ。何ていうか...一つの物を大量生産している工場で働いているような、効率に追われている感じなんですよね。私が運転免許の学科試験を受けるために朝4時半に出かけたら、既に数十人が道端で農場のバスを待っていて、その表情は「作物を刈り取る」というよりむしろ「シフトに入る」でしたよ。ただただ日々の給金のためにひたすら地平線まで続くサトウキビを刈り取って、しかも十分に腰をかがめずに地表面から苗を少しでも残して切ると監督から厳しい叱責を受ける、農場は農場で(地表すれすれで刈り取れない)自動収穫機を買うよりも安い労働力を使った方が得だという時代でしたけどね。

だからNHKが前に放送したブラジル東北部のサトウキビ栽培についての番組もどうなのかなって。たしかあの番組では乾燥気候のおかげで厳しい農業経営を強いられる東北部に「恵みのサトウキビ工場が来た」という印象が先行していたような感じがあったけど、もともとあの地域では気候よりもむしろ、絶大な権勢をふるう大地主と、生きるだけで精一杯の大多数の貧農の格差があまりにも大きいことがずっと前からの主要問題じゃないですか。それを、大地主の専横はそのままに、「サトウキビを植えて水を撒け。灌漑費用は国が出す」では何かピントがずれてるんじゃないですか。そのうち切られたコーヒーやオレンジの呪いが来て「ニューエネルギー誕生・レシプロエンジンの時代は終わりました」とかなったら、いったいあの土地はどうなるのかなって思いますよ。

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