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ガラシャ祭ののぼり 2 ~恵解山古墳には…~

もうすぐガラシャ祭。

街中では祭ののぼりや垂れ幕が立ち並び、

お祭りのムードが高まってきました。

そんな中、恵解山古墳だけはちょっと違っています。

恵解山古墳に立っていたのは、ガラシャではなくキキョウの紋ののぼり。



なぜでしょう?

それは、「キキョウ」に秘密がありました。

キキョウは、細川ガラシャの父・明智光秀の紋なのです。



ガラシャ祭のためにバンビオ広場に登場したちょうちん。

このちょうちんの下部分を見てください。

キキョウと、丸を集めた紋様がありますね。



明智家のキキョウの紋。



丸のほうは「九曜紋」と言い、ガラシャの嫁ぐ細川家の紋です。

キキョウの明智家から九曜紋の細川家に嫁いでいく様子を再現した、

ガラシャ祭を象徴する紋様なのですね。

でも、恵解山古墳には明智家のキキョウしかありません。なぜでしょう?

明智光秀といえば、すぐに思い浮かぶこと。

それは、「本能寺の変」ですね。

本能寺の変の後、だれが天下を取るか?

で明智光秀と豊臣秀吉が戦ったのが、

「天下分け目の天王山」で知られる「山崎合戦」。

その山崎合戦において、明智光秀が陣をかまえたのが

恵解山古墳の位置だったのではないか、

と近年新しい説が立てられたのです。



恵解山古墳の頭頂部には、このことについての説明板もあります。

恵解山古墳は、古代だけではなく、

天下分け目の際にも歴史の大舞台に立っていたのかもしれませんね。

※恵解山古墳と山崎合戦については、こちらでもふれています
(PDFデータ。「広報長岡京」平成26年10月15日臨時増刊号)

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