MMRの「知ったかぶり」音楽ブログ

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ノット×東京交響楽団の「復活」~第652回定期演奏会

2017-07-15 23:01:19 | コンサート

今日は、待ちに待ったマーラーの「復活」の日。ということで、またまたミューザ川崎に行ってきました。

サマーミューザ仕様になってました。今年は行けなくて残念。

    

今日のプログラムは、

  1. 細川俊夫「嘆き」~メゾ・ソプラノとオーケストラのための(ゲオルク・トラークルの詩による)
  2. マーラー交響曲第2番ハ短調「復活」
指揮:ジョナサン・ノット/合唱:東響コーラス(合唱指揮:冨平恭平)/ソプラノ:天羽明惠/メゾ・ソプラノ:藤村実穂子/コンサートマスター:グレブ・ニキティン

人の生と死、そして復活。というもの。チケット完売で、人がいっぱい。会場内に入るのも一苦労でした。

    

1曲目。「東日本大震災の津波での犠牲者、特に子供を失った母親たちに捧げられる哀悼歌」と作曲者・細川俊夫が語る「嘆き」。初演は2013年8月25日、ザルツブルク音楽祭において、アンナ・プロハスカのソプラノ、シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団の演奏で行われました。今回、この曲を予習する日にあたり、この時の演奏を繰り返し聞きました。

メゾ・ソプラノが歌うにしては、キーが高いと思ったら、案の定今回演奏するのは、今回ソロを務める藤村実穂子のために新たに書き下ろされた、メゾ・ソプラノのための改訂版だそうです。曲の感じは大差ないと思います。改訂版の方が深みがあるかな?なお改訂版の初演は、2015年5月27日、藤村実穂子のメゾ・ソプラノ、広上淳一指揮京都市交響楽団により行われました。

今日の演奏会では、作曲者・細川俊夫さんも会場内にいらっしゃいました。


プログラムノートを引用しながらまとめると、

『テキストはザルツブルク出身の詩人ゲオルク・トラークル(1887-1914)のもの。彼は表現主義の詩人で、象徴主義の影響を受けた色彩感のある詩作を残した。第一次世界大戦に際して薬剤士官として従軍したものの、惨状を目の当たりにして精神に異常をきたして、27歳で自ら命を絶った』そうで、この「嘆き」の詩は早すぎた最晩年の作。

前奏に続いて、トラークルが死の前に雑誌編集者のルートヴィヒ・フォン・フィッカーに宛てた手紙の文面が歌われます。感情を押し殺したような朗誦形式の歌唱に始まり、救いのない心の痛みが時折吐露されます。まさに惨状を目の当たりにしたかのような間奏があり、「嘆き」の詩を歌います。現実を目の前にした慟哭の言葉が劇的につづられていく。風鈴などの鐘の響きが魂の浄化を促し、祈るように曲が終わります。

戦禍の現場で立ち尽くすトラークルの絶望と、津波で子供を奪われた母親のやり場のない怒りと苦悩と繋がり、自然と人間の尽きることのない相克が浮き彫りにされる。


細川俊夫さんの他の曲同様、目の前で起こっていることを想像できるほど描写的で、色彩的。この曲でいえば、惨状を目の当たりにした時の人の感情や、大きな音のうねりが津波であったり、物が次々と破壊されていくような状況であったり。恐怖の音楽のあとの、静かな鐘の音はまさに魂の浄化。こういう繊細な表現方法は、やっぱり細川さんでしかできない。実はファンで、いろいろCDを買ってるんです。

ノット監督は、同時代の作曲家の作品を数多くこなしており、この演奏でも事細かな表現方法がうまい。藤村さんは初演者でもあり、表現の仕方もうまい。まさに作者が乗り移ったかのような感じでした。

    

休憩後は、とうとうマーラーの「復活」

初めて生で聴いたのが、3年前の日本センチュリー交響楽団の東京公演。飯森範親さんの指揮で、山形交響楽団のメンバーも何名か参加していました。この時は、お昼ご飯を食べたばっかりで途中眠気を催してしまったということもあり、今回の演奏会は、まさにリベンジ。

この公演のために、ノット&バンベルク交響楽団のCDを購入。またマーラーのCDが増えました。


第1楽章は「葬送」という交響詩でした。交響曲第1番「巨人」の登場人物の『葬送』ですが、今回の演奏会では、1曲目に登場した詩人トラークルの「葬送」であり、大震災の津波で犠牲者の「葬送」でもあり、実にうまくつながっていますね。さすがノット監督。CDで聴いた通り、テンポのメリハリがあり、音の強弱もはっきりしているので、暗くもなく、重くもなく、見通しが良い。全てがフィナーレ「復活の賛歌」に向かっている感じなのかもしれない。


第1楽章が終了して、しばしの休憩。そして合唱団が入場。オルガン下のP席に陣取ります。

ソリスト二人も登場。弦が左から、第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンとなっており、ソリストの二人はヴィオラの後ろ(舞台に向かって右側)に陣取るというユニークさ。こういう配置は初めて。

そして面白いことに、第2楽章からフィナーレまで、切れ目なしで突っ走ります。第2楽章は美しいアンダンテ・モデラート。ちょっとした間奏曲。静かに終わったと思ったら、続けて第3楽章のティンパニの強打。第2楽章と第3楽章の対照性を表現。それとも第2楽章を否定しているのかな?

切れ目なく続く第4楽章は、藤村さんソロの「原光」。奥深い声が響き渡ります。

そして切れ目なく第5楽章へ。ここは最近の東京交響楽団の絶好調ぶりが十分発揮されたんではないでしょうか。4管編成の曲なので、恐らくメンバー全員舞台に乗っているんでしょう。首席奏者2人そろい踏みも珍しい。舞台裏(今回は4階の扉の向こう?)のバンダの演奏もバッチリ。すべてがほぼ完ぺきだったんじゃないかな?

合唱団は前半は座ったままで歌っていて、これも珍しい。それにしても合唱が入る所は、いつも息を止めてしまう。若干のずれはあったものの、とても気持ちいい場面でした。フィナーレの大合唱の所で全員立ち上がりました。こういう演出、良いかもしれない。オーケストラと合唱に、オルガンの響きが加わって、ミューザ内は音の洪水で満ち溢れました。感動。感激。感涙。こういう演奏を生で聴けたのは、本当に幸せでした。


ノット監督は最後まで冷静さを失わず、分かりやすくフィナーレまで導いてくれました。バーンスタインだったら、最後の最後で自分を失ってます。きっと。

    

結果、フィナーレの「復活」に重きを置いた演奏会になりました。これで魂が浄化されたのかもしれない。ノット監督のプログラムは、本当に面白い。考えさせられる。

今回の演奏会で、サントリーホール定期のミューザでの演奏は終了。9月からは、サントリーホールに戻ります。うれしいなぁ。お財布にも優しい。でも、良い席で良かった。

次にミューザに行くのは、9月の名曲全集です。


明日も、マーラー祭り!です。では。

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