生きる

一度しかない大切な人生!
自然の中に身をゆだねて、めぐり合ったもの達と、毎日を静かに、楽しく過ごしたい!

トンイ 32、33、34話

2011-11-29 16:09:14 | 日記
宮廷では重臣達がトンイを尚宮にすることに猛反対。王妃ヒビンはトンイを尚宮する代わりに兄ヒジェを解放するようにと王に懇願、王はその取引に応じる。トンイに仕える内人達が原因のわからない流行病が発生。これは王妃の母がトンイを貶めるために仕組んだ罠だった。トンイは王妃にこの病の原因を突き止めるゆえ時間がほしいと申し出る。

王妃はトンイに、世子の命をも奪いかねないこの事件を収拾するために何をかけるかと言う。トンイは自分の命をかけると答える。
そしてその原因が宮女たちが使う化粧品にある事をつきとめる。
その頃謄録類抄の原本を守ってくれたシム・ウンテクを助けるために義州に向かっていたソ・ヨンギとチョンス。ヒジェの部下の手からシムを助ける。
しかし清国の使節団が都に向かっていた。世子の酷命を運んで来たのか?

そう清国の使節団は世子の酷命を届けに来たのだった。
しかしヒジェが渡した騰録類抄が偽物だと知っていた。そしてヒジェにこの事実を王に告げると迫る。王妃は密かにトンイがこれを握っていると直感。トンイを側室するよう王に申し出る。しかしそれにはトンイの生い立ちをしる必要があった。
悩むトンイ。チョンスはトンイが剣契の首長である事を隠すために動く。
同じくトンイの素性を疑っていたソ・ヨンギ、トンイが自分の友であった剣契の首長チェ・ヒョウォンの娘である事に気づくのだった。

この話トンイがいかにも活発に動き回っているように描かれているが、実際はトンイは自分の身分が低いため、後の王になる息子を産んだあとも、目立たないように息子に言い聞かせ、静かにそっと生きたとある。
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トンイ 31話

2011-11-07 19:50:56 | 日記
粛王はトンイを寵愛しているが故に尚宮の地位につけるのだと宣言。
それによりトンイに重臣達が手をだせないようにした。
わけもわからず礼服を着せられて入宮したトンイ。
粛王は指輪を渡しトンイに対する気持ちは本当だと告げる。
自分の身分を隠したままその気持ちを受け入れてよいのか戸惑うトンイ。
父と兄の命日に宮廷を抜けだし、二人の最後の場所である絶壁へと向かう。
チョンスはトンイの気持ちを尋ねるが、粛王を思っているのを知り、王にトンイの居場所を教えるのだった。そしてトンイは王の気持ちを受け入れようと決心する。
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トンイ 30話

2011-11-01 17:27:31 | 日記
粛王たちの罠にかかったヒジェは捕われ、拷問による尋問を受けるが自白しない。
ヒジェが捕われたと知った妹の王妃ヒビン。
粛王のところに行き、無実を訴えるが王は聞く耳を持たない。
王の心がトンイにあると知ったヒビン。
王妃ヒビンを支持する南人派の重臣たちは、王にトンイの取調べのために差し出すよう求める。その事を知り宮廷に行くことを求めるトンイ。
粛王はトンイを守るために彼女を承恩尚宮にする命令を下すのだった。

この粛王の母、明聖王后は非常に激情型で感情的に振舞う事が多かったそうだ。
彼女の夫、18代顕宗には側室が一人もいなかった。この王后一人で粛王も一人息子だった。
この当時としては珍しい事だった。

粛王は商業の発達がないと暮らしがよくならないと見抜いた。そしてその発達を促した等
功績が多い。
しかし一方女性遍歴が激し過ぎた。粛王には正妻だけで六人もいたそうだ。
その中の一人がチャン・ヒビンだった。粛王が女性に対して優柔不断だったためだ。
粛王の治世は46年も続き、その子21代王、英祖(イサンの祖父)の治世は52年で、朝鮮王朝一位の長さに続き、粛王の治世は46年で二番目に長かった。
ヒビンの息子、20代景宗は病弱でわずか4年在位だった。

トンイ(スクピン・チェ氏)については全く文献がないそうだ。
強い心を持って運命を変えて行った女性だったのだと痛感した、とはトンイ役のハン・ヒョジュの感想です。
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