ぽよん日和

日々の小さなしあわせ・・・

ありがとう

2012-12-31 11:08:12 | 兄妹育児

去る12月13日午前10時38分頃、最愛の主人が永眠しました。

主人は、まるで寝ているような静かで穏やかなお顔をしていて最期は、微笑んでくれているようにも見えました。

 

 

 

10月に一時退院することが出来て2週間だけ家族での生活も出来ましたが

それからは、日に日に変わる病状に私自身もブログを更新する暇もなく

今日になってしまいましたが...

私自身の気持ちを整理するためにもまた時間を見つけて

主人との時間を記事にしてみたいと思っています。

 

主人も私たち家族も本当に苦しかったこの時間をたくさんの方たちの支えや励ましがあって

前向きに過ごすことが出来ました。

主人とも生前に 『 私たちって本当にしあわせなんだね。 』 って

しあわせを実感する日々でもありました。

これからは、主人の強さと優しさとそのがんばりに負けないように

私たちも今日という日を精一杯生きていきます。

 

 

 

○○さん、私たちのためにいつもがんばっていてくれてありがとう。

愛しているよ。

本当にありがとう。

 

心からの愛と感謝をこめて

 

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抗がん剤 2回目

2012-10-14 11:56:12 | 兄妹育児

9日(火)に無事転院しました。



子ども達は、予定通り7時過ぎからキッズステーションに預け1人で病院に向かいました。

病室に入ると主人は、ベッドに横になっていて退院の準備が整うまで体力温存していました。


前回の転院と違って杖を使えばゆっくりだけど何とか歩けるので

病院の出入口にあるタクシー乗り場まで自力で歩いてタクシーでの転院でした。


転院前の数日間で体調も悪くなってきていて夜も眠れていないから当然、食欲もなくて

見れば見るほどまるで別人のようにやつれていました。

それでも久しぶりに見る外の景色がうれしいらしく タクシーの中から見える景色を2人で楽しみました。



病院に着いてすぐに病棟に向かうとお世話になっていた看護士さん達が

主人の歩く姿を見てよろこんでくださって

主人もやっとがんの治療が出来るということに安心したと言っていました。

気持ちが落ち着いたせいもあってか私が入院の手続きや荷物の整理をしているうちに寝ていて

そうこうしてるうちにすぐお昼ご飯の時間になりました。



主治医の先生からは、その日のうちに抗がん剤を始めたいと話があり

私達もそのつもりでしたが主人の抗がん剤は、副作用軽減のためにも事前に必ずビタミンの投与を必要とするのですが

残念ながら転院前の病院でその投与がなされていなかったので

急きょ、ビタミンの投与から始めて週明けに抗がん剤の予定になりました。



でもその間にも発熱やしこりの増大、痛みがあり血液検査でも血栓の値が悪くすぐに24時間体制で

ヘパリンが点滴投与されることになり週明けを待たずに12日(金)のお昼から抗がん剤の点滴投与も始まりました。

13日(土)は、早くも副作用で1日体調が悪かったらしく

私が夕方、病室に行った頃ようやく少し顔色が戻ったのだと看護士さんが教えてくれました。



今日は、息子の幼稚園で小学校主催のお祭りに歌と躍りの発表会で参加する行事がありお祭りも楽しんで

病院には、夕方から行って来たのですが

やはり抗がん剤の副作用で体調が悪く食欲もなくて辛そうでした。

午前中には、オシッコも出なくなっているということで利尿作用のあるお薬も出たそうです。



抗がん剤の投与は、今日の夕方で終わってかなり大きくなってきていたたくさんのしこりも

少しずつ小さくなってきているようなのでこれから少しずつでも体調も良くなると良いなと思います。





それから今を必死で生きようとしているお友達、ご家族も一緒に必死でがんばっていますから

私達も貴方の生きる力を信じて祈っています。

貴方は、主人の支えであり希望でもあり、そして何より大切な真の親友です。

貴方の生きる力を信じています。

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転院

2012-10-08 23:00:07 | 兄妹育児

明日、元々入院していた病院に転院で戻ることが決まりました。

 

主人の術後の経過は、ゆっくりですが順調でした。

痛み止めが効くようになって食事を完食することも増え

時には、食べたい物のリクエストをしてくれて子ども達と一緒に食べたり

院内の売店に一緒に行って気分転換にお散歩したり。

最初は、車椅子での移動でしたが今は、歩行機で歩いて移動です。

でもまだまだ体力的に十分では、ないので短時間でのお散歩。

それでも子ども達は、大よろこびだし、主人もうれしそうです。

病室のトイレくらいだったら1人で歩いて行けるようにもなりました。

 

シャワーの後やリハビリの後は、かなり疲れるので

午後は、横になって休んだり寝ていたりすることも多いのですが

ただ4、5日前からは、リハビリの疲れとは別に身体がだるいと言うことが多く

夕方から微熱続きで体調も悪く食事もあまり取れないことが増えてきました。

術後、見つかったしこりも大きくなっていて他にも数ヵ所にしこりがあることに気が付きました。

主治医の先生にもしこりが大きくなって触ると痛いことや体調が悪いことは、伝えていました。

でも術後の傷口がきれいにふさがっていないと抗がん剤の治療も始められないし

まずは、血液中の炎症反応がなくなったら1度退院して家に帰っても良いと言われたのですが

主人の体調が目に見えて悪くなっていくし、体力的にもまだ万全でない上に

また腫瘍が大きくなっていることが気になるから早く抗がん剤治療を再開して

その上で一時退院した方が安心だと主人が言うので

先生の1度退院しても良いというお気持ちは、うれしかったのですが

転院でそのまま再入院することにしました。

 

 

この数日で転院が決まったのですが今の病院は、整形外科なので

がんのしこりで体調が悪くても痛くても痛み止めを出してもらえるくらいで何の治療もしません。

私的には、院内の呼吸器内科で診てもらってリハビリしながらがんの方も診てもらえれば良いのに

と思っていたのですが元々いた病院からの紹介で入院しているので

そう簡単に診てもらう訳にもいかないのでしょうね。

2つの病院の主治医の先生方が話し合ってリハビリも継続するということで

元いた病院での抗がん剤治療のための転院が決められました。

 

息子は、土曜日が運動会だったので明日は、振り替え休日なのですが

転院先の病院に個室の空きがなくて大部屋だし朝も早いので

兄妹で早朝からキッズステーションに預かってもらうことにしました。

 

そうそう、運動会は、親子でけっこう出番が多くて忙しかったけど楽しめました。

合間に私が撮れるだけビデオ撮って病室に持って行ったのですが

主人の体調が良くないのでまだちゃんと見れてないようです。

転院先では、抗がん剤の点滴が入ってまたしばらく身動き出来ないだろうから

ビデオだけど運動会で息子の成長を見て元気もらってくれたら良いなと思っています。

 

2回目の抗がん剤も上手く効いてくれますように...☆

 

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ホームシック

2012-09-25 23:08:05 | 兄妹育児

今日は、久しぶりにだんな様から早朝メールが届きました。

 

術後、やっとよく眠れるようになってスッキリ目が覚めたらちょっと寝ぼけてしまったらしく

声に出して 『 ○○ちゃん 』 と私の名前を呼んで

我に返ってまだ病室だと気が付いたのだけど急にお家に帰りたくなってしまったようです。

 

今朝も息子を幼稚園に送ったその足で病室に向かいましたが

この数日、お天気が不安定で朝から今にも降りそうな感じだったし電車もまだ結構混む時間だったので

ホントに久しぶりに娘をおんぶして行くことにしました。

途中、空きがあれば座席に下せるしね。

なんて思っていたけど結局、1時間立ちっぱなしでやっぱり重かった。

 

でもおんぶしてたおかげである意味身軽だったので病室には、割と早く着くことが出来て

だんな様の午前中に予定されてるリハビリ前に会うことが出来ました。

今日も一生懸命自分でベッドから起き上がって車椅子に身体を移して

笑顔でリハビリ室へと向かいましたよ。

私と娘は、病室で梨をむいて食べたりだんな様のベッドにゴロンとしてみたり

もちろん、ベッドにゴロンとするのは初めてですけど。

そうしてるうちに病室のドアが開いて看護師さんに笑われてしまいました。

私もすっかり娘と一緒にゴロンとしていてそのまま寝ちゃいそうだったし。

 

でも約1時間のリハビリ後は、だんな様もかなり疲れているので

お父さんのベッドにいるのがうれしくて、でもちょっと眠くなってきた娘には、持ってきたお弁当を食べさせながら

ベッドは、だんな様に返してお昼ご飯までの短い時間だけど横になって休憩してもらいました。

今日は、ひじ掛けも何もない椅子から自分で立ち上がるところから始まったらしいのですが

その支えが何もない状態で立ち上がるのも最初、どうやって立ち上がったら良いのか分からなくて困ったって言ってました。

それから歩行器で120mくらいゆっくりだけど自分で歩いたそうです。

これからリハビリで歩くにあたって運動靴を用意するように言われたって言ってました。

 

そうこうしているうちにだんな様にもお昼御飯が来たので

だんな様は、車椅子に移って娘と私もその横に椅子を並べて

本当に久しぶりに親子でテーブルに並んでお昼を食べることが出来ました。

息子がいないのは、残念だけどまたチャンスは、あるしね。

で、娘もかなりうれしかったらしく自分の椅子に立ち上がってアッという間に

横にいるお父さんのひざの上に座っちゃってて。

私は、だんな様が辛くなければ少しくらい大丈夫かなって思っていたのだけど

だんな様は、うれしかった反面、急に悲しくなってしまったらしく

久しぶりにお父さんのひざに座れて 『 だっこ!だっこ! 』 とよろこんでいる娘に

『 ごめんね、お父さんも本当は、抱っこしたいのにちゃんと抱っこしてあげられなくて。 』

って顔を歪ませてました。

 

午後は、2時30分から久しぶりにシャワーの入浴予約が入っていたので

食後は、もう眠くなってきてる娘をだんな様のベッドにゴロンとさせて

だんな様ももちろん横になって何とか入浴までに寝かせようとしていたのですが

久しぶりにお父さんとゴロンとしてるのもお父さんのベッドにゴロンとしてるのも

もううれしくてうれしくて仕方のない娘は、眠いのに眠れなくて...

『 ○○ちゃん、 おかあさんとねる! 』 と3人で寝たいというので私も端っこに何とか無理やりゴロン。

でもあまりにも寝ないでゴソゴソ遊んでいるのでついつい私が

『 ちゃんと寝れないならベッドから下すよ! 』 って言ってたら

やっぱり眠いものだから 『 わぁ~ん 』 って泣きながらそのまま爆睡。

そしたらだんな様が 『 ○○ちゃん、ごめんね。 』 って娘の頭をそっとなでながら泣いていました。

娘が泣いてるそもそもの原因が自分だから悲しい。

娘が悲しいって泣いてるって。

『 でも病気になったのは、○○さんのせいじゃないやん。 』

って言いながら私も涙があふれた。

誰も好きで病気になる訳じゃないし、病気になったことには、何の責任もないのに。

今まで出来なかった自分で起き上がったり立ち上がったり...

ほんの少し出来ることが増えて、辛かった転移した背骨の激痛が緩和されたことで

余計、自分の置かれている状況や家族の状況が悲しく思えて仕方なかったんだと思うし

改めて早く家に帰りたいと思わずには、いられなかったんだよね、きっと。

 

そのうちに看護師さんが入浴前の痛み止めを持って来たので

( 何か動作をすると転移した箇所の痛みも激しくなるので動作がある前に必ず痛み止め服用 )

娘もちょっと起きたけどそのまま爆睡状態だったのでそのまま寝かしておいて

時間に合わせて車椅子でお風呂に移動しました。

そうそう、入浴前に右手に残されていた点滴用の針も抜けました。

男性の看護師さんがお風呂にセッティングされてある入浴用の椅子にだんな様が座ったことを確認したら

私と交代して私がだんな様のお風呂の介助です。

入院中の入浴は、ベッドの上で洗ってもらったり、寝たままお風呂で洗ってもらうしかなかったので

シャワーとは言え、自分で座って出来ることがあるのもうれしかったみたいです。

動かせなかった脚には、かなり垢が溜まっていて何度こすってもどんどん垢が出てくる感じで

30分しかないけど洗えるだけ洗いました。

背中の傷は、まだ傷当てパッドで保護されていて直接は、見てないけど

結構、大きくて金具が入っているせいもあるのか普通よりその部分が異様に飛び出しているように見えました。

だんな様もスッキリして気持ち良かったってよろこんでいてうれしかったし

これからは、要介護ではなくなるので自分である程度自由に入浴の予約が取れるとよろこんでいました。

 

そして入浴中に左の脇の下の方にしこりが大きくなっているのを見つけました。

以前あった脇の下のしこりよりもっと下の方だしピンポン玉くらいに大きくなっていたから

別の部分への転移だと思います。

入院しているのは、整形外科ですが病院は、がんも専門にしている所なので

主治医の先生に相談するように私からも言いました。

転院する前の先生方のお話しでも病状に合わせて抗がん剤も処方出来るということだったし

お休みしていた2クール目の抗がん剤がいつどのタイミングで始められるのかも気になっていたから。

背骨の手術も生きるために大切で重要なものでしたが抗がん剤の使用にも命かかってるし

手術が成功してリハビリが順調に進んだら主治医の先生がすすめて下さったように

1度退院して家に帰りたいと思いながらもがんの進行具合も気になるから

退院したら家に帰らずにそのまま元の病院へ行った方が良いかもしれないと思っていると言っていました。

後は、先生方の判断にお任せしてリハビリに専念しながら自分の身体と向き合うしかありません。

 

帰りは、だんな様が自分で車椅子でゆっくり移動しながらだけど

エレベーターまで来て見送ってくれました。

娘もよろこんでエレベーターの中から 『 バイバ~イ!! 』 って手をふっていました。

私も別れるのは、ちょと寂しいけどうれしかった。

 

 

明日は、リハビリ用の運動靴を持って4日ぶりに息子も連れて病室へ行きます。

毎日 『 今日、お父さん元気だった!? 』 って聞く息子にも早くだんな様が自分でがんばってる姿を

見せてあげたいし、見てほしい。

 

明日もまた何か1つでもうれしいこと見つけて笑顔でいられますように。

 

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リハビリ開始

2012-09-24 22:36:43 | 兄妹育児

昨日は、看護師さんにお願いしてベッドから車椅子に移してもらって

食事の間の短い時間だけ車椅子に座っていただんな様ですが

今日から午前中にリハビリが始まって手すりにつかまりながらゆっくりと歩く練習もしたそうです。

 

まるで赤ちゃんのつかまり立ちと同じだって笑っていたけど

今までほぼ1ヵ月以上も寝たきりの生活を強いられて、食事も思うように摂れていない状況だったので

一見大人の男性の脚とは思えないほど弱々しくか細くなってしまっているだんな様の脚と体力では

かなり疲労も激しく根気のいるリハビリだっただろうと思います。

ベッドの上に腰かけてただ起き上がっているだけでも今のだんな様には、リハビリの一環になると

先生にもそう言われたそうなので私が部屋にいる間にベッドに腰掛けて新聞や漫画雑誌を読んでいました。

久しぶりに見るだんな様の普通に起き上がっている姿に感動。

しかもそれが今迄みたいに苦しそうじゃなくてホントに普通な感じで。

 

ただ、その後ろ姿には、背骨に沿って縦にかなり大きな傷当てクッションが貼ってあって

あぁ、やっぱり背中切ったんだなって改めて大きな手術をしたんだなっていう

うれしいとも哀しいとも言えない複雑な気持ちを感じずには、いられませんでした。

 

それから今日は、自分で何とかベッドから車椅子に移って食事の準備してました。

もちろん看護師さんにも車椅子を支えてもらっていたりしていたけど

昨日みたいに看護師さんが身体ごと支えて移すのと違ってだんな様自身の力でがんばっていました。

私たちが毎日、何気ない動作をしたり歩いたりしていることで保たれている筋力を

これからかなりがんばって元に戻るように鍛えていかなくちゃならないんだものね。

焦らず、気負わず毎日少しずつで良いから自分で出来ることを増やしていこうね。

 

そして歩く練習が出来たことで手術前から付けられていた尿管がやっと外されていました。

私も不妊治療時代に1度だけ付けられたことがあったけど

これってず~っと違和感があって気持ち悪いし、痛いのよね。

だんな様は、術後の痛みが酷くてそれどころじゃなかったと思うけど。

 

 

 

で今日は、夕方から採血とCTとレントゲンの検査があってレントゲンの検査の結果

肺の状態が転院前と変わらずで良くも悪くもなっていなかったということで

心配されて鼻に付けられたままになっていた酸素の管も夜になってようやく外されたと

夜になってだんな様から連絡がありました。

あと術後の背中の傷がムズムズ痛痒いって言ってました。

ようやくこちらも自然治癒しようとしてるんだろうね。

まだずっと微熱ある状態続いてるしね。

 

今は、まだだんな様の体調も落ち着いているように見えるけど

リハビリは、もちろん、今回の手術のために延期している抗がん剤治療の2クール目も

いつから始めることになるのか気になります。

リハビリ後に退院が可能になるのかも気になるし。

 

これからがまたいろいろ大変だろうけど希望を持って歩いて行こう。

 

 

 

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苦しくても前を向いて

2012-09-23 23:59:20 | 兄妹育児

術後2日目も息子を幼稚園に送っていったその足で病院へ向かいました。

 

本当は、息子もお父さんに会いたいし、だんな様も息子に会いたいに違いないのですが

自分の辛い姿は、出来るだけ見せたくないというだんな様の思いもあるし

お父さんが心配だけど苦しんでる姿を見るとやっぱりショックな息子のことも考え

だんな様の状態がもう少し落ち着くのを待って息子を連れて行った方が良い気がしていました。

 

 

病室に入るとだんな様は、よく寝ていて反応がないので睡眠薬か何かの薬の影響のようにも思えました。

とりあえずナースステーションでその日の様子を聞いてみると

やっと何とか痛み止めが効くようになってきたので2日間一睡もしていせいもあってその影響で寝ているとのこと。

予定されていたリハビリは、やっぱり延期でした。

病室に戻るとだんな様の意識が少し戻って手術中から背中から出ていた3本の管が外れて

かなり辛さも軽減したと言っていました。

ただ術後の翌朝に外れていた酸素マスクの代わりに鼻に酸素の管が付けられていて

時々、酸素濃度の数値が悪くなることがあるからだということでした。

意識は、ほぼ朦朧としていてちょっと意識が戻っているかなと思うと

すぐに意識がなくなって寝ているという状態を繰り返していました。

相変わらず唾液が出なくて口が渇くせいもあって、しゃべってもろれつが回らず

定期的に水分を含ませないと苦しそうにしていました。

もちろん、まだ食事も摂れないので水分と点滴で過ごしていました。

この日も痛み止めが効くようになってきたことに少しホッとしながらも

後ろ髪をひかれる思いで帰路に着き息子を迎えに行って

久しぶりに子ども達と家でゆっくりと晩ご飯を食べました。

 

 

術後3日目、土曜日で幼稚園もお休みだし息子もお父さんに会いたがっているし

だんな様の状態も随分良くなってきているようだったので

お昼前に家を出てだんな様のお昼ご飯に間に合うように病院へ向かいました。

 

病室に入るとだんな様の意識は、相変わらず朦朧としていましたが

昼間、寝てしまうと夜の痛み止めが効かないかもしれないし眠れないかもしれないからと

看護師さんから出来るだけ起来ていられるように声をかけるよう指示されました。

すぐにお昼ご飯が来てだんな様がベッドの角度を上げ少し起き上がった状態で

お彼岸にちなんで出されていた小さなおはぎを半分くらい食べることが出来ました。

この日、初めての食事でした。

でも何か少しでも口から食べることが出来て良かった。

 

この日は、午後から私の友人もお見舞いに来てくれていて少し、おしゃべりしたり

テレビを見ようとしたりしながらだんな様も何とか昼間起きているように努力していました。

術後、初めての洗髪と身体も拭いてもらえて着替えもしたのでスッキリしたようでした。

テンションが上がり過ぎていて夕方やっとお昼寝タイムに突入した子ども達を横に

友人と3人でだんな様も大好きな梨をむいて食べましたが

だんな様は、2切れ食べるのがやっとでした。

 

晩ご飯は、食べようと努力は、したものの梨を食べていたせいもあって

ご飯を少しと副菜を少し食べただけでした。

それでも少しずつでも口から食べられるようになるとうれしいですね。

 

 

そして術後4日目の今日、お昼前にに術後初めてだんな様からのメール。

『 おはよう。 今車イスに乗った。 』

早速、メールに返事をして子ども達にも報告してみんなでよろこびました。

お昼ご飯を食べてから子ども達は、息子の同級生の男の子がいるお家に預かってもらって

私だけで病院へ向かいました。

昨夜から急に強く降ったり弱く降ったりしながら結構な雨が降り続いていたので

1人で身軽に動けて本当に助かりました。

 

病室に着くとだんな様は、術後初めて下剤で排泄を促されてベッドに寝たままオムツに排泄中でした。

だんな様の意向もあって私は、そのまま部屋に入らずにしばらく時間を潰して

部屋に戻るとだんな様が私に電話しようとしてくれているところでした。

今日も鼻の酸素の管は、外れていませんでしたが点滴は、なくなっていて

手術前から両手に刺さったままになっていた点滴の針も痛み止めの点滴用に右手だけになっていました。

ベッドから起き上がったことで血栓防止の電動エアクッションのカバーも外されていて

だんな様もかなり楽になったように見えました。

食事は、まだあまり食べられないようですが車椅子に座って起き上がった状態で

テーブルで食事をすることが出来て食事もかなり楽になったようです。

まだ口が渇いていてろれつも回りにくいのですが

少しずつ、前に進んでいるのが分かって本当にうれしかったです。

 

先生が病室に来たときにだんな様には、術後の痛み止めが合わなくて辛かったのに

自然治癒が進んでここまで来るまで本当によくがんばってくれましたと

声をかけてくださったそうです。

スゴクうれしくて私が泣きそうになりました。

 

もう1ヵ月以上ほぼ寝たきりなのでやっぱり足の筋肉が衰えていて

ベッドから車椅子に移動して座ったときには、立ち上がることさえ出来なかったそうです。

先生もそれは、仕方ないから少しずつがんばりましょうと言ってくださって

これからは、排泄もリハビリの一環でトイレで浣腸してから便座に座るようにするそうです。

 

晩ご飯は、だんな様の車椅子の横でに椅子を並べて

久しぶりに2人並んで短い時間でしたがテーブルで過ごしました。

だんな様がしみじみとこんな風に2人で並んで食べるのって子ども達が生まれる前以来だって

いたく感心というか感動!?していました。

そういえば手術前にも子ども達を家の近くで預かってもらって私だけが病室に来ている状況を

新婚のとき以来久しぶりだと感動!?していました。

でもそう言われればここ数年、お互いにどうしても子供中心に過ごしていて

2人だけの時間を持ったことって殆どないよね。

そう考えるとこういう辛い時間も少し大切で楽しい時間に変わります。

ホント、だんな様が具合悪くなって入院してから

私も子どもが生まれる前以来、だんな様のことばかり考えているよ。

そして改めてその大切さも愛おしさも苦しいくらい感じています。

いつの間にか当たり前になっていたけどメチャクチャ好きだよ。

 

また一緒にご飯食べたり、テレビ見たり、お散歩したり、笑いあったり

たまには、ケンカしてもいつも一緒に生きていたいよ。

ゴロンって寝転がって転寝したり、一緒の布団であったまったり

子ども達も一緒に笑っていたい。

ささやかで良いから普通に生活したい。

 

苦しくても諦めないで前を向いて歩いていれば何処かで希望がつながって

生きる力になってくれることを信じよう。

明日もまた少し、前に進んでいることを信じよう。

 

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希望の一筋

2012-09-20 23:50:02 | 兄妹育児

突然の肺がん宣告を受けて間もなく下半身不随の一歩手前の状態でもあることを知ることになって

かなりのショックを受けていた私達でしたが...


今回の背骨の手術がが受けられるかもしれないと聞かされたときから

だんな様も私もまた前向きにがんばろうと気持ちを新たにしていました。

 

手術のために転院してからは、痛み止めもまたかなり増えていましたがその分、痛みのコントロールが出来ていることも増えて

3日間食事を摂ってやっと1食分食べれているかいないかくらいの量しか口に出来なかっただんな様が

1日のうち2食を完食したという日があったり、子ども達と一緒に私が持っていったお弁当を食べてくれたり。

でももう転院前から1ヵ月もベッドで寝たきり状態なので体重も10㎏落ちて61㎏になっていて

足の筋肉も落ちてしまっているのでその細い足を見ているだけで哀しくなってしまいます。

だんな様は、もっと哀しい気持ちだと思うのですが執刀医の先生に相談して

術後に待っている歩行のリハビリのためにも血栓を作らないためにも

ベッドの上で足を曲げたり伸ばしたりして軽く運動していました。

 

手術前日の18日には、カテーテル手術と尿管も付けられて

術後は、あまり身体が動かせず夕方に37℃に上がった微熱は、夜には、39℃を超えていました。

念のため採血したり、解熱剤も使ったりしましたがカテーテルの術後に高熱が出ることは、あることだそうで

手術当日の19日の朝には、37℃に下がって落ち着いていたので

予定通り9時前に家族で手術室に送り出しました。

いよいよ送り出すというときには、私も希望の一筋になる手術だと思っていたのに

やっぱり不安な気持ちも隠せず、涙があふれてしまいました。

だんな様の 『 大丈夫だから泣かなくて良いよ。 』 という言葉と笑顔に答えて

『 うん。 』 って返事をしながら笑顔を作って見せるのがやっとで

何の言葉もかけられずただただ子ども達とだんな様が見えなくなるまで手術室に向かって手を振っていました。

 

手術室に入って出てくるまで順調に行けば6時間かからないくらいだろうと言われて

手術が終わったら手術室から連絡があるので手術室の前で待っているようにと院内PHSを渡され

子ども達と病室や休憩室、院内カフェ、家族待合室を転々としながら2時前には、家族待合室で手術が終わるのを待っていました。

子ども達は、おやつを食べたり他に待っている患者さんのご家族に遊んでもらったりしていて

気が付くと私も転寝をしていてその横で息子も既に爆睡。

娘だけが元気に遊んでいました。

 

そして予定通り3時頃に手術室から無事手術を終えたと連絡があり

テンションが高いままの娘と爆睡中の息子を起こしながら手術室の前でだんな様を待ちました。

しばらくして執刀医の先生と看護師さんにストレッチャーで運ばれて来ただんな様は

目を閉じていて先生に 『 目が開かないの!?みんな来てくれてるよ。 』 って声をかけられ

『 はい。声で分かりました。 』 って答えながら目を閉じたまま微笑んでいました。

先生に 『 ありがとうございます。 』 とお礼を言いながらだんな様の無事な姿に

ようやく少し安心することが出来ました。

 

それからだんな様は、部屋に戻って酸素マスクやら点滴やらいろいろ処置されて

私たちは、しばらく部屋の外で待つことになりましたがその間に

先生からレントゲンを見ながら手術の説明を受けました。

手術自体は、予定通り4時間で無事終えることが出来ていて

病変で骨折した背骨を取り除いた後、その部分の上下に2本ずつボルトを入れて

固定するはずだったところが上は、将来的にまた病変が大きくなる可能性があるということで

3本入れられていて上3本、下2本の合計5本のボルトと金具で固定されていました。

術後も足の曲げ伸ばしは、出来ていたということでそんなに大きく術後の状態が悪くなることはないのでは

ということでしたが、やはり術後の経過を診ることでしかはっきり言えないということでした。

前日のカテーテルの効果もあって幸い、手術中には、当初心配されていた大きな出血は、なかったということで

かなり安心したのですが術後、夜にかけて手術した部分の内出血が予想されるので

念のため予防策としてこれから1本だけ輸血をするということでした。

先生からの説明が終わってだんな様の処置が終わってから私たちが部屋に入ると

だんな様は、ベッドの上で顔をゆがませて必死に痛みに耐えながらも唸り声をあげていました。

酸素マスクと点滴と他にも体中のあちこちに管がつながれていて

薬のせいでしばらくは、唾液が出ないということで余計苦しいらしく

数分おきにうがいをして口を湿らせなければならない状態でした。

 

術後の痛みもかなり酷いらしく先生の指示で使える痛み止めという痛み止めは、使ってもらっていましたが

時間が経っても一向に効いてなかったので私たちが帰る9時前頃になっても

まだ同じようにベッドの上で苦しんでいました。

後ろ髪を引かれる思いで何も出来ずに帰宅するしか出来ないことが本当に哀しかった。

 

そして今朝、息子を幼稚園に送っていった足でそのまま娘と病院へ向かったのですが

予定通り酸素マスクだけは、外れたものの今日は、また更に痛みが増した気がすると言って

絶えず襲ってくる痛みを耐えながらもずっとベッドで唸り声をあげていました。

昨夜も痛みで一睡も出来なかったらしく眼だけがギラギラしていて一点を見つめていたり

だんな様の痛みに耐えようとしても耐えきれない姿を見ているだけで何にも出来ないのが苦しかった。

発熱もしているので身体が熱くなったり寒くなったりもするらしいのですが

手を動かすだけでも更に背中に激痛が走るので自分では、ほとんど身動き出来ず

タオルケットをかけたりよけたりするのを手伝ったり、食事も全く摂れないので水分を吸い口で摂るのを手伝ったり。

 

予定では、今日から食事も普通に摂れて順調に行けば21日から早速、歩行のリハビリも始まるはずでしたが

先生も術後の痛みが酷い方だと言っていたのでだんな様の状態が落ち着くまでまだしばらくかかりそうだし

手術前には、術後の調子が悪くても21日には、車椅子で動く練習をしましょうと先生に言われていましたが

多分、それもまだ無理だと思われます。

 

明日もまた病院へ行きますが1日でも早く少しでも早く痛みがなくなることを祈るばかりです。

希望の一筋を信じてがんばっただんな様にまだまだがんばらなくてはならないことがあるのが辛いけど

それもきっと乗り越えてくれると信じているし、それがまた希望の一筋につながっていることも信じて。

何も出来ないけど家族みんなでいつもそばにいるからね。

何も出来ないけど家族みんなでいつでも何処でも何があっても愛しているからね。

 

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手術

2012-09-17 11:56:18 | 兄妹育児

子どもの幼稚園と病院と家の往復で忙しく日々が過ぎていきます。



8月下旬の夏休み明けに息子の幼稚園の園長先生にも

事情をお話しして役員を下ろして頂きました。

役員の皆さんをはじめクラスのママさん達も

ご近所のママさん達も遠く離れているお友達も

いろんなところで助けてくださったり勇気づけてくださったり

アドバイスをくださったりして・・・

だんな様のことでは、辛いことも哀しいことも多いけど

私達って本当にしあわせなんだなぁって改めて感謝の毎日です。



9月3日にがん研にセカンドオピニオンに行った翌日

だんな様の病院の整形外科の先生と主治医の指示で

だんな様の下半身麻痺の予防策として

だんな様は、ベッドでの安静状態を余儀なくされました。


転移している背骨の状態が悪く既に骨折していて

背骨の神経まで傷付け始めていたのです。

がん研でも近い将来には、下半身麻痺になると言われていて

もうその現実が目の前に突き付けられた気がしました。

ベッドの上では、上体を20度を限度としてしか起こせず

何をするにも横になったままでトイレにも行けません。

その日から排泄は、尿瓶とオムツ。


いつも前向きなだんな様が 『何も悪いことしてないのに・・・』

私の思っていた以上にかなり落ち込んでいました。



でもその日の夜、主治医の先生が来て

背骨の手術を他の病院にお願い出来るかもしれないから

私にセカンドオピニオンに行くようにと言われたのです。

もしも手術が出来ることになれば一時的に転院することになるので

主治医と相手先の整形外科の先生ともかなりのやりとりをしてくださっていました。

そしてすぐに手術を前向きにやる方向でお返事を頂き

10日には、搬送車で転院して術前検査やら準備やら進めながら

正式な手術のGOサインが出ることを祈る毎日でした。



そして、14日に執刀医の先生から正式な手術の説明があり

明日18日に背骨の手術の前準備で予測される大量出血をなるべく防ぐために

カテーテルの手術をして必要のない血管に綿を詰め止血した状態で

19日にいよいよ背骨の手術にのぞむ予定です。



手術は、骨折した病変のある背骨を取り除きその部分に

ボルトとワイヤーを入れて固定し身体の中にコルセットを装備したような状態にして

刺突起という背骨に付いている小さなヒレのような骨を取り除くことで

圧迫されている神経の通り道を作るという感じのもので

その途中、手術室にある別の部屋に移動して背中を開いて見える病変のある個所に

直接、放射線を大量に照射するというものだそうです。

執刀医の先生方のお話しでは、手術そのもは、今までの症例からなる手術数も豊富で

経験値もあり、そう難しくはないということでしたが

ただ、術後の経過や状態には、個人差があって

だんな様の場合は、既に神経も圧迫されていてそれがどのくらいの損傷になっているかで

術後にどのくらい歩けるようになるのかならないのかが決まるそうです。

痛んでしまった神経は、手術でも元には戻せないし

もういつ両足に麻痺が出てもおかしくない状態なので

手術前に麻痺がきてしまう可能性もあるとのこと。

 

だんな様ももう二度とベッドから起き上がれない生活よりは

手術してもいつか来るだろうタイムリミットまでに一度でもまた自分の足で歩けるのかもしれないと

悩みに悩んでまた歩けるかもしれない希望にかけてこの手術を受けることを決めました。

希望も大きいけれどその分、リスクも高く...

まずは、カテーテルの手術で止血をしていても多いと2000㏄もの大量出血があり

今までにもほとんどケースで輸血が必要になるということ。

既に放射線治療をしていることで免疫が下がっているので感染症等を引き起こす可能性があること。

病変に放射線を照射するときには、神経に鉄板を当てて放射線が当たらないように気を付けているが

完全には、ブロック出来ていないのでまれに後から何らかの異常が出てくる場合があること。

他にもまだまだいろんなことが想定されて万全の態勢で手術に臨んでくださるのですが

何分にも手術なので当然、不測の事態も起こり得ることも理解して

だんな様の手術中は、私もずっと病院で待機しなければなりません。

朝9時からの手術開始に合わせてお部屋を8時45分には、出るということで

私もその前に病院へ行かなくてはならなくて

その日は、もう息子の幼稚園もお休みして家族3人で病院で

だんな様の手術の成功を祈ることにしました。

 

明日のカテーテルの手術後は、しばらく絶対安静になるそうなので

息子は、幼稚園を早帰りにして午後からご近所のお世話になってるママさんに

子ども達を預けて術後のだんな様の介助に向かいます。

 

希望への第一歩になるであろう大切な手術を控えて少し良い報告もありました。

ワンクール目の抗がん剤に何らかの効き目があったらしく

全身のいたるところに見て分かるくらいに大きくなっていたしこりが小さくなって

触ってももう分からないくらいになっていました。

一時的なものかもしれませんがだんな様も私も泣いてよろこびました。

入院した頃からついこの間まで手足も冷たくて

まるで冷蔵庫に長時間入った後の人みたいで生きてる感じもしなかっただんな様ですが

最近、やっと手にも足にも温かみが戻って生きてるんだって思えるようになりました。

 

でも骨に転移したがんは、難しいらしく痛みも強くなっているし

骨の部分でしこりになっている部分は、まだ飛び出したままです。

 

執刀医の先生のお話しでは、今回の手術は体力的にも負担が大きいので

術後6カ月以上がんばれる人というのが条件の1つに入っているそうです。

医学的な見地からの余命も1つの見方かもしれませんが人の生きる力は

それだけではないと信じています。

だんな様の大親友でもある人が昨年の晩秋に舌がんで余命3カ月と診断され

闘病生活を余儀なくされましたが苦しい時期を乗り越えて

途中、仕事にも復帰しながら今もがんと闘っています。

だんな様が入院して間もなく万全ではない体調をおしてご夫婦で

わざわざお見舞いに来てくださり、経験者としてアドバイスしてくださったり

勇気付けてくださったり、だんな様も励みになったと思います。

 

私もだんな様の生きる力を信じて寄り添って行きたいと思っています。

 

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ステージⅣ

2012-08-27 23:19:37 | 兄妹育児

21(火)の夕方にだんな様は、もちろん子ども達も一緒に

主治医の先生のお話しを聞きました。



右肺下葉原発の肺がんでステージⅣ

骨、リンパ節、皮下、副腎に転移

副腎が2つともかなり腫れていて

背骨、、足の骨にかなり大きな病変があり

背骨に関しては、もう壊れかけていて

私達が見ても分かるくらいでした。



ステージⅣでは、あるけれど末期では、ない。

ただがん細胞自体がかなり未熟で進行が早い。

現在時点で最善と思われる抗がん剤を2つ組み合わせて

ワンクール治療を進めてその効果を見ながら次の手を考える。

それと平行して大事な背骨への進行を防ぐために

放射線治療を進め効果を見る。



先生にもこれからの治療でどのくらいどうとかいう

はっきりした数字は、正直示せないと言われました。


抗がん剤と放射線の治療は、翌日から始まりましたが

痛みは、日ごとに増しているようです。





なぜ、医療センターであれだけたくさんのレントゲンを撮ったにも関わらず

何も気付いてもらえなかったのか

内科医にも相談して診てもらったにも関わらず

気付いてもらえなかったのか!?



今日が8月10日の後の医療センターでの予約日でした。

肺がんで他の医療機関に入院しているので

予約をキャンセルする連絡を入れました。

10日に医療センターで診てもらって骨に異常は、ないと断言されたにも関わらず

13日には、レントゲンでも骨に大きな異常が見つかり

肺がんの疑いで入院するまでの経緯と

肺がんで既にステージⅣまできている診断結果も伝えましたが

『あ、そうですか。分かりました~。』

受付から回された整形外科の対応には

患者に対して何の思いやりも誠意も感じられませんでした。

責任者にも伝えてもらえるよう言いましたが

『あ~、◯◯先生ですね~。分かりました~。』



本当にもっと早く違う病院に行って診てもらっていたらと

今更もうどうしようもないのにそれだけが悔やまれます。




でも日々痛みと闘って苦しみながらも

それでもまだガマンしてがんばっているだんな様を見ていると

前を向いてがんばるしかありません。



だんな様の生きようとする力を信じて。

時々、大きな不安に飲み込まれそうになるけど

だんな様は、今までもいつも前向きで

私達のためにがんばってくれていたから。

今は、私達がだんな様のためにがんばる番だよね。



これが私達家族の歩く道ならみんなで寄り添って

支え合って歩いて行こう。


いつでもどこでも何があっても

あなたと生きたいと思った日から

今も変わらず愛してるよ。

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検査漬け

2012-08-17 00:07:17 | 兄妹育児

入院してからすぐに車椅子でしか動けない程

背中とお腹の痛みが酷くなっていて

痛み止めも3種類に増えました。

一日中痛みで苦しく夜も寝れないので

かなりキツイ鎮痛剤で意識が朦朧としながら何となく寝ているようです。



今までどれだけガマンしていたのか・・・

多分、あたしが想像していた痛みの度合いなんて比べものにならない。

それでも『こんなところばっかり見せてごめんね。』と言ってくれる。

もう散々ガマンしてきたんだからもうホントに何一つガマンしなくても

例えガマン出来なくたっても良いんだよ。

せめてあたしがその痛みを引き受けてあげられたら良いのに。



毎日、検査漬けで痛みにも耐え続けて

今日やっと局部麻酔の手術で

お腹のしこりの一部を切り取って細胞診に回しました。

明日は、MRIで来週早々に最終的な診断と

治療方針が決まると言われています。



食事も殆ど摂れず脱水症状も酷いのに

あたしにも子ども達にも心配させまいとがんばって耐えています。



昨日は、だんな様の希望で入院前に行ったディズニーでの家族写真を

今日は、息子がパパのために描いた絵を病室に飾りました。



だんな様の顔がうれしさに涙で少し歪んで

今にも泣きそうだったのに

幼いなりにパパの状況を理解して苦しんでいる息子のために

すぐに笑顔でよろこびと感謝の気持ちを伝えていました。



明日もまた会いに行って少しでもだんな様の力になりたい。

少しでも心の痛みや身体の痛みを和らげてあげたい。

 
寄り添ってあげたい。

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