こころのしろくろ

 誰の罪?

『涙そうそう』

2017年06月13日 | 日記
今日、久し振りに『涙そうそう』を聴いた。
震災から6年が経った今でも、亡くなった大事な人の遺骨を待っている人たちがいる。
昨年の年末には当時7歳の子供の遺骨が、今年の3月には60代と70代の男性の遺骨が見つかった。
そう言えば、震災後、瓦礫の中から見つかった写真やアルバムを集めて被災者に返す活動をしていた人たちもいた。
これ以上は、今は言葉が見つからなくて書けない。
『涙そうそう』が全てを語っていると思う。

夏川りみ / 涙そうそう


富士フイルム写真救済プロジェクト
http://wawa.or.jp/supports/000187/

津波で不明女児の遺骨を発見 震災から5年9カ月 (2016/12/25)
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000090858.html
 東日本大震災から5年9カ月。福島県大熊町で、津波に流されて行方が分からなくなっていた女の子の遺骨が見つかりました。
汐凪ちゃんの父・木村紀夫さん(51):「『おかえり』と『申し訳なかったね』という(気持ち)ですね」
 父親の紀夫さんによりますと、今月22日、当時7歳の次女・汐凪ちゃんの遺骨が見つかったと警察から連絡があったということです。自宅から200メートルほど離れたがれきの中で見つかり、警察がDNAを調べて汐凪ちゃんだと分かりました。木村さんは毎月のように長野県から大熊町に戻り、行方を捜し続けていました。
 汐凪ちゃんの父・木村紀夫さん:「汐凪が自分で全部、段取りして出てきたのかなって。ずっと一緒にいたいって思いますね」
 木村さんは、汐凪ちゃんの遺骨を同じく津波で亡くなった妻の遺骨の横に並べて、また親子一緒に過ごしたいと話しています。

<震災6年>気仙沼沖の遺骨 2人の身元判明 (2017/3/3)
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201703/20170303_13018.html
 気仙沼海上保安署は2日、宮城県気仙沼市の沖合で昨年12月に見つかった右骨盤の一部の身元が、東日本大震災で行方不明になった同市波路上野田、漁業三浦了さん=当時(66)=と判明したと発表した。遺骨は同日、三浦さんの家族に引き渡された。
 海保によると、昨年12月25日、同市波路上岩井崎から南に約5キロの沖合(水深約60メートル)で操業していた漁船2隻がそれぞれ、刺し網から右骨盤の一部と右大腿(だいたい)骨を見つけ、海保に届けた。県警がDNA鑑定で身元を特定した。
 右大腿骨は、2015年2月に骨盤のDNA鑑定で身元が判明し、死亡が確認された同市本吉町沖の田、アルバイト小野寺徳男さん=同(73)=のものと確認された。
 震災当時、三浦さんは津波に見舞われた地元の避難場所付近に、小野寺さんは全壊した自宅近くにいたとみられる。小野寺さんの遺骨は1日、家族に引き渡された。
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