こころのしろくろ

 誰の罪?

ムラのオスとメスになって…『コンビニ人間』

2017年04月24日 | 日記
 村田沙耶香の『コンビニ人間』を読んだ。
 一番印象に残ったのは、主人公の古倉恵子(36歳未婚女性、コンビニのバイト18年目)が、白羽(自己愛性人格のような男性。無職、婚活中)の悩みを聞いた後に言った言葉。
 「え、自分の人生に干渉してくる人たちを嫌っているのに、わざわざ、その人たちに文句を言われないために生き方を選択するんですか?」それは結局、世界を全面的に受容することなのでは、と不思議に思った。

 でも、白羽は白羽で古倉に言う。
「僕はずっと復讐したかったんだ。女というだけで寄生虫になることが許されている奴等に。僕自身が寄生虫になってやるって、ずっと思っていたんですよ。僕は意地でも古倉さんに寄生し続けますよ」

 白羽はこの世界は、縄文時代と変わってないという。狩りをしない男に、子供を産まない女。現代社会だ、個人主義だといいながら、ムラに所属しようとしない人間は、干渉され、無理強いされ、最終的にはムラから追放されると。
 私も白羽の言う通りだと思う。結局、縄文時代から現代まで、人間は結婚して子孫の残すことが絶対なのだろう。これだけ情報化社会になり、自由な選択が許される時代になったように見えるが、実は人間の頭だけは変わってないということだ。「結婚しろ、子供を産め、夢を持て=金持ちになれ」と、要は勝ち組(定義は不明)になれみたいな感じで、世間は個性と言いながら均一化を求めている気がする。
 
 でも、白羽の行動にはかなりの矛盾があり、間違っている。復讐するなら自分の親に復讐すればいいと思う。また、古倉恵子は「治る」ということを負わされているが、彼女は彼女が言う「つまり、皆の中にある『普通の人間』という架空の生き物を演じるんです。…」と他者に迷惑をかけずに生きているのだから、誰も彼女を傷つけてはいけないのだ。

 最後に古倉恵子が感じる感覚「ムラのオスとメスになってしまっている不気味さの中で…」(P119)が、人間としてまともな感覚だと思った。古倉恵子は西 加奈子の『ふくわらい』の主人公の鳴木戸定とよく似ていて、とても魅力的な女性だと思う。
ジャンル:
モブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 指原莉乃を見るたびに、親父... | トップ | 親の溺愛という闇 »

日記」カテゴリの最新記事