
バラナシ最終日、駅へ向かう足は やっぱりリクシャーです。
バラナシは細い路地が入り組んだエリアの多い街なので、
オートリクシャーよりサイクルリクシャーが目立ちます。
初めに客引きしてきたリクシャーワーラー(運転手)は若い10代くらいに見える男の子。
30Rs.(約60円)・・・だったかな?覚えてないな。
そのくらいの料金で駅まで と頼んで、走ること10分くらい?(これまた記憶薄。)
だんだんと彼のペダルを漕ぐ力が落ちていきます。
どーした?!・・・と思っていたら、しきりに後ろの車輪の片方を気にして、やがて停まってしまいました。
「壊れた。」
ナヌー!私はそんなに重かったか?
車輪が壊れてこれ以上進めんのだと。ほんなら仕方ない。
「じゃ、もうココでいーわ。でも、半分しか走ってないから半分しか払わないよ。」
と、15Rs.(多分)支払うと、困った顔で何か言う。その額じゃ不満なようだ。
「は?アンタ、駅までっつって、途中までしか来てないでしょ?だったら払えないね。」
「だって・・・壊れた・・・」
「そう、壊れた。だから駅まで行けない。アンタは約束を守れなかった。だから払わない!」
ナゼかイラッとした私は、つい強めの口調で必要以上に攻撃してしまった。
すると、そのやりとりを見ていた別のリクシャーワーラー(冒頭写真のオジサン)が、
私が荷物を背負って歩き出した瞬間に、すかさず交渉してくるのでした。
20Rs.(相当記憶に自信ない)で即OKし、乗り換えてまた駅に向かって走る。
そこからでも結構な距離がありました。
到着した頃には、日も沈みかけて、、、

あ〜、楽しかったバラナシともおさらばだな。明日はデリーに戻って買物でもして、あっちゅう間に帰国だ。
とセンチになりながら、構内へと入っていきました。
私の乗る予定の列車はなかなか電光掲示板に表示されず、
何度も周りの人や駅員さんに聞きながら、不安な気持ちで待っていました。
かなりの時間・・・。
ホームの入口付近は、たくさんの人が行き来します。
と、その中のあるインド人女性が、私の顔を見て驚いたように近づいてきます。
ナンダナンダ?私、バラナシに知り合いなんていませんけど?
と奇妙に思って、向かってくる彼女をよく見ると、
ぬぁーんと!アグラからバラナシへの行きの列車で一緒だった、あのおばさん(『寝台列車でGO!』参照)でした。
なんて偶然、、、、、
だって、お互いバラナシでの滞在日数も知らなかったし、ましてや帰りの列車の時間帯まで・・・
乗車列車こそ違ったけど、おばさんにはすごく縁を感じて、
いつかまた世界のどこかで再会するんじゃないかと思わずにはいられませんでした。
(そんなコト言ったら、バンコクで会った“ケイ”もそうか。『8子inタイランド/再会編』参照)
おばさんに、列車の表示がなく困っている旨を伝えたけど、やっぱり誰もわからないみたい。
おとなしく駅員さんの言う通り、出発時間が近づくまでドキドキしながら待つことに。
そうすると、また別の人が話しかけてきました。
今度は若い東洋人の女の子。
「#+◎▲@%**・・・」
中国語。
ワタシネ、コーミエテ、ニホンジン アルヨ。チューゴクゴ、ワカラナイ アルヨ。
と説明すると、彼女はとても丁寧に何度も謝ってきた。
ベツニ、イイアルヨ。カオ、ニテル アルネ。
ジンルイ ミナ キョーダイ。トジマリ ヨウジン、ヒノ ヨウジン。
話を聞くと、彼女は台湾人で、このバラナシに留学している。
友達が台湾から訪ねてきて、その友達が帰るので駅まで送ってきたところ、
列車の案内がないので困り、駅員さんに尋ねたら
「向こうで同郷の人も同じ列車を待ってるよ」と教えられ、私に声を掛けた・・・んだそうな。
同郷ではなかったにしろ、彼女の友達と私は同じ列車に乗る予定で、
しかもチケットを見せ合ったところ、なんと座席番号も隣!寝台の上と下だった!!
またまたなーんて奇遇!
なので、その友達と私はその後一緒に列車を待つことになり、
バラナシ在住の彼女は安心して家へ戻って行きました。
めでたし、めでたし。
・・・・・って、まだ乗れるかワカラナイので、めでたくないんですけどー。
つづく