ユーニッヒ

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秋田蘭画展

2017-01-03 11:58:21 | 日記
 サントリー美術館で開催中の「世界に挑んだ7年 小田野直武と秋田蘭画」展を観に行きました。前期と後期に分かれていて、去年前期を観て、今回は後期を観ました。
 小田野直武は、秋田藩の藩士でした。若いときから絵画を学んでいて、のちに日本画と洋画を融合させた絵画を描きました。これが秋田蘭画と呼ばれています。秋田藩の藩主佐竹曙山、一族の佐竹義躬も秋田蘭画を描きました。
 展覧会では、さまざまな直武の絵が展示されています。直武は純日本風の絵、西洋の出版物の絵を模した絵を描いていました。解体新書も展示されていました。誰もが知る解体新書の絵が実は直武の作でした。直武は、日本画も西洋画の模写も解剖の図のような超写実的な絵もこなし、秋田蘭画へつなげっていったことがわかります。
 今回の主たるテーマの秋田蘭画ですが、日本画の落ち着いた雰囲気が漂います。そこに、立体感や遠近感があり、写実性があります。独特で、不思議な感覚がする絵でした。
 多くの秋田蘭画を観て、不思議な感覚に浸り続けたいところですが、それは叶いません。秋田蘭画は、彗星のごとく現れ、彗星のごとく消えていきました。小田野直武が秋田蘭画を描いた期間は、たったの7年です。死因は不明ということですが、直武は、31歳の若さで亡くなります。佐竹曙山も佐竹義躬も若くして亡くなります。画風が継がれることはなく、3人がいなくなるとともに、画風は途絶えてしまったそうです。このため、残された秋田蘭画は多くはありません。
 秋田蘭画を観ていると、独自の画風を生み出した創造力に対する敬意を持ちます。秋田蘭画の時代が短かったことに、そして画家が若くして亡くなったことに、はかなさを感じます。しかし、短いながらも独自の画風に達することで生きた証を残した濃厚な人生も感じます。
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