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映画・演劇のレビュー

劇団きづがわ『挽歌』

2017-06-22 20:56:41 | 演劇

 

ストーリーがあまりに単純すぎる。しかも単調すぎて想いが迫らない。後半の2部なんて3シーンしかない。ホームレス歌人との対峙。サークルの仲間との語らい、再び今度はみんなで歌人と向き合う。それだけでラストに突入する。しかも横並びの会話のみ。芝居がまるで立体的ではない。表面的なストーリーのみ。テーマばかりが前面に出て、ドラマに奥行きがでないのがつらい。

 

大熊町から会津若松市に避難した人たちによる短歌サークルを中心にしたドラマ、という設定自体は悪くはない。だが、それがそこだけで止まる。世界が広がらない。もちろんいつものことだが、劇団きづがわは、とても真面目にこの問題と向き合っている。でも、いや、だからこそその真面目さが作品から奥行きを奪うのだ。お話は紆余曲折を経ずにテーマに直結してしまう。

 

彼らが、この5年間、どう生きてきたのか、が見えない。さらには、キーマンとなるホームレス歌人。彼が自らホームレスを選んで、そこで何を考え、何を見たのかも見えない。そこが空白ではリアリティがない。台本自体がストレートすぎて、作品に奥行きがないのだ。これでは、そこを演出は埋めきれない。

 

このシンプルなタイトル(『挽歌』)そのままの芝居が力を持ちきらない理由はそこにある。ホームレス歌人の生活が描けてないし、彼に関わることになる人たちの想いも表層的になっている。実在した大熊出身の歌人が作った歌を使うだけでなく、彼が生きた時間にも取材したはずなのに、それが生かされてない。大熊がどんなところで、会津若松がどんな町なのか。2つの場所をつなぐもの、想い、それを単純に望郷とするのは、おかしい。原発というものが大きく立ちはだかり、そこには複雑な思いがあり、そんな様々な事情も捕まえて、ただ事故を否定するわけでもなく、しっかり今の自分たちの想いを見据えることが必要だ。

 

被災者夫婦と現地の受け入れ団体の職員。同じように被災した青年と女性。短歌サークルという集まりを舞台にして、彼らの今が語られる。そこにホームレス歌人が関わる。6人という少ないキャストで、原発事故という大きな問題を描くためにはひとりひとりに絞りきった問題を担わせてその象徴として、ドラマを動かしていかなくてはならない。

 

そこが図式的になると、つまらないものになる。これはかなり酷な条件である。そこをクリアしてシンプルなドラマとして、感動的なものにする。劇団きづがわは、この困難な作品が成功するか、否かの微妙なラインで綱渡りしている。

 

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