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映画・演劇のレビュー

真夏の太陽ガールズ『キラメキ』

2017-09-07 21:15:49 | 演劇

 

女の子たちが全力で演じている。まず、役を演じるのではなく、最初にシンクロありき、だ。芝居はその後に付いてくる。これだけの演技をするために、どれだけの練習をしたことだろうか。水の中で演じるシンクロナイズドスイミングを舞台上でみせるという離れ業をやりきるのは並大抵ではない。中途半端をしたならお笑い草にしかならない。まず彼女たちは本当にシンクロをやり遂げなくては成立しない。そのとても高いハードルを乗り越えた先に演劇がある。芝居自体が感動的であるだけではなく、彼女たちの汗と涙にまみれた、その姿自体が感動的なのだ。

 

 

この夏、たまたまパリでレスリングの世界選手権を見た。この芝居を見ながらあの時の興奮がよみがえってきた。初めてレスリングの試合を見たのだが、会場に入った瞬間、胸が熱くなり、泣きそうになった。世界で戦う。たったひとりで女の子がリングに立つ。その姿がこんなにも感動的だなんて、不思議な気分だった。大会4日目。日本の女子が4階級で3人が金メダルを取った日である。そんな中で一人だけ、銀メダルだった女の子がいた。彼女はそこまで圧倒的に勝っていたのに、ラスト2秒で逆転負けしたのだ。それはほんとうに一瞬のことで、見ていて言葉を失った。あの日の、ベルシー体育館。彼女たちが戦う姿を見たときの興奮がよみがえる。本気でこの瞬間にすべてをかける少女たちは美しい。そう思わせてくれるとき、この芝居は成立する。「シンクロナイズドスイニング演劇」と銘打つ。芝居である前に、まずこれが前面に出るなんて凄い。そこに作り手の意気込みがある。彼女たちのシンクロの演技に感動させられる。そこを大前提にした。

 

オカモト國ヒコによる台本は、とてもシンプルだ。シンクロに燃える女の子たちの群像劇を、鬼コーチの高校時代の回想を通して描く。お話は今のチームの現状からスタートして、コーチの語る昔話の中に入っていく。

 

女の子たちがプールで流す涙の数々(芝居の中で何度となく泣くシーンがある)が、ドラマを彩る。こんなに泣くシーンばかりある芝居って、きっと初めてだ。「涙の数だけ強くなれるさ」なんていう歌が昔あったけど、それを地で行く芝居なのだ。感情をそのまま、ぶつけて、ぶつかりあい、涙を流し、抱き合う。こんなにも熱い芝居はめったにない。全盛期のランニングシアターダッシュがそんな芝居をたくさんつくっていたけど、この1本の涙には、大塚さんのたくさんの芝居は束になってもかなわない。(もちろん涙の量の話です!)

 

オカモトさんがパンフに書いていたけど「彼女らがこの本番までに流した汗と涙を集めたらまじでプール1杯分くらいになるかもしれません」という言葉が嘘じゃないと思わせてくれるくらいに18人のキャストの涙と汗は半端じゃなかったはずだ。そうしてそれがこの感動の舞台として結実している。

 

最後にもう一度書く。なんともまぁ、きれいにシンクロを演じる。しかも、プールではなく、舞台上で。半端な演技では失笑を買う。すべてが無意味になる。彼女たちはまず、芝居ではなく、スポーツを演じるのだ。その上に、お話が乗る。そのことだけで感動になる。

 

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