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映画・演劇のレビュー

『パターソン』

2017-09-07 21:40:05 | 映画

 

久々のジャームッシュの新作。最近ご無沙汰だったけど、これは文句なしの大傑作だ。『デッドマン』くらいから作品が減って、あまり面白くなくなっていたけど、今回はその不在の時間を補ってあまりある。初めて見た彼の映画、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』そして、『ダウン・バイ・ロー』さらには『ミステリー・トレイン』の衝撃を思い出させてくれる。あの頃、彼の映画を見ることは最高の喜びだった。何もない映画なのに、その何もなさが、素晴らしい。そんななんだか不思議な映画ばかりだった。

 

もちろん、今回も何もない。そして見事なまでに、そうである。しかも、テンション下がる映画、かもしれない。だけど、とてもいい映画だった。何もない7日間のスケッチだ。僕たちの生きる毎日なんてそんなものだろう。特別なことなんかない。でも、時間が経った後、思い返すと、そんな日々が実は愛おしいものだと思う。

ここで描かれる7日間。月曜日の朝から始まり、次の月曜日の朝まで。毎日の描写は、同じように目覚めるシーンから丁寧に始まる。同じ朝食を取り、(牛乳をかけたシリアルだけ)仕事に出る。バスの運転手をしている。路線バス。同じ区間の運行。判で押したような毎日。帰ってきたら食事をして、夜には犬の散歩をして、いつものバーでビールを飲んで帰る。ニュージャージ州のパターソンという町。そこに住むパターソンという名前の男。趣味は詩を書くこと。自分のノートに時間があれば書く。妻とふたり。子どもはいないけど、ふたごが欲しいね、なんて言っている。ブルドッグも同居。何の変哲もない毎日。妻はちょっと不思議ちゃん。好きなことをして生きている自称アーティスト。でも、夫を愛していて、詩人としての彼の才能を高く買っている。彼はノートに書き留めた詩を発表する気もないし、有名になりたいわけではない。

 

とても静かで、寂しい映画。でも、生きているって、こういうことなのかもしれないと思う。毎日同じことの繰り返し。ほんの少し違う今日があるけれど、大筋は変わりない。でも、それでいいのだ。こんなふうに生きていることを大事にしたい。バスから見えるいつもの景色、いつもの人たちの姿が愛おしい。そんな車窓からの風景に癒やされる。公園のベンチで座り、詩を書く時間。コインランドリーで出会った詩人。仕事の帰り、出会う少女詩人。最後の永瀬正敏演じる日本からの旅行者の詩人。この映画の中に出てくるそんな町中で出会う詩人たちが彼を救う。壊れそうになっていたら、助けてくれる。この世の中のかたすみで暮らす無名のたくさんの詩人たち。この世界はそんな人たちで出来ている。詩を書くことが、仕事にはならないけど、詩を書くことが生きる支えになる。

 

金曜日、電気系統のトラブルでバスが動かなくなる。この映画で唯一の事件だ。(いや、思い起こすと、小さな事件ならたくさんあるけど。)その翌日、犬が大事な詩を書いたノートを噛み千切り、無茶苦茶にしてしまう。ショックだった。ずっと書きためた大切な詩の数々がもう失われる。映画の終盤、この2つの事件がクライマックスとして描かれるのではない。変わりない日常の風景としてそこまでの部分と同じテンションで描かれていく。その先に、永瀬演じる日本人旅行者とのエピソードがある。まるで『ミステリー・トレイン』の永瀬の27年後のような男だ。旅人である詩人というポジションが主人公の姿と対になる。心洗われるようなエピソードだ。

 

 

 

 

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