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映画・演劇のレビュー

『ブラインド・マッサージ』

2017-03-15 02:01:49 | 映画
こんなにも強烈な映画を見るのは久しぶりで、完全にノックアウトされた。先日見たパク・チャヌクの『お嬢さん』も確かに強烈だったけど、その比じゃない。これは表面的には恋愛映画なのだけど、そこに盲人というフィルターを通すことで、普通じゃなくなる。盲人だから普通じゃないとかいうのではない。彼らの貪欲な性への渇望に圧倒されるのだ。当たり前のことなのに、それがこんなにも切実で凄まじい。いつものことだが、ロウ・イエ監督はどの作品でも強烈だ。でも、今回はいつもにも増してそうだった。



南京の盲人たちによるマッサージ院が舞台となる。2時間の映画のほとんどが、この職場を舞台にしている。職場でのお話に終始するのは、彼らの世界がそこに尽きるからだ。そこにはちゃんとお客さんもいる(なかなかに繁盛している!)のだけど、ここから出ない。この狭い世界での人間模様が描かれる。しかし、そこで彼らは全身で生きている。



彼らはそこで仕事をしているにもかかわらず、自分の欲望のまま、そこにいる感じで、本能の赴くまま。こいつらちゃんと仕事もっとしっかりとせいよ、と言いたくなるくらいのありさま。



目が見えないことによるさまざまな問題が生じるからではなく、彼らが健常者以上に貪欲で、彼らの必死な生き様に圧倒されるからだ。目が見えるとか、見えないとか関係なく、というのではない。そこは大問題だ。だけど、見えないからこそ、よけいにもっともっと彼らは生を望む。「生」と書いたけど、それは「性」のことである。最初に「恋愛」と書いたけど、セックスを中心に据えたドラマになっている。目が不自由だからこそ、(健常者のようには生きれないのなら)彼らは健常者以上に生きてやろうじゃないか、と思う。もちろんそれは簡単なことではない。でも、彼らは自分たちを社会的弱者なんかに貶めたりはしない。見えない目でこの世界をまるごと受け止める。容赦しない。自分を見失ってもかまわない。



その凄まじいバイタリティには驚くしかない。悲しいくらいに必死に生きる。そんな彼らに圧倒されるばかりだ。それぞれのかなわない想いを切ないドラマになんかしない。この群像劇には悲劇ばかりが用意される。だが、彼らの笑い顔ばかりが心に残る。容姿のきれいな女の子が、その美しさゆえ損をする。いや、彼女だけではない。みんながみんなうまくはいかない。でも、それは目が見えないというハンディキャップのせいではない。そんなふうに思わせるのが、この映画の凄さなのだ。
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