スウェーデン生活+その後

2010-2013年スウェーデン在住、今は日本在住。雑記・スウェーデンのニュースなど
*情報はあくまで当時のものです。

江戸東京たてもの園その15

2017-08-10 23:13:27 | 日本国内旅行(江戸東京たてもの園2017)
お次は農家。「八王子千人同心組頭の家」である。千人同心と言われても何のことやら、今の若い人はピンとこないであろう。
無敵を誇った戦国武将・武田信玄であるが、その息子・勝頼の代で甲斐の武田家は滅亡に至る。残された武田氏の下級武士は徳川家に召し抱えられ、江戸を守る交通の要衝・八王子に配置された。もともと「滅ぼされた武将の家来」であった彼らであり、苗字や帯刀は必ずしも自由には許されていなかったようである。普段の仕事は農業で、下写真は水浴場。農作業の後、たらいの水を体にかけて土埃を取った。
太平の世が続くと今度は日光の警備の仕事をあてられた。千人同心は百人の隊が十組あったために「千人」同心な訳であるが、その十組が順番に交代で日光をずっと警備したのである。往復回数は江戸時代を通じて千回を超えたという。八王子から栃木県まで歩いて往復することを想像して頂きたい。その役が定期的に回ってくるのである。
Wikipedia「八王子千人同心」
そして幕末には更なる「無茶ぶり」がやってくる。ロシアの脅威に備えて北方警備を命じられたのだ。北海道の勇払(ゆうふつ)に集団で移住した彼らは想像を絶する自然環境の中、開拓にあたった。勇払には今でも墓地が残る。彼らの労苦はやがてその隣の街、苫小牧市の発展の礎となっていった。

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