ぽんちゃんの買ってし魔王な日々

ことあるごとに「買ってし魔王」が降臨する、ぽんちゃん(観音旭光の両刀使い)の物欲の日々を、周囲にばれない程度に語ります。

昨年の『買ってし魔王』を思い出してみる2014

2015-01-01 18:40:59 | 日記

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

もはや、この書き込みが年間唯一の新規書き込みなほど疎かにしているBlogですが、例によって「一年の計は元旦にあり」と言うことで、まずは昨年の「買ってし魔王」の降臨物件と、それに伴いドナドナされた物件を晒してみます。

昨年の買ってし魔王降臨物品

  • SONY α7(中古)(下のドナドナ物件と同一)
  • Canon EOS 7D Mark II(新品)(バッテリーグリップ BG-E16 はキャンペーンで入手)
  • SONY α7 II(新品)
  • CONTAX Sonnar T* 90mm F2.8(G)(中古)
  • Canon EF16-35mm F4L IS USM(新品)
  • CONTAX Planar T* 35mm F2(G)(中古)
  • smc PENTAX 24mm F3.5(MF)(中古)
  • CONTAX Biogon T* 28mm F2(G)(中古)
  • CONTAX Planar T* 45mm F2(G)(中古)
  • Carl Zeiss Distagon HFT 25mm F2.8 (M42)(中古)
  • Canon EF 100-400mm F4.5-5.6L IS II USM(新品)
  • PENTAX F AFアダプター1.7x(中古)
  • HAMSA RAYQUAL ペンタックスDAレンズ-ソニーEボディ マウントアダプター(絞りリング付)(新品)
  • METABONES SONY NEX Eマウント用電子接点付キャノンEFアダプター Ver3(新品)
  • TECHART AF対応電子マウントアダプター TA-GE1B III (コンタックスGレンズー-ソニーEボディ)(新品)(下のドナドナ物件と同一)
  • TECHART AF対応電子マウントアダプター TA-GA3 (コンタックスGレンズー-ソニーEボディ)(新品)
  • METABONES ソニーEマウントボディ-コンタックスGレンズ(シャンパンゴールド)(新品)
  • RAYQUAL ライカMレンズ-ソニーFEマウントボディ マウントアダプター (中古)
  • RAYQUAL ニコンFGレンズ-ソニーFEマウントボディ マウントアダプター(絞りリング付)(中古)
  • RAYQUAL M42マウントレンズ-ソニーFEマウントボディ マウントアダプター(新品)
  • RAYQUAL M42マウントレンズ-PENTAX Kマウントボディー マウントアダプター(新品)
  • 東洋リビング 防湿庫 ED-140CDB(新品)
  • Canon PROFESSIONAL VERSION ストラップ(刺繍)(中古)
  • NTT docomo AQUOS ZETA SH-04F(新品)

昨年のドナドナ物品

  • SONY α7
  • Canon EOS 7D + BG-E7
  • Canon EF17-40mm F4L USM
  • Canon EF 100-400mm F4.5-5.6L IS USM
  • TECHART AF対応電子マウントアダプター TA-GE1B III (コンタックスGレンズー-ソニーEボディ)

今年もびっくり! 2013年以上の、ボディが3台にレンズが8本、テレコンバーター1本の更新となってしまいました。これに、必要経費とは言え、更に愛車「えぼごん」の9年目車検も加わっています。カメラボディも、α7(無印)を中古で購入した以外は、基本ローン支払いで、PENTAX K-3 のローン支払いが終わったと思ったら、その直後に EOS 7D Mark II のローン支払い開始で、α7 II もローン支払いなので、来年は最低でも前半は大人しくしないといけないところ。それにしても、SONY FEマウント系統は、ボディ内手振れ補正機能はマウント口径が小さいので搭載は難しいと思っていたのですが、東通工さんは見事に入れてきて、白旗を上げて、10ヶ月で買い換えの憂き目に遭ってしまいました。しかし、無印 α7 も、MF 時代のボディの感触を右手で味わえる良いカメラだとは思います。II 型になって、その懐かしい感触はなりを潜め、普通のカメラとなってしまいました・・・。EOS 7D Mark II は、あの AF 測距点の数と広さと全点クロス測距を考えると、飛行機撮影家としては買い換えせざる得ませんでした。
レンズも、沼の底が抜けてしまい、ソニーFEマウントにつなぐために、CONTAX G レンズを一気に4本揃えてしまった上に、マウントアダプターを買いまくって、MF時代のレンズにも手を出す始末。特に Carl Zeiss Distagon HFT 2.8/25  は、同じレンズ構成でヤシカ・コンタックスからも出ていますが、こちらはローライから出た珍しいM42マウント玉でして、今は無き「写真工業」誌でリチャード・クー氏も記事を書いた、Lens made in West Germany のお宝レンズと言って良いレンズです。観音系統のレンズは、オールドレンズに方向が向いてしまったため、EF17-40/4L を EF16-35/4L IS へと、「レンズ更新しろ」と言っていた EF100-400 が遂に更新されたので、早速 II 型へ手を出すなど、最新現行モデルへの更新に終始。旭光系統は、AF化黎明期に出た、MFレンズでもAF可能なリアコンバーターが、最新のリアコンバーターが出たので、ディスコンを恐れて手を出したっきり。 オールドレンスで、中村文夫カメラマンの「使うペンタックス」で紹介された1本手に入れていますが、旭光教徒としては恥ずかしい限り。(マテ
SHARP の AQUOS ZEA SH-04F は、富士通 F-10D と言う、バッテリー消耗の激しく、直ぐ再起動する使い辛い失敗作が2年目を迎えたので早速買い換えたという・・・。こちらは、Twitter や mixi を見ていても1日は確実に保つので、おかげで、昨年購入した同じ SHARP の SH-08E が使われなくなって、閑古鳥が鳴いているという・・・。

今年については、今のところ未定ですが、SONY FEマウントレンズを、1本ぐらいは買っておかないと行けないかなと思っています。電子マウントアダプターも、流石に AF-C が出来ず、AF-S だけなので、東通工さんへもお布施をしないと思っていますが、基本的には、CONTAX G レンズに被らない、FE 55/1.8 かなと思っていますが、SIGMA の Art 50/1.4 の EF マウントも気になる所。後は、旭光さんが遂にフルサイズを出しそうな雰囲気なので、それまで待ち。後は、オールドレンズの出物が出てくるのを、虎視眈々とウォッチする位かなと思っていますが・・・。あと、ノート PC が購入してから5年を超えたのと、カーナビを、まだ買い換えていないので、そちらが浮上する可能性もあります。あっ、インクジェットプリンターも、Canon PIXUS 9100i が11年経過したので、いい加減に買い換えないと、と思って先月頭ぐらいからチェックしています。染料系のプロ用印刷機が1台しかないので見切って A3 を印刷できることだけを条件に探した EPSON EP-977A3 は、最安値を過ぎて、しばらく高値が続いており手を出せず、染料系プロ用印刷機の Canon PIXUS PRO-100 はディスコンの話が出ており、実際に Canon の Web サイトでは、PRO-10 と共に「在庫僅少」の文字が出ておりますので、新機種待ちか、染料系プロ用印刷機が出ないようであれば、市場在庫を抑えてしまおうとは思っています。

と言うことで、今年一年、「買ってし魔王」をよろしくお願いいたします。(マテ

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昨年の『買ってし魔王』を思い出してみる

2013-01-06 18:36:12 | 日記

Twitterのlog置き場になっていますが、某所の記事につられて久々にブログを更新してみます。

一年の計に当たって、昨年の『買ってし魔王』降臨を思い出してみるのです。って、今年も『買ってし魔王』を頻発させるつもりなのかい(セルフツッコミ)。

  • 一眼レフデジカメ 

昨年は一台も無いです。噂では、そろそろ EOS 7D mark II が出てきそうなので、多分、今年が大変な感じ。金を貯めないと(爆)

  • コンパクトデジカメ
    Nikon COOLPIX S70(中古)
    PENTAX Q10 ダブルズームキット オリーブグリーン/ブラウン(050) オーダーメードモデル
    (02 STANDARD ZOOM + 06 TELEPHOTO ZOOM 付き)

日光の方は、ハムフェア2012で大学の後輩の @koyoi が売りに出していたものの、買い手が無く不憫で、バックディスプレイが有機ELと言うこともあり、物は試しと購入。多分、我が家初の日光のカメラ(フィルムスキャナーで日光製品を手に入れたことはある)。後者は、松下 DMC-FX500 の後継機として購入。凄く趣味に走ってしまった(汗)。低感度ではローパスレスの関係か? 解像が良く出ているので、下手なコンデジを探すより良いと思いますが、問題はレンズ装着時の出っ張り。まあ、それは写りとのバーターのような気がします。

  • 一眼レフ交換レンズ  
    (Canon EF70-200mm F2.8L IS USM(下取り)) → Canon EF70-200mm F2.8L IS II USM(中古)
    smc PENTAX DA 18-135mm F3.5-5.6ED AL(IF)DC WR
    smc PENTAX FA★80-200mm F2.8ED[IF](中古のち下取り) → smc PENTAX DA★60-250mm F4ED[IF]SDM(新品)
    smc PENTAX FA★80-200mm F2.8ED[IF](中古)
    (SIGMA APO70-200mm F2.8EX DG(PK) + TAMRON SP AF28-75mmF/2.8 XR Di LD Aspherical [IF] MACRO (A09) (以上、下取り)) → smc PENTAX FA★28-70mm F2.8AL(中古)

括弧は、2012年以前に入手したレンズです。何か、昨年は70-200mm級の純正高性能ズームレンズを買えそろえた感じ。EF は、想定通り、I型からII型への更新。FA★80-200mm F2.8ED[IF] を2回買ったのは、1回目がダメ玉で PENTAX FORUM でも匙を投げられて、ちょっとお金を追加して DA★60-250mm F4ED[IF]SDM の新品へ買い換え。でも、やはりFA★80-200mm F2.8ED[IF] は銘玉なので、地図亀の店舗に店舗onlyの売り物があるのを確認してから K-5 Limited Silver 持参で押し掛けて写りを確認して購入。そうすると今度は、FA★28-70mm F2.8AL を欲しくなってしまい、年末にやはり地図亀店頭only並品を入手してしまいました。ちょっとレンズ内の埃が多いので、折を見て PENTAX FORUM へ清掃に出すかなと思っているところ。

となると、今年はほぼ十中八九 EF24-70mm F2.8L II USM への更新なんだけど、全然使っていない過去の遺物 EF28-135mm F3.5-5.6 IS USM を EF24-70mm F4L IS USM へ更新することも気になると言えば気になるなあ(汗)。

  • 一眼レフオプション
    Canon GP-E2
    PENTAX Winder LX(中古)
    PENTAX KQマウントアダプター

Canon は GPS ユニットの GP-E2 を手に入れたのですが、付けるべき EOS 7D は中々ファームアップしないし、ファームアップしても、ケーブル接続で防塵防滴性は無きに等しいし。LOG モードを使った方が良い?

PENTAX Winder LX は FA★28-70mm F2.8AL 購入時に地図亀で出物を見つけたのでつい・・・。これを買うと、次はグリップBが欲しくなってしまう・・・。

PENTAX KQアダプターは、実はコミケ用飛び道具で、もはや冗談(にしては高い(苦笑))。実際、コミケのブースに PENTAX Q10 + KQアダプター + SIGMA 120-400mm を置いていたら、物珍しさに人が来る来る(苦笑)。まあ、実用性は余り無い気もしますが、遊ぶには面白いかも。

  • その他カメラグッズ
    ハクバ SGWP12-SB/GW-PRO ショルダーバッグ ブラック

久々に、国産で使いでの良いカメラバッグが出てきたので、つい購入。カメラは1台だけだけど、バッテリーグリップ付で OK の上に、レンズを付けたままも可。更にF2.8級の大三元ズームがフード付きで入れられるし、12インチ級のノート PC なら入れられるスペースがあるし、何とか空港の保安検査所を通過可能なサイズ(但し保証は無し)と言うのが嬉しい。問題点は、外の収納スペースに余裕がない点も有りますが、一番は、国内縫製の悲しさ、内部の毛付布地が接着されていないので、ベルクロを剥がそうとすると伸びて切れそうな点。これ直ぐに駄目になりそうなんですが・・・。

しかし、何個カメラバッグがあるのだか(汗)。(正解は8個(大汗))

  • PC関係
    ASRock 990FX Extreme4
    A-DATA AD3U1600W8G11-2 (DDR3 PC3-12800 8GBx2) × 2
    SAPPHIRE ULTIMATE HD7750 1G GDDR5 PCI-E SAUL-HD775-1GD5R0 (Radeon HD7750 ビデオカード)
    SEAGATE ST3000DM001 (SATA3 3TB 7200rpm 64MB) × 2
    A-DATA ASP900S3-128GM-C (2.5" SATA3 128GB MLC) × 2
    センチュリー RAID対応NASケース CSS35NAS2B
    玄人志向 RAID対応HDDケース GW3.5AX2-SU3/M
    I・O・DATA HDCA-U3.0CKB
    バッファロー HD-PZ1.0U3-B
    x-rite ColorMunki Photo

結構色々買っているなあ。まあ、元々の発端は、メインのデスクトップ PC のマザーボードのチップコンデンサーが萌えた・・・じゃなくて、燃えて動作不安定になったため。最初は、マザーボードより古いグラフィックボードが逝ったかと、グラフィックボードを 7000 シリーズのファンレスを手に入れて、筐体を開けてみたら、マザーボードのお焦げを発見して原因が発覚。マザーボード更新となると、S-ATA2 から S-ATA3 になるので、繋がるけども、本来の性能は出ない。更に、画像を最初に保存している D ドライブも、他にデータがある関係で 1.5TB では苦しくなってきた。と言うことで、内蔵ドライブも S-ATA3 の SSD と 3TB HDDへ全面更新へ。メモリも、DDR2 から DDR3 になるため、どうせ全面更新だと現状最大の 32GB へ。まあ、一番金がかかる CPU が AMD 最強級の Phenom II X6 1090T で、そのまま使えて助かったのですが、ファンを外すのに偉い手間がかかったのはナイショ。しかも、UEFI での 3TB のミラーリングに失敗し、OS 層でミラーリングを構築することになってしまいました。あと、少額なので上には載せていないのですが、新システム構築後、1ヶ月ぐらいして、3インチベイに入れてあった 3.5インチ FDD 兼用メディアカードリーダー/ライターが死んでしまい、USB3.0 で SDXC も公式に読み書き可の内蔵メディアカードリーダー/ライターへ更新するとともに、遂に 3.5インチ FDD が無くなりました。

また、余った S-ATA2 1.5TB HDD × 2 を再利用するため、RAID 対応 NAS ケースを手に入れて、こちらにも撮影データを保存。しかもこのNAS、外部から Dynamic DNS でアクセス可能な仕組みがあるので、外から画像を取り寄せることが、面倒だけど可能になりました。更に SDD 化前にミラーリングの C ドライブとして使っていた S-ATA の 500GB が2つ転がっていたので、 USB3.0 の RAID 対応 HDD ケースを組み立てて、今まで D ドライブに保存していた Widows バックアップの保存先にしています。

なお、I・O・DATA の HDD は、USB2.0 の 3TB 外付け HDD で、後で紹介する東芝のネットワークテレビの録画保存用、バッファローのつやピタガードの 1TB HDD で、こちらも写真データの保存用。実は、遂に写真データが 900GB を越えてしまったため、追加で確保。x-rite ColorMunki Photo は、カラーマネージメント用で、実は歴とした分光式の測波長計なので、意を決して購入した物。しかも、プリントのカラーマネージメントまで出来る優れもので、私の一押しだったりして。

  • モバイル端末関係
    東芝 PA3S035DNAS AT3S0/35D
    NTTドコモ・富士通 ARROWS X F-10D

東芝の 7inch Android タブレット AT3S0 は、寝床のネット端末として確保。でも、寝床だけでなく、Xi のWi-Fi ルーター L-09C との組合せで、外でも結構便利に使っていたりして。F-10D は、NEC の N-06C のとろさと、ROM の容量の少なさに嫌気がさして、異例の1年での買い換えに。Tigra 3 搭載の、NTTドコモ最初の4コア端末だけに動作はサクサクなんですが、発熱も大きく、電池の保ちも悪いのが難点。今にして思えば、もう半年我慢して、F-10Dより更にでかいけど、電池の保ちの良い IGZO スマフォの SHARP SH-02E にしておけば良かったと後悔気味。正直、SH-02E は、私の弟を始め廻りに何人も持っていたりします。これが、SHARP の起死回生に繋がれば良いのですが・・・。

  • AV関係
    東芝 REGZA 22RE2

寝床に、SONY の液晶テレビがあったのですが、ネットワークで録画済みの番組を見られないのが悩みで、遂に買い換えてしまい、自宅で Network Centric Televison (略して「NCT」(オヒ))を構築してしまい ました。SONY の液晶テレビは、Twitter で【ゆるぼ】したら某氏へ拾われていきました。ただ、メインの東芝37インチ液晶テレビの外付けHDDへ録画した番組を見るのには、一度録画データ保存専用の NAS へダビングする手間がかかるため、年末にI・O・DATA の 3TB HDD を手に入れてしまいましたとさ。でも、SHARP のBDハイブリッドレコーダーからは直接見られるのは大変便利ではあります。

昨年の『買ってし魔王』の降臨結果は以上の通りですが、今年もこの調子なんだろうなぁ(大汗)。

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自業自得

2010-11-10 00:42:34 | 日記

もう一つは、先週後半に大騒ぎになった『尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件』の件。

もちろん、自分の職場の設置法により『みなし公務員』の立場としては、海上保安庁か検察から出たと思われる以上、流出者については国家公務員法の守秘義務規定違反として厳正に処罰されることが重要と考えます。

この流出事件を『義挙』として処罰を望まない意見が多数あることは承知していますが、それでは『愛国無罪』を叫ぶ中つ国と変わらなくならなくなってしまいます。日本は日本国憲法を中核とする『法治主義』国家である以上は、あくまで法律に基づいて処罰されるべきなのです。(恐らく、流出者もその覚悟を以て実行したと思っていますが。)

ただ、一方で流出者「sengoku38」がうpした映像を削除前に全て見た人間として、現政権が、この映像を明確な理由を述べずに後生大事に隠して、国政調査権を持つ国会議員にすら視聴者を限定する対応を取っていたことに納得がいきません。この映像は、日本国民が憤慨するような映像が入っているとは言えず、急激に対中つ国外交を悪化させる内容があるとは思えません。とは言え、明確に巡視船へ漁船をぶつけた証拠映像であり、現状とは逆に、衝突事件早々に国民や諸外国に公開することで、まずは日本としての正当性を主張する根拠としておくべきだったと思います。

しかし、今回の衝突映像流出の時点では、一定の時間が経っていて、『わざわざ作った映像だろう』と言わせる時間を作ってしまっており、映像を公開する時機を完全に逸しています。一方で、被疑者である船長を中つ国へ帰してしまった現状では起訴・裁判に持って行く可能性は殆ど無く、事実上刑事訴訟法の範疇外になるからには、『国民への知る権利』への対応として、改めて政府が全面的に映像を公開すべきと思います。

ところが、流出者への「量刑が軽くなる恐れがあるから」引き続き公開しないと言うのが官房長官の『ご判断』だそうです。これって、『国民の知る権利』より『流出者への処罰』の方が重要と言うことだと考えられますが、それって逆ではないかと思う次第であります。(ちなみに、そのことを書いた『極秘』と記された資料を官房長官が取材席から見える位置で見てしまい、読売新聞のカメラマンに望遠カメラで撮られて、それを『盗撮』呼ばわりするも、委員会理事会で『不適切』と指摘されて議事録を変更させられると言うお粗末な話の中でばれてしまったそうな。)

そもそも、読売新聞の当時の記事によれば、衝突事件直後に中つ国が強硬姿勢に転じて、日本人4人を拘束する等あれこれ攻勢を掛けてきたら、現首相が「『超法規的措置』は取れないのか」と発言しているそうですが、これを聞いて、『超法規的措置』なんて事を言い始める人物を行政府のトップに置いて良いのかと思って頭を抱えてしまいました。更に、那覇地検が中国漁船船長の拘置期間を延長しておきながら、その延長期間途中で「外交的影響を考えて」船長を釈放してしまったことについては、既にあちこちから「実質的な指揮権発動」と指摘されていますが、私もその指摘に同意しますし、逆に政権首脳部が政治圧力を掛けるのであれば、政治圧力を掛けた方が責任を取るべきなのに、その判断責任を那覇地検に押しつけて政権首脳部は知らんぷりしている訳で、押し付けられた方は堪ったものではなく、組織管理上一番やってはいけないことをやってしまったと思います。

そんな状況で、映像についても、明確な理由を示さずに厳重に非公開にしてしまった訳で、現場では当然ながら鬱憤は堪っているでしょうから、そんな状態では何かの拍子に流失しない方がおかしいとも思えます。そう言うことで、今回の一件は現政権の『自業自得」とも言える結果と考えております。

更に言わせてもらうと、野党時代は『情報公開』『国民には知る権利がある』と言っていた政党が、政権を取ったら、舌の根が乾かないうちにコソコソ隠しているのですから、呆れてものも言えません。また、「国家公務員法の守秘義務規定違反の罰則が軽い」と官房長官が厳罰化を主張しておりますが、それって現政権が野党時代に反対していた『スパイ防止法』じゃありませんか?(爆)

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結局、科学技術のことが解っていない政権だったか

2010-11-09 22:47:58 | 日記

あまり政治マターのネタは書きたくないのですが、ここ最近の2件については言っておかねばならないかなと思って書き込みます。

まず、1件目はこの新聞記事。

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【毎日jp】事業仕分け:90事業に改善通告へ 「反映不十分」

政府の行政刷新会議は9日、過去の仕分け結果が反映されていない事業を対象に行う事業仕分け第3弾の「再仕分け」に関連し、各府省が11年度予算概算要求に計上した約90事業について、仕分け結果の反映が十分でないとして、改善を求める「通告」を行う方針を決めた。「再仕分け」対象の111事業とは別に、仕分け作業を経ずに改善を求める。9日夕の同会議で正式決定する。

90事業は廃止判定を受けたのに別の名前で「復活」している事業や、予算縮減判定の反映が十分でないもの。廃止判定された文部科学省の「地域科学技術振興・産学官連携」が、ほぼ同内容の「イノベーション成長戦略実現プログラム」(20億円)として計上されたり、農林水産省の「農業経営改善総合支援事業」が「地域農業を担う経営体育成・確保推進事業」(4.5億円)として予算要求されており、これらの事業を「実質的に廃止と言えない」と判断した。

また、国土交通省では各省が政策を競う「政策コンテスト」で廃止判定された事業の予算獲得を目指す例もみられた。地方のバスや私鉄の交通網維持のための補助金交付などを組み合わせた「地域公共交通確保維持改善事業」(453億円)で、統合前の複数の事業が「廃止」などの判定を受けていた。10日から始まる同コンテストを前に、刷新会議がけん制した形だ。

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私の十二指腸潰瘍再発まで引き起こした、未だに覚えている昨年11月13日の金曜日(苦笑)に行われた事業仕分け第一弾で、「地域科学技術振興・産学官連携」が「廃止」と判定された訳ですが、継続中の研究が複数有り、その研究費で雇用されている研究者も多数いて雇用不安まで出ると言った状況の中で、全国知事会の反対もあって、最終的に新規募集を行わずに継続中の研究のみを続けて、研究期間を満了させて順次終了させていくフェードアウトの手法を取ることになった訳です。その際、文部科学省本省の事業は、予算科目を整理するために別の予算科目に纏めて継続することとなりました。

ところが、上記記事によると、『事業仕分け結果の反映が十分でない』と『改善を求める「通告」を行う』と言うことだそうで、その中に「地域科学技術振興・産学官連携」も『別の名前で「復活」している事業』としてノミネートされてしまいました。

順次終了させていくフェードアウト(経産省的な表現だとサンセット)方式で、関係各所の了解が得られていると思いましたが、行政刷新会議はそれですら問題視しているのでしょうか?

そもそも、研究開発と言うのは1年で終わるものでもなく、研究者の数と一定期間の時間を掛けないと成果が出て来ないものです。それを途中で止めた場合、逆に今まで投資した資金をドブに捨てることになりかねません。それにも係わらず、行政刷新会議は一律でバッサリ止めろと言うのでしょうか?

もし、行政刷新会議、ひいては現民主党政権がそう言うつもりであるならば、この国に未来は無いなと思います。

実際、第一弾の事業仕分けの後、東大の大学院博士課程在籍者やポストドクターへアンケートを実施したところ、かなりの人達が「研究者になるのを諦める」か「海外へ出て行く」のどちらかになったそうです(ソース:東京大学総長室・平成21年12月18日付「若手研究者育成資金縮減の影響調査及び反対署名」)。つまり、日本で研究を行いたいと考える人が少なくなったと言うことです。

円高によりどんどん海外へ工場が出て行く中で、日本国内での研究開発の拠点を設けさせることで、その拠点でのエンジニアの雇用と海外から技術料収入を確保しようという考え方に沿って、今までは日本政府の政策として、各種の研究開発支援制度や企業への研究開発減税を進めてきた訳です。ところが、その重要な基盤である「人材」が海外に流出するか、研究開発に行かないと言う事態は、技術立国政策の根幹を揺らがす状況だと思います。

話を広げすぎましたが、研究支援を途中でバッサリ止めろと言うのであれば、この事態を更に加速すると思います。実際、私の身近でもこんな話があったりしますし。

【日経ビジネスオンライン】未来への扉を閉ざされた科学技術 第一話『失ったのは「カネ」ではなく、「熱意」だった』(著者:山根一眞氏)

正直言って、この記事に出てくるU先生へ「『事業仕分け』で、来年度から研究費がゼロになりそうです」と言わざる得ない立場になってしまった私としても、事務方として不公平にならない程度でこの研究課題を採択するよう内部を説得しただけに、言うこと自体に忸怩たるものがありました。それをまた今年も繰り返すと言うのであれば、大学等の公的機関の研究者はもう日本政府・政府関係機関のことを信用しないかも知れません。

まっ、テレビ上がりの国会議事堂の中でファッション誌のモデルをやった某大臣には、こんなことは理解出来ないかも知れませんけど(嫌味)。

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長期展開終了のお知らせ

2010-11-02 00:18:34 | 日記

今日(と言うか昨日)、東京の本部から連絡があり、12月1日付で本部への帰還の内示が出てしまいました。まあ、内々で話は来ていたので今は覚悟は出来ているのですが、昨年11月の事業仕分けで梯子を外されて今年4月の本部帰還が流れ、ではH24年3月末での今の職場の店仕舞いへ向けて覚悟を決めて「しんがり」役をつとめるかと思っていたら、12月に帰ってこいと言われて、二重の梯子外しで何と言って良いやらと言う感じ。

それより、一番残念なのは、12月の新田原基地航空祭や、来年3月の九州新幹線全通のお祭りに出ることが出来ない点(爆)。九州新幹線全通の記念式典にはブルーインパルスが博多駅上空を飛ぶというイベントもあるのに~(核爆)。

何はともあれ、福岡生活も1ヶ月を切ってしまいましたので、11月14日の築城基地航空祭、引っ越しをギリギリまで遅らせて、11月28日の芦屋基地航空祭には絶対に出没するぞ~!

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みんな好きね~(苦笑)

2010-10-04 23:29:22 | 日記

ふと、このBlogのアクセス解析の内容を見たら、ここのところ、通常の1.5倍のアクセスがあるようです。

で、検索キーワードを見てみたら、その殆どが「19DD」でした。妙に納得(苦笑)。

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ノーベル賞

2010-10-04 22:58:41 | 日記

今日から、ノーベル賞の医学・生理学賞を皮切りに、明日の物理学賞、明後日の化学賞と発表が続きます。

まあ、毎年のお祭り騒ぎで、うちの職場でもチェック体制が取られます。もっとも、今の職場では意味が無いので、個人的にチェックしているだけですが。ただ、例年と違うのは、今年はあちこちのマスコミから、今年はiPS細胞を作り出した京都大学の山中伸弥先生が今年ノーベル賞を取ると言っています。しかし、私はその話は無いと見ています。

と言うのも、ノーベル賞のうち理学系の賞は、大体のケースでは、何かしらの形で学問の世界、場合によっては一般の世界にある程度広がってから受賞しているのが傾向としてあるからです。

iPS細胞を作り出した京都大学の山中伸弥先生の業績は、(現時点でですが)「今まで出来ないとされていた、通常の分化した動物細胞をリセットして、分化前の幹細胞へ戻すことが出来る」ことを実証したと言う点に有ります。その一点の業績をもってノーベル賞級の成果を上げていると私も思いますが、世の中への広がりは、iPS細胞が作り出されてから、まだ5年を超えていないと言うことを考えると、これからと言うところです。そう言う意味では、もちろん将来的にはノーベル賞を確実に取られるでしょうが、まだ早くて、世の中の普及状況を見て10~20年後に受賞されると思います。

その傍証としては、今日のノーベル医学・生理学賞が、体外人工授精技術を開発したイギリスのRobert G. Edwards博士だった点です。Robert G. Edwards博士の体外受精による最初の出産が1978年で、それから人工授精で約400万人が生まれてきている今日まで32年経っています。評価されるまでには、これだけの時間が掛かると言うことです。

そんな感じで言うと、山中伸弥先生はまだまだ早い訳で、今年ノーベル賞を受賞すると思わずに、長い目で見て欲しいところです。

と、今年は山中伸弥先生がノーベル賞の有力候補だと煽っている新聞記事に嫌味を言ってみました。

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生存報告

2010-09-25 19:12:16 | 日記

いや~、ま~、生きてはいます。

9月になってから偉く忙しくなって、前のエントリでは書いてませんでしたが、クーラー当たりの鼻風邪気味の状況で9/7~8と沖縄へ出張に出かけたら、耳の気圧の調整が出来なくなって、着陸時に耳に激痛が走り、難聴になってしまいました。9/10にピロリ菌退治でお世話になった総合病院へ駆け込んで診察してもらったら、航空性中耳炎との診断で、耳の中に水が溜まっていると言うことで滲出性中耳炎でもあった模様。切開手術の話もあったものの、ちょっとそれは遠慮して薬を出してもらったら、1週間ぐらいで何とか回復しましたが、未だに耳の調子が良くなかったりします。その上、先週も長崎へ出張に行くは、先週末は岩国航空基地祭に出向くは、今週に至っては、火曜は何故か浜松へ新幹線で日帰り出張して、翌日水曜日は熊本へ出張して日付が変わる直前に帰宅、昨日も職場の席に1時間座って、溜まった仕事を処理していたら、アポに間に合わないのでタクシーで県庁へ出向いて、東京のメンバーの打ち合わせに同席。その後、天神経由で久留米へ出かけて会議に出席したものの、疲れて眠りかけていて誠に申し訳なかった感じでした。

そんなこんなで、ネタはあるのですが、書いている暇がないと言う感じ。まあ、師匠からのSkypeチャット攻撃というのもあるのですが、飲んだくれていて書けなかったというのが原因の7割という話もありまして・・・(爆)。

なお、実は来週も水木と東京出張があるのですが、出張用務の初日にレセプションがあるとかで、夜までスケジュールが空かない(爆)。それに、耳の状態から飛行機を使うのがちょっと不安だしなぁ。と言うことで、死のロードはしばらく続きます。

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全てがナローな世界

2010-09-11 10:51:24 | 日記

ナローだからと言って、軌間762mmの特殊狭軌線ではありません(お約束)。

仕事が、8/22(日)は某F県の施設の起工式へ随行出席、8/29(日)~31(火)まで、長崎・東京出張、今週は9/7(火)~8(水)と沖縄出張、プライベートでも8/28(土)は復活急行「ひかり」を撮って、9/4(土)はBSデジタル号を肥薩線で撮るなど、休みを削って飛び回っていたら体調を悪くして、エアコンの所為もあり喉を痛め、鼻風邪を引いてしまいました。そんな体調で、沖縄出張のために飛行機に乗ったら、耳栓になってしまうカナル形ヘッドフォンで機内音楽を聴いていたのも悪いのですが、気圧の変化に内耳がうまく調整出来ず、行きの飛行機で(恐らくは)航空性中耳炎を発症。一応、時間はかかったものの当日中に何とか回復したものの、翌日その状態で帰りの飛行機に乗ったものだから、エアーネクスト運航便で機内放送の準備もないので音楽を聴かず、お茶のペットボトルに龍角散のど飴も準備して、飲んだり舐めたりしたものの、耳の状態が悪化。結局、着陸の際、鼓膜が偉く痛いは、着陸後、ツーンとしたまま、まるで耳に水が入ったようなで外の音が聞こえづらくなってしまいました。で、ヘッドフォンで音楽を聴いても、テレビを視聴しても、聞こえてくるのは、まるでAMラジオのようなナローな音域の音。ただ、多少右耳がマシで、首の位置関係によっては普通に聞こえる時もあります。

とにもかくにも、他人の話し声からして聞こえづらくなってしまい、仕事にも支障を来しかけています。いつもは左耳で聞く電話の受話器を持ち替えて、右耳で聞くようにしていますが、左側のスタッフからの声が聞き取れず、右も怪しい。先のピロリ菌退治の際に通院した、職場の隣の隣の大規模病院は、耳鼻咽喉科が月水金の午前中に某Q大病院から医局員の方がやってくる時だけ診察を受け付けるため、9/9(木)はどうしようもなく、9/10(金)に時間休暇を取って行ってきました。

その結果、やっぱり航空性中耳炎と診断され、「鼓膜に内出血と、鼓膜の中に水が溜まっているのが見られる」とのことなので、滲出性中耳炎にもなっている模様。

一応、鼻から細い管を入れて、耳管へ空気を入れて内耳の内圧を上げる手当はしてもらったものの、水が溜まっているので症状に改善は無し。「急ぐなら、鼓膜切開するよ」と言われたものの、躊躇して、抗生物質などの薬をもらって帰還。

で、唾を飲むと左耳にも音がすると言うような若干の変化が出てきたものの、翌日の朝程度では特段の改善は見られず、相変わらずナローな世界が広がっております。大丈夫だと思うけど、このまま固定化したらやだなぁ。

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もう四半世紀

2010-08-12 23:58:00 | 日記

と書けば、自ずと判る「日本航空123便墜落事故」の話ですが、あの事故からもう25年も経つのですね・・・。

私はあの時、中学3年生で、現在だと東武東上線のふじみ野駅の方にある従兄の家に遊びに行っていて、テレビのニュース速報で知り、ずっとニュース速報を見続けていたのを覚えています。そして、この大事故では面識がないものの私の知人の知人が2名亡くなっています。うち1人は私の同級生の父親、そして、もう1人は私の弟の同級生だった美谷島健君でした。私の心の師・・・とまでは言えない不肖・宮嶋の本にも、社カメ時代にこの事故に遭遇して陸路で現地へ取材に入って見た凄惨な現場を、あえて何時もの軽妙な書きぶりで書かれており、読めば読む程凄惨な現場であったと想像出来ます。

あれから四半世紀経ち、当の自分が仕事のために飛行機でガンガン移動するようになったものの、やはりあの事故のイメージは強烈です。頭の中では、もうあの様なことは起きないと思うものの、大揺れする時などはやはり不安になる時があります。何時も乗るのは全日空で、当の日本航空は経営再建中ではありますが、その他の航空会社を含めて、この事故のことは決して忘れないで欲しい、と言うのが当時を知っている私の願いです。

何はともあれ、あの事故で亡くなられた520名の方々には改めてお悔やみ申し上げます。

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