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集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

在日100年、生きのびる力

2010年05月21日 | 集会報告
5月15日(土)夕方、新大久保の高麗博物館で連続講座「在日の今を語る」の第3回が開催された。わたくしがこの博物館を訪れたのは2年ぶりのことである。この日の講演は在日二・五世、鄭暎惠さん(チョン・ヨンヘ 大妻女子大学教授)の「在日100年、生きのびる力」だった。
鄭さんは、二・五世としてのご自身の具体的な体験も交え、「生きのびる力」を詩的な言葉で力強く語った。

●パリの「アフリカ人」詩人、ウンガレッティ
在日の100年を振り返ると、よくここまで生きのびたとつくづく思う。生きのびられた奇跡に感謝したいくらいだ。在日の苦労を挙げればキリがない。しかし今日は、苦労でなく「生きのびる力」に焦点をを当てて話をしたい。
ジョセッペ・ウンガレッティ(1888-1970)というエジプト生まれのイタリア人詩人がいる。パリの大学で学び
  これがセーヌ河
  あの混濁のなかで
  おれは掻きまわされ
  自分を知った

という詩を書いた。彼はパリで「アフリカ人」とみなされた。イタリアにも在日と同じように「無辜の国を探し続けた」人がいたことを知った。在日を超える何かがあると、だんだん思うようになった。
20代半ばだった85年3月、指紋押捺拒否運動に加わった。その当時、わたしは自分の将来についてまったく展望が持てなかった。生きているはずなのに生きているように感じない。要領よく生きていければよいが、その術がない。まず「抵抗」し、状況を押し返すことから始めた。

●尹東柱の故郷、龍井
龍井(リョンジョン)という地名をご存知だろうか。中国の延辺(ヨンビョン)朝鮮族自治州にあり、詩人・尹東柱(ユン・ドンジュ、1917-45)が生まれ育った町だ。
中朝の争いの地だったので封禁地帯になっていたが、貧しさゆえに19世紀から朝鮮人が多数渡り住んだ。中朝国境のこの町には、1907年日本の警察の派出所が設置され、09年には間島条約で領事館に格上げされた。名目は朝鮮人の保護だった。しかし領事館の地下には朝鮮人抗日運動者を拷問する監獄があった。派出所設置は、日本の満州侵略の第一歩である。
日本の敗戦で、そのまま延辺に残った朝鮮人は、朝鮮系中国人となった。中国への忠誠を試されるがごとく朝鮮戦争の最前線に送り込まれ、命を落とした人も多い。60年代後半の文化大革命では、他国と通じているとみなされる危険を避けるため、離散家族の写真を焼き捨てる悲劇にも見舞われた。80年代後半以降の改革開放政策で出稼ぎに出なければ生活できなくなり、再び外国に働きに行くようになった。 

2004年に龍井を訪問した。朝鮮・日本・中国・ロシアの歴史の交差点のような町だった。在日の流浪の100年の歴史は、わざわざウンガレッティのイタリアまで行かなくても、中国にもあるし、光州事件後移民したアメリカにもある。中国の朝鮮族はわたしの兄弟のような存在である。
しかし故郷を喪失すると母語を失う。言葉は皮膚であり、言葉は呼吸だ。流民にとって、よりどころになるのは国籍や土地ではない。
その場合、滞在先の国家語は故郷になりうるのだろうか。わたしは、自分が日本語を話していること自体を受け入れがたかった。それが20代の自分のジレンマであり矛盾だった。理論的にはおかしくても、自分にとってはコミュニケーションや表現の手段は日本語しかない。二・五世のわたしにとって朝鮮語は外国語だった。高校生のとき朝日カルチャーセンターに通い、大学で第三外国語として学習し、数回の韓国留学で学んだ。
わたしが生きのびるには日本語を受け入れざるをえない。わたしにとって矛盾であっても、それを呑みこみ生きていくしかない。こうして自分にとっての「生きのびる力」を生み出した。

●愚直に生きる
尹東柱は、禁止された朝鮮語で詩を書き治安維持法違反で検挙され、福岡刑務所で獄死した。27歳だった。「死ぬその日まで空を仰ぎ、一点の恥ずべきなきを」で始まる「序詩」は「生きのびる力」のためのひとつのヒントを与えてくれた。要領よくではなく、愚直に生きる、自分に正直に、自分の感性を生きていくしかないと、突きつけられた気がした。
「序詩」に「星を歌う心」「今夜も星が風に揺れている」という言葉がある。尹東柱が見上げた星空はどんな星空だったのか見たいと思って龍井に行った。多言語社会を生きざるをえなかった尹東柱もある意味で、難民であり、移民、亡命者だった。言葉は精神、生命である。地理的な故郷や精神的な故郷がなくても、しかも国家語である日本語ではあるが、わたしにとって言葉は故郷である。生きのびる力となった。

●ソウルへの留学
1987年ソウルの延世大学大学院に留学した。ちょうど全斗煥体制下の民主化運動で連日激しいデモが行われていた時期だった。デモのスタート地点は尹東柱の「序詩」の詩碑がある場所だった。留学生がデモに参加すればすぐ逮捕されるので、図書館にこもっていた。留学するより前に李良枝「由煕」を読み、韓国はわたしの故郷や祖国ではないと、心の区切りはつけていた。しかし韓国社会でやはり「よそ者」だということを強く感じさせられた。
一方、民主化運動のなかにも男女差別があった。またその当時、韓国にも単一民族国家観が根強くあり、外国人差別をする風潮があった。「これはおかしい」と議論することもあった。そこで、わたしが在日として日本の中でで感じた違和感や考えてきたことを表明すれば、韓国の民主化運動に少しは役に立つのではないか、韓国社会の一員になれるかもしれないと思った。私なりの韓国への愛情である。それは日本を批判するときもつ愛情と似ている。

●生きのびる力
自分の感性を信じきることだけが生きのびる力、違和感だけが唯一の味方、頼れるものがないことこそが力である。
自分に覆いかぶさろうとする墓石を押し上げ続けることは、生きのびるうえで必要だが疲れる。そこで押し上げ続けながらも、じょうずにさぼることも生きのびる力だ。
生きのびる力は、いつからでも、どこからでもやり直せる力、あきらめない力不可能だと信じない力だ。
在日は長いあいだ逆境を生きてきた。逆境の経験しかないと、逆境であるとすら思わなくなる。苦労でない状況があって、はじめて苦労を苦労だと認識できる。苦労しか経験していなければ、苦労ですらなくなる。「お前はダメだ」といわれ続けると、逆にそれを押しのけて生きていかざるをえない。人が「不可能だ」といってもそれを信じないくせがつく、いろんなことが可能になる力でもある。
また自分たちになかった居場所、社会的な空間を創りだす力でもある。どこかに居場所を探しに行くのではなく、自分が現在いる場所を自分の居場所に創り直す力である。

●「在日朝鮮人化」する日本人たちへ
昨年7月自民党は民主党を巻き込み改正入管法を成立させた。在日に代表される特別永住者と「それ以外の外国人」を別枠にする法律だ。3年後(2012年)に、特別永住者は再入国許可制度が緩和される、特別永住者証明書の常時携帯義務がないなど、いくつかのメリットがある。しかしこれは絵に描いたモチで、実施されない可能性がある。改正入管法は、外国人にとってアメとムチである。「それ以外の外国人」に厳しい法(ムチ)は昨年7月実施ずみだが、特別永住者へのアメはいつまでたっても絵のままで終わるかもしれない。また、いままでは地方自治体が、国民でなくても、住民として認めた権利があったが、入管法で一括管理することになったので、難しくなるかもしれない。
労働現場で使い捨てにされるのは、在日にとっては100年前から見慣れた風景だった。強制的に日本に連れてきてダム工事の現場で働かせた歴史や経済構造がある。安い労働力を使い企業が利益を得る構造を日本社会が続ければ、在日以外の人もターゲットになりうる。そしていまや企業は日本人自身をターゲットにし始めた。女性や子どもは以前からだが、いま若年男性が使い捨てのターゲットになりつつある。30歳未満の男性の平均年収は300万円だという。これでは結婚できない。すると子どもも生まれない。
わたしたち在日には100年生きのびた実績がある。どんな状況でもあきらめない。必ず可能性がある。一人ひとりのつながりを信じてやっていくしかない。
在日が生きのびてきた力を共に分かち合い、これから先100年の社会を拓いていけるとよいと思う。

☆鄭さんは、講演会場の高麗博物館がある大久保について次のように語った。
ブラジルのサンパウロのコリアンタウンで1枚2000円の電話の国際カードをみかけた。それと同じものが大久保で売っていた。また大久保の朝鮮語フリーペーパーにハンブルグのカラオケの求人広告が出ていた。
講演会場の高麗博物館がある大久保には延辺出身の朝鮮族が大勢働いている。仕事がある地なら世界のどこにでも行く。大久保は日本のなかにあるが、トロント、サンパウロと密接に連絡を取り合っている。しかも他の町では、コリアンタウン、チャイナタウンなど移民がそれぞれ島をつくって暮らしている。チャイナタウンでも、台湾系と香港系では分かれて住む。ところが大久保は、中国人と韓国人が混ざり合って住み、商売している。そして日本人もいっしょに暮らす珍しい場所だそうだ。
外に出て回りを見渡すと、たしかにハングルのカンバンがあふれていた。
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