あめ~ば気まぐれ狂和国(Caprice Republicrazy of Amoeba)~Livin'LaVidaLoca

勤め人目夜勤科の生物・あめ~ばの目に見え心に思う事を微妙なやる気と常敬混交文で綴る雑記。
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雨場毒太の気まぐれ書評111

2008-07-27 23:49:22 | 雨場毒太の気まぐれ書評
ベルベットの声の持ち主は、何を求めて生きたのか
漂泊者のアリア
古川薫 著
文藝春秋 1990年
埼玉福祉会 1994年
★第104回直木三十五賞受賞作

(残念ながら書影がありませんでした)

直木賞の歴史の中で、これは間違いなく特筆されるべき作品である。古川薫が初めて直木賞候補に挙げられたのは第53回、1965年のこと(候補作は「走狗」)。今作で受賞を果たした第104回は1990年。25年越しの受賞である。候補にのぼること、しめて10回、歴代最高回数である。受賞時の年齢は65歳、歴代最高齢である。

書影があれば読者の方々にも一目でおわかり頂けるはずなのだが、私の持つ文春文庫版の表紙は、一人の男の顔写真で占められている。彫りの深い顔立ちの男のモノクロ写真で。その男こそ、この小説の主人公、“我等がテナー”藤原義江である。

古川薫は自分の郷里・山口の人物を書くことが多いのだが、藤原義江もまさに山口県下関の出身である。貿易商であるスコットランド人の父と、芸者との間に生まれた不義の子、という恵まれぬ環境に生まれながらも、後に日本のオペラを一人で牽引する名歌手となる。その生涯を綴ったのがこの小説。

綿密な資料集めと、虚飾の無い文体に裏打ちされたこの小説は、激動に満ちた藤原義江という人物の生き様をくっきりと描き出している。文庫にして約300ページ。決して長い小説ではない。しかし密度が濃く、読み応えがある。それまで何度も逃してきた直木賞の栄冠を射止める力があるのだ。全委員一致の受賞であったことは、選考委員であった田辺聖子が解説にて触れている。

良作であり、また音楽好きあめ~ば人格としても是非すすめたい作品なのであるが、書影が無いことでも明らかなように、現在入手困難なのである。残念でならない。

ところで藤原義江は、生前一人のデザイナー志望の青年を家に住まわせていた。その青年は彼に、オペラの舞台美術を依頼されたことから舞台美術家の道を歩むことになる。現在も日本有数の舞台美術家として活躍する妹尾河童である。

彼は藤原義江に関する思い出をエッセイに綴っているのだが、「河童の手のうち幕の内」(新潮文庫)に収録されている「藤原ダンナという人がいた」が、おそらく現在、最も容易に手に入る、藤原義江の人生について書かれた文章ではないかと思う。興味を持たれた方は、入手困難なこの小説の代わりに、そちらをお読みになってはいかがだろうか。


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