詩の自画像

昨日を書き、今日を書く。明日も書くことだろう。

古井戸

2017-08-05 16:35:52 | 

古井戸

      

井戸の中に

昔は私の顔があった

つるべを落とすと

その顔が歪んで

見るに堪えなかった

井戸の深さは五メートル

顔だけだって

落ちれば死ぬ

 

毎朝の水汲みが

日課だった頃の話だが

この水汲みが

嫌で、嫌で

仕方がなかった

だから顔は

井戸から

いつも逃げようとしていた

 

井戸の中の顔は

つるべと共に

落ちていったのだろう

いつの顔なのかは

分からないが

鼻水を垂らしていた

あの頃の水汲みは

子ども心に

怖さとの戦いだった

 

水汲みをした後

私の顔が

無くなったりしたのは

そんな理由が

あったのかも知れない

その頃の私は

誰にも気づかれずに

野山を走りまわっていた

 

ただ いつも

痛みに

顔が歪んでいたことだけは

覚えている

 

今の私の顔は

最後の日に つるべで

汲みあげられ

成長したものなのだろう

時代は変わって

村にも水道管が伸びてきて

水道水を

使うようになった

 

井戸の役目は終わり

この井戸は

大きな蓋で閉じられて

古井戸となった

閉じる時に

親父は井戸の中を

確かめた筈だ

私の顔が

落ちていない事を

 

実家に帰ると

この古井戸を見るたびに

懐かしさが

こみ上げてくる

古井戸の前に立った時

その中にあった

私の顔が

全部つるべで

汲みあげられたことが

分かった

 

亡くなった親父だけは

水汲みの度に

私の顔が

井戸の中に落としたことを

知っていたのだろう

痛みに

もう顔が歪むことはない

大きな蓋の上に

手を置いている

想像は昔へと

物凄い速さで遡上していく

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