詩の自画像

昨日を書き、今日を書く。明日も書くことだろう。

火葬場で

2016-11-08 06:21:18 | 

火葬場で

 

 

骨は拾えても

知恵を拾うことは出来なかった

 

九十歳の義母の知恵だから

カマに入る前に大分少なくなっていた筈だ

 

困っている人を見ると

すぐに自分の知恵を差し上げる人だった

 

丁寧な言葉を添えて

その人の知恵の周りに自分の知恵をそっと

置いて来たのだろう

 

それを誰にも言わない人だったから

いつの間にか

自分の中の知恵が少なくなってしまった

 

気が付いたのは

同じ事を繰り返すようになってからだ

自分の事も思い出せない日が多くなった

 

それでも あの丁寧な言葉で

亡くなった義理の父の事を心配するのだ

「どうしたのでしょうね 

そう言えばしばらくみませんわね」

 

いつか 人はこのように

幼子のような知恵になっていくのだろう

そこで初めて人間味が出てくる

 

骨を拾うとき

寂しかったのは

その幼子のような知恵もなかったからだ

 

火葬場では骨は拾えても

知恵を拾うことは出来なかった

 

(2016年2月死去 90歳)

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 分からない | トップ | 木の精 »

コメントを投稿

」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。